--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009
04.30

法楽寺の花々

 花盛りです。

210429 003

210429 004

210429 014

210429 023

210429 031

2104291 034

2104291 040




スポンサーサイト
2009
04.30

お焚きあげの読経

 晴天のもと、お不動様をご供養し、お焚きあげを行いました。
 大きな仏壇や、家具類などは別途修法してあり、小さなもののみを壇の周辺へ置いて、ご参詣の皆さんと一緒に祈りました。
 お経のメインは「聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼(ダラニ)経」という割合、長い経典です。
 祈願をかける方もあり、皆さんとても熱心に読誦してくださって、すばらしい供養お焚きあげになりました。

2104291 004

2104291 023

聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経(しょうむどうそんだいいぬおうひみつだらにきょう)
   金剛手菩薩説(こんごうしゅぼさつのせつ)

爾(そ)の時(とき)に毘盧遮那大會(びるしゃなだいえ)の中(うち)に。一人(ひとり)の菩薩摩訶(ぼさつまか)薩(さつ)います。名(なづ)けて金(こん)剛(ごう)手(しゅ)と曰(い)う。妙(みょう)吉祥(きっしょう)菩薩(ぼさつ)と供(とも)なりき。此(こ)の金剛手(こんごうしゅ)は。是(こ)れ法(ほっ)身(しん)の大士(だいし)なり。是(こ)の故(ゆえ)に普(ふ)賢(げん)と名(なづ)く。即ち(すなわ)如来(にょらい)より。金剛(こんごう)杵(しょ)を得たり。其(そ)の金剛(こんごう)杵(しょ)は五(ご)智(ち)の所(しょ)成(じょう)なり。かるがゆえに金剛手(こんごうしゅ)と名(なづ)く。又(また)妙(みょう)吉祥(きっしょう)菩薩(ぼさつ)は是(こ)れ三世(さんぜ)の覚母(かくも)なり。故(かるがゆえ)に文殊師(もんじゅし)利(り)と名(なづ)く。是(かく)の如き(ごと)菩薩(ぼさつ)は。衆生(しゅじょう)を度(ど)せんが為(ため)に菩薩(ぼさつ)の身(み)を現(げん)じ。戒(かい)。定(じょう)。慧(え)。解脱(げだつ)。解脱(げだつ)知見(ちけん)を成就(じょうじゅ)して。能く(よ)諸(もろもろ)の陀(だ)羅(ら)尼(に)門(もん)に通達(つうだつ)せり。其(そ)の心(こころ)禅寂(ぜんじゃく)にして。常(つね)に三(さん)昧(まい)に住(じゅう)し。衆魔(しゅま)を降(ごう)伏(ぶく)して正(しょう)見(けん)に入れ。大(だい)智(ち)慧(え)を得(え)しむるに。障礙(しょうげ)有(あ)ることなし。能(よ)く衆生(しゅじょう)に随って(したが)。大法輪(だいほうりん)を轉(てん)ず。解(げ)脱(だつ)の風(かぜ)を吹かして(ふ)。衆生(しゅじょう)の熱悩(ねつろう)を除く(のぞ)。大法(たいほう)の雨(あめ)をふらして。衆生(しゅじょう)の心地(しんち)に澍(そそ)ぎ。善根(ぜんごん)の種(たね)を殖え(う)しめ。亦(ま)た能(よ)く秘(ひ)密(みつ)の蔵(ぞう)を具(ぐ)足(そく)せしむ。其(そ)の心(こころ)自(じ)在(ざい)にして。或(あるい)は多(た)身(しん)を現じ(げん)。復(ま)た多(た)身(しん)を合して(がっ)。以て(もっ)一身(いっしん)と為(な)し。衆生(しゅじょう)の願い(ねが)に随(したが)って能(よ)く悉(しつ)地(じ)を与(あた)え。宿願(しゅくがん)の薬(くすり)を以(もっ)て。衆生(しゅじょう)の病(やまい)を癒(い)やす。是(こ)の大(だい)菩(ぼ)薩(さつ)は五(ご)髻(けい)の冠(かんむり)を戴(いただ)きて。五(ご)種(しゅ)の智(ち)慧(え)を顕(あらわ)す。智(ち)慧(え)は日月(じつげつ)の如(ごと)くにして。諸(もろもろ)の暗冥(あんみょう)を照らす(て)。常(つね)に人(にん)天(てん)に恭敬(くぎょう)せらる。大法(たいほう)の船(ふね)を設けて(もう)。普(あまね)く苦(く)海(かい)を度(ど)して。彼(ひ)岸(がん)に至(いた)らしむ。心(こころ)に傾(けい)動(どう)なく。塵垢(じんく)に染(そ)まず。衆生(しゅじょう)を誘いて(いざな)妙(みょう)色(しき)を見せしむ(み)。是(かく)の如き(ごと)の功(く)徳(どく)。甚(じん)深(じん)。無量(むりょう)なり。設(たと)い多(た)劫(こう)を経(へ)て讃(ほむ)るとも。盡(つく)すこと能わず(あた)。是(こ)の二(に)菩(ぼ)薩(さつ)は。如上(にょじょう)殊勝(しゅしょう)の功(く)徳(どく)を成就(じょうじゅ)したまえり。是(ここ)に於(おい)て金剛手(こんごうしゅ)菩(ぼ)薩(さつ)。火生(かしょう)三昧(ざんまい)に入り(い)。其(その)光(ひかり)普(あまね)く無(む)辺(へん)の世(せ)界(かい)を照らす(て)。火(か)炎(えん)。熾盛(しじょう)にして諸(もろもろ)の障り(さわ)を焚(ぼん)焼(じょう)す。内(ない)外(げ)の魔(ま)軍(ぐん)。恐(く)怖(ふ)。馳(ち)走(そう)して。山中(さんちゅう)に入(い)らんと欲(ほっ)すれども。遠(とお)く去(さ)ること能わず(あた)。大海(だいかい)に入(い)らんと欲(ほっ)すれども。亦(また)去(さ)ること能わず(あた)。声(こえ)を挙(あ)げて大(おおい)に叫ぶ(さけ)。唯(ただ)。仏所(ぶっしょ)に至り(いた)て。救(く)護(ご)を請(こ)い乞(こ)う。魔(ま)業(ごう)を捨(す)てて。大(だい)悲(ひ)心(しん)を發(おこ)す。釋提(しゃくだい)桓(かん)因(いん)。梵天(ぼんてん)王(のう)等(とう)。深(じん)禅定(ぜんじょう)の楽(らく)を捨てて(す)。此(こ)の処(ところ)に来入(らいにゅう)し。天龍(てんりゅう)八(はち)部(ぶ)。皆(みな)悉(ことごと)く菩(ぼ)薩(さつ)の所(みもと)に来(らい)至(し)して。礼(らい)を作(な)して坐(ざ)す。

爾(そ)の時(とき)に金剛手(こんごうしゅ)。三昧(さんまい)より起(た)って妙吉祥菩薩(みょうきっしょうぼさつ)に告(つ)げて言(のたまわ)く。大(だい)威(い)怒(ぬ)王(おう)います。名(なづ)けて阿(あ)利(り)耶(や)。阿(あ)闍(しゃ)羅(ら)拏(のう)。多(た)尾(び)地(じ)耶(や)。阿(あ)羅(らん)惹(じゃ)。(不動明王(ふどうみょうおう))と曰(い)う。是(こ)の大明王(だいみょうおう)は大(だい)威(い)力(りき)あり。智(ち)慧(え)の火(ひ)を以て(もっ)。諸(もろもろ)の障礙(しょうげ)を焼き(や)。亦(また)。法(ほっ)水(すい)を以て(もっ)。諸(もろもろ)の塵(ぢん)垢(く)を漱(すす)ぐ。或(あるい)は大身(だいしん)を現じて(げん)。虚(こ)空(くう)の中(うち)に満(み)ち。。或(あるい)は小身(しょうしん)を現じて(げん)。衆生(しゅじょう)の心(こころ)に随い(したが)。金(こん)翅(じ)鳥(ちょう)の如く(ごと)。諸(もろもろ)の毒(どく)悪(あく)を食(くら)う。亦(また)。大龍(だいりゅう)の如(ごと)く。大(だい)智(ち)の雲(くも)を興して(おこ)。法(ほう)雨(う)を灑(そそ)ぐ。大刀剣(だいとうけん)の如く(ごと)。魔(ま)軍(ぐん)を摧(さい)破(は)し。亦(また)。羂(けん)策(ざく)の如く(ごと)。大力(だいりき)の魔(ま)を縛す(ばく)。親(しん)友(ぬ)の童(どう)子(じ)の如く(ごと)。行人(ぎょうにん)に給仕(きゅうじ)す。その心(こころ)驚かず(おどろ)。不動定(ふどうじょう)に住(じゅう)すればなり。是(こ)の大明王(だいみょうおう)は。其(そ)の所(しょ)居(ご)無(な)し。但(た)だ衆生(しゅじょう)の心想(しんそう)の中(うち)に住(じゅう)したまう。所(ゆ)以(え)いかんとなれば。虚(こ)空(くう)広(ひろ)きが故(ゆえ)に世(せ)界(かい)無(む)辺(へん)なり。世(せ)界(かい)無(む)辺(へん)なるが故(ゆえ)に。衆生(しゅじょう)界広(かいひろ)し。衆生界(しゅじょうかい)広き(ひろ)が故に(ゆえ)。法(ほっ)身(しん)の體広(たいひろ)し。法(ほっ)身(しん)の體(たい)広き(ひろ)が故に(ゆえ)。法(ほっ)界(かい)に偏(へん)ず。法(ほっ)界(かい)に偏(へん)ずるが故(ゆえ)に。無(む)相(そう)を以(もっ)て體(たい)とし。無(む)相(そう)にして相(そう)あれば行者(ぎょうじゃ)の意(こころ)に随って(したが)。其(その)形(ぎょう)體(たい)を現(げん)ず。其(その)身(しん)有(う)に非(あら)ず。無(む)に非(あら)ず。因(いん)に非(あら)ず縁(えん)に非(あら)ず。自(じ)に非(あら)ず他(た)に非(あら)ず。方(ほう)に非(あら)ず円(えん)に非(あら)ず。長(ちょう)に非(あら)ず短(たん)に非(あら)ず。出(しゅつ)に非(あら)ず没(もつ)に非(あら)ず。生(しょう)に非(あら)ず滅(めつ)に非(あら)ず。造(ぞう)に非(あら)ず。起(き)に非(あら)ず。為(い)作(さ)に非(あら)ず。坐(ざ)に非(あら)ず臥(が)に非(あら)ず。行住(ぎょうじゅう)に非(あら)ず。動(どう)に非(あら)ず轉(てん)に非(あら)ず。閑靜(かんじょう)に非(あら)ず。進む(すす)に非(あら)ず退く(しりぞ)に非(あら)ず。安(あん)危(き)に非(あら)ず。是(ぜ)に非(あら)ず。非(ひ)に非(あら)ず。得失(とくしつ)に非(あら)ず。彼(かれ)に非(あら)ず此(これ)に非(あら)ず。去(こ)来(らい)に非(あら)ず。(しょう)に非(あら)ず黄(おう)に非(あら)ず。赤(しゃく)に非(あら)ず白(びゃく)に非(あら)ず。紅(ぐ)に非(あら)ず紫(し)に非(あら)ず。種種(しゅじゅ)の色(しき)に非(あら)ず。唯(ただ)大定(だいじょう)智(ち)悲(ひ)を円満(えんまん)して具(ぐ)足(そく)せざることなし。即ち(すなわ)大定(だいじょう)の徳(とく)の故に(ゆえ)。金剛(こんごう)の磐石(ばんじゃく)に坐し(ざ)。大(だい)智(ち)の徳(とく)を以て(もっ)の故に(ゆえ)。迦(か)樓(る)羅(ら)焰(えん)を現(げん)じ。大(だい)悲(ひ)の徳(とく)を以(もっ)ての故(ゆえ)に。種種(しゅじゅ)の相貌(そうみょう)を現(げん)ず。其(その)形(かたち)青(しょう)黒(こく)にして。暴悪(ぼうあく)の相(そう)に似たり(に)。智(ち)慧(え)の剣(けん)を執(と)りて貪(とん)。瞋(じん)。癡(ち)を害し(がい)。或(あるい)は三(さん)昧(まい)の索(なわ)を持して(じ)。難伏(なんぶく)の者(もの)を繋(けい)縛す(ばく)。常に(つね)天龍(てんりゅう)八部(はちぶ)に恭敬(くぎょう)せらる。若し(も)纔(わずか)に是(こ)の威(い)怒(ぬ)王(おう)を憶(おく)念(ねん)せば。能(よ)く一切障難(いっさいしょうなん)を作(な)す者(もの)をして。皆(みな)悉(ことごと)く断(だん)壊(ね)せしむ。一切(いっさい)の魔衆(ましゅう)。敢(あえ)て親近(しんごん)せず。常に(つね)当に(まさ)是(こ)の修行者(しゅぎょうしゃ)所住(しょじゅう)の処(ところ)を遠(おん)離(り)して。一百(いっびゃく)由旬(ゆじゅん)の内(うち)に魔(ま)事(じ)及び(およ)鬼(き)神(じん)等(とう)あることなかるべし。時(とき)に金剛手(こんごうしゅ)。最勝(さいしょう)根(こん)本(ぽん)大(だい)陀(だ)羅(ら)尼(に)を説(と)いて曰(のたまわ)く。

曩(のう)莫(まく)薩(さら)縛(ば)怛(た)他(た)蘗(ぎゃ)帝(てい)毘(び)薬(やく)。薩(さら)縛(ば)。目(ぼっ)契(けい)。毘(び)薬(やく)薩(さら)縛(ば)怛(た)。他(た)羅(ら)託(た)。賛(せん)拏(だ)。摩(ま)訶(か)路(ろ)灑(しゃ)拏(だ)。欠(けん)佉(ぎゃ)伵(き)佉(ぎゃ)伵(き)。薩(さら)縛(ば)尾(び)覲(きん)南(なん)。吽(うん)怛(た)羅(ら)託(た)。悍(かん)漫(まん)

纔(わずか)に是(こ)の真(しん)言(ごん)を誦(じゅ)すれば。大(だい)智(ち)火(か)を出(いだ)して。一切(いっさい)の魔(ま)軍(ぐん)を焚(ぼん)焼(しょう)す。三(さん)千(ぜん)大(だい)千(せん)世(せ)界(かい)。咸(ことごと)く大(だい)忿(ふん)怒(ぬ)王(おう)の威(い)光(こう)に焚焼(ぼんしょう)せられて。大(だい)火(か)聚(じゅう)と成(な)る。唯(ただ)。十(じゅう)地(ぢ)の菩(ぼ)薩(さつ)等(とう)と一切(いっさい)の仏(ぶつ)土(ど)を除(のぞ)いて。諸(もろもろ)の冥(みょう)衆(しゅう)を焼(や)き。後(のち)に法(ほう)薬(やく)を以(もっ)て。安穏(あんのん)を得(え)せしむ。時(とき)に金剛手(こんごうしゅ)。而(しか)も偈(げ)を説(と)いて曰(のたまわ)く。
若(も)し是(こ)の真言(しんごん)を持(じ)せば。無(む)傾動(けいどう)を成(じょう)就(じゅ)して。諸(もろもろ)の往(おう)昔(じゃく)の罪(つみ)を焼(や)き。大魔王(だいまおう)を降(ごう)伏(ぶく)せん。所(しょ)求(ぐ)の一(いっ)切(さい)の事(こと)。持(たも)つに随(したが)って成(じょう)就(じゅ)を得(え)ん。十(じゅう)二(に)大(だい)天(てん)等(とう)。常(つね)に来(きた)りて加(か)護(ご)し。東(とう)北(ぼく)の伊(い)舎(しゃ)那(な)。東(とう)方(ぼう)の帝(たい)釈(しゃく)天(てん)。東南(とうなん)の火(か)光(こう)尊(そん)。南(なん)方(ぼう)の閻(えん)魔(ま)天(てん)。西南(さいなん)の羅(ら)刹(せつ)天(てん)。西方(さいほう)の水(すい)雨(う)天(てん)。西北(さいほく)の風雲天(ふううんてん)。北方(ほつぼう)の多(た)聞天(もんてん)。上(じょう)方(ほう)の大梵(だいぼん)天(てん)。下(げ)方(ほう)の持(ぢ)地(ち)天(てん)。日天(にってん)照(しょう)衆(じゅう)闇(あん)。月(がっ)天(てん)。涼光(しょうりょうこう)是(かく)の如(ごと)き大(だい)力(りき)の天(てん)。而(しか)も来(きた)って彼(かれ)を圍遶(いにょう)せん。或(あるい)は明(みょう)王(おう)の伏(ぶく)を蒙(こうむ)り。還(かえ)って敬(つつし)んで擁(おう)護(ご)を作(な)す。使(し)者(しゃ)の矜(こん)羯(が)羅(ら)。及(およ)び制(せい)咤(た)迦(か)。倶(く)利(り)迦(か)龍(りゅう)王(おう)。薬(やく)廁(し)抳(に)使(し)者(しゃ)。是(かく)の如(ごと)き大(だい)眷(けん)属(ぞく)。或(あるい)は隠(かく)れ。或(あるい)は顕(あらわ)れ来(きた)りて。修(しゅう)行(ぎょう)者(じゃ)に奉(ぶ)仕(じ)すること。世(せ)尊(そん)を敬(うやま)うが如(ごと)くならん。若(も)し大根(だいこん)の者(もの)の為(ため)には。聖(しょう)者(じゃ)。忿(ふん)怒(ぬ)を現(げん)じ。根(こん)性(じょう)。中(ちゅう)根(こん)の者(もの)は。二(に)童(どう)子(じ)を見(み)ることを得(え)ん。下(げ)根(こん)の行(ぎょう)人(にん)の如(ごと)きは。怖(おそ)れを生(しょう)じて見(み)ること能(あた)わず。是(こ)の故(ゆえ)に大(だい)明(みょう)王(おう)。為(ため)に親(しん)友(ぬ)の形(かたち)を現(げん)じ給(たま)う。是(かく)の如(ごと)く根(こん)性(じょう)に随(したが)って。而(しか)も大(だい)利(り)益(やく)を作(な)し。漸(ぜん)漸(ぜん)に彼(かれ)を誘(ゆう)進(しん)して。阿(あ)字(じ)門(もん)に入(い)らしめ給(たま)う。爾(そ)の時(とき)に金剛(こんごう)手(しゅ)菩(ぼ)薩(さつ)。是(こ)の偈(げ)を説(と)き已(おは)つて。普(あまね)く大(だい)衆(しゅう)を観(み)て。之(これ)に告(つげ)て言(のたまわ)く。善哉(よいかな)や大(だい)會(ゑ)。皆(みな)宿(しゅく)善(ぜん)に由(よ)るが故(ゆえ)に。今(いま)来(き)たって是(かく)の如(ごと)き明(みょう)王(おう)。及(およ)び大力(だいりき)の神(しん)呪(じゅ)を聞(き)くことを得(う)。若(も)し是(こ)の大(だい)明(みょう)王(おう)を見(み)たてまつらんと欲(ほっ)せん者(もの)は。応(まさ)に捨(しゃ)身(しん)修(しゅ)行(ぎょう)の法(ほう)を修(しゅう)すべし。復(ま)た真(しん)言(ごん)を説(と)いて曰(のたまわ)く。

曩(のう)莫(まく)三(さあ)曼(まん)多(だ)。縛(ば)日(ざ)羅(ら)赧(だん)。託(た)羅(ら)託(た)婀(あ)慕(ぼ)伽(きゃ)。戦(せん)拏(だ)摩(ま)訶(か)路(ろ)灑(しゃ)拏(だ)。婆(そ)破(わ)託(た)也(や)。婀(あ)嚢(のう)也(や)。阿(あ)婆(そ)荷(ぎゃ)。阿(あ)三(さん)忙(ま)銀(ぎ)你(に)。吽(うん)吽(うん)尾(び)観(きん)南(なん)。吽(うん)怛(た)羅(ら)託(た)悍(かん)漫(まん)

真(しん)言(ごん)を修(しゅう)する行人(ぎょうにん)は。是(こ)の真(しん)言(ごん)を持(じ)誦(じゅ)すべし。身(み)より光明(こうみょう)を放(はな)って。諸(もろもろ)の魔(ま)王(おう)を降(ごう)伏(ぶく)し。所(しょ)求(ぐ)の一(いっ)切(さい)の事(こと)。持(たも)つに随(したが)って。成就(じょうじゅ)することを得(う)べし。(。)是(こ)の故(ゆえ)に護(ご)身(しん)と名(な)づく。能(よ)く恐(く)怖(ふ)無(な)きことを得(う)。亦(また)。真(しん)言(ごん)の明(みょう)あり。加(か)護(ご)住所(じゅうしょ)と名(な)づく。諸(もろもろ)の恐(く)怖(ふ)を遠(おん)離(り)して。常(つね)に勝安穏(しょうあんのん)を得(う)。彼(か)の大(だい)真(しん)言(ごん)に曰(いわ)く。

曩(のう)莫(まく)三(さあ)曼(まん)多(だ)。縛(ば)日(ざ)羅(ら)赧(だん)。怛(た)羅(ら)託(た)。阿(あ)慕(ぼ)伽(きゃ)。賛(せん)拏(だ)。摩(ま)訶(か)路(ろ)灑(しゃ)拏(だ)。婆(そ)頗(わ)託(た)也(や)。薩(さら)縛(ば)尾(び)覲(きん)南(なん)。摩(ま)摩(ま)娑(そ)縛(わ)娑(しゃ)底(ち)扇(せん)底(ち)。始(し)鑁(ばん)茗(めい)。阿(あ)左(さ)羅(ら)黨(とう)。矩(く)嚕(ろ)怛(た)羅(ら)摩也(まや)。怛(た)羅(ら)摩也(まや)。吽(うん)怛(た)羅(ら)託(た)。悍漫(かんまん)

金剛手(こんごうしゅ)。言(のたまわ)く。一(いっ)切(さい)衆(しゅ)生(じょう)。意(い)想(そう)同(おな)じからず。是(こ)の故(ゆえ)に如来(にょらい)。或(あるい)は慈(じ)體(たい)を現(げん)じ。或(あるい)は忿(ふん)怒(ぬ)を現(げん)じて。衆(しゅ)生(じょう)を教化(きょうげ)すること。各々(かくかく)不(ふ)同(どう)なり。衆(しゅ)生(じょう)の意(こころ)に随(したが)いて。而(しか)も利(り)益(やく)を作(な)し。摩(ま)軍(ぐん)を破(は)すと雖(いえど)も後(のち)には法楽(ほうらく)を興(あた)え。忿(ふん)怒(ぬ)を現(げん)ずと雖(いえど)も。内心(ないしん)は慈悲(じひ)なり。摩(ま)醯(けい)首(しゅ)羅(ら)の如(ごと)き者(もの)も。第八(だいはち)地(ぢ)を得(え)て慈(じ)善(ぜん)根(ごん)の力(ちから)あり。応(まさ)に以(もっ)て之(これ)を知(し)るべし。是(こ)の語(ことば)を説(と)き已(おわ)って復(また)大(だい)衆(しゅう)に告(つげ)たまわく。若(も)し是(かく)の如(ごと)きの法(ほう)を成(じょう)就(じゅ)せんと欲(ほっ)する者(もの)は。山林(さんりん)。寂(じゃく)静(じょう)の処(ところ)に入(い)り。(しょう)浄(じょう)の地(ち)を求(もと)め。壇(だん)場(じょう)を建(こん)立(りゅう)して。諸(もろもろ)の梵(ぼん)行(ぎょう)を修(しゅう)し。念誦(ねんじゅ)の法(ほう)を作(な)さば。即(すなわ)ち本尊(ほんぞん)を見(み)たてまつり。悉(しつ)地(ぢ)を円満(えんまん)すべし。或(あるい)は河(か)水(すい)に入(い)つて。念誦(ねんじゅ)を作(な)し。若(も)しは山(さん)頂(ちょう)。樹(じゅ)下(げ)。塔廟(とうびょう)の処(ところ)に於(おい)て。念誦(ねんじゅ)の法(ほう)を作(な)さば。速(すみやか)に成(じょう)就(じゅ)を得(え)ん。或(あるい)は般若(はんにゃ)経(きょう)を安(あん)置(ち)する処(ところ)に於(おい)て之(これ)を作(な)さば成(じょう)就(じゅ)すべし。是(かく)の如(ごと)く修(しゅう)する時(とき)は。其(そ)の三業(さんごう)を整(ととの)え。衆(しゅう)罪(ざい)を造(つく)らず。亦(また)。諸(しょ)餘(よ)の悪人(あくにん)に親近(しんごん)せずして。諸(もろもろ)の護摩(ごま)の事(こと)を作(な)さば速(すみやか)に悉(しつ)地(ぢ)を得(え)ん。五(ご)辛(しん)。酒(しゅ)肉(にく)を食(くら)わずして。之(これ)を作(な)さば成(じょう)就(じゅ)せん。偈(げ)を説(と)いて言(のたまわ)く。

若(も)し能(よ)く是(こ)の行(ぎょう)を行(ぎょう)せば。功(く)徳(どく)量(はか)るべからず。如法(にょほう)に念誦(ねんじゅ)を作(な)さば。即(すなわ)ち大(だい)悉(しっ)地(ぢ)を得(え)ん。行者(ぎょうじゃ)苦行(くぎょう)を修(しゅう)し或(あるい)は心想(しんそう)。(しょう)浄(じょう)にして三洛(さんらく)叉(しゃ)の敷(すう)満(まん)ぜば。常(つね)に本尊(ほんぞん)を見(み)たてまつることを得(え)ん。法成(ほうじょう)を験(こころ)みんと欲(ほっ)せば。能(よ)く山(やま)を移(うつ)し及(およ)び動(どう)ぜしめ。能(よ)く水(みず)を使(し)て逆(さかしま)に流(なが)さしめ。意(こころ)に随(したが)って諸(しょ)事(じ)を作(な)さん。諸(もろもろ)の仏(ぶつ)土(ど)を見(み)んと欲(ほっ)すれば。明王(みょうおう)忽(たちまち)に出(しゅつ)現(げん)して。行者(ぎょうじゃ)を頂戴(ちょうだい)して。能(よ)く之(これ)を見(み)ることを得(え)せ令(し)む。何(いか)に況(いわん)や。餘(よ)に求(もと)むる事(こと)をや。持(ぢ)するに随(したが)って成(じょう)就(じゅ)を得(え)ん。四(し)悪(あく)趣(しゅ)に堕(だ)せず。決定(けつじょう)の妙果(みょうか)を證(しょう)せん。是(かく)の如(ごと)きの諸(もろもろ)の功(く)徳(どく)。我(わ)れ讃(さん)すれども盡(つく)すこと能(あた)わじ。唯(ただ)。大聖(だいしょう)世(せ)尊(そん)のみ。能(よ)く是(かく)の如(ごと)き法(ほう)を知(し)ろしめせり。
爾(そ)の時(とき)に仏(ほとけ)。妙吉祥菩薩(みょうきっしょうぼさつ)に告(つ)げて。是(こ)の言(ことば)を作(な)したまわく。若(も)し未(み)来(らい)世(せ)に諸(もろもろ)の行人(ぎょうにん)ありて。宿福(しゅくふく)に由(よ)るが故(ゆえ)に。是(かく)の如(ごと)きの明王(みょうおう)の名(みょう)号(ごう)を聞(き)くことを得(え)。或(あるい)は復(ま)た是(こ)の聖無動尊(しょうむどうそん)。大威怒王陀羅尼経(だいいぬおうだらにきょう)を受(じゅ)持(じ)せん者(もの)は。当(まさ)に知(し)るべし。是(こ)の人(ひと)は横(おう)死(し)有(あ)ることなく。亦(また)恐怖(くふ)なし。諸(しょ)天(てん)の護持(ごじ)を蒙(こうむ)りて。諸(もろもろ)の障礙(しょうげ)なし。何(いか)に況(いわん)や上(かみ)の如(ごと)く。念(ねん)誦(じゅ)を作(な)さん者(もの)をや。其(そ)の福(ふく)無(む)量(りょう)なり。是(こ)の語(ことば)を作(な)し已(おわ)って。黙然(もくねん)として坐(ざ)したまう。金剛手(こんごうしゅ)の言(もうさ)く。善哉(よいかな)々々(よいかな)。大聖(だいしょう)の説(せつ)の如(ごと)し。是(こ)の言(ことば)を説(と)き已(おわ)って。其(その)本(ほん)意(い)を遂(と)げて還(かえ)って本(ほん)坐(ざ)に着(つ)きたまう。爾(その)の時(とき)に大衆(だいしゅう)是(こ)の経(きょう)を説(と)き給(たま)うを聞(き)き已(おわ)って。各(おのおの)勝位(しょうい)を得(え)皆(みな)大(おお)いに歓(かん)喜(ぎ)して信受(しんじゅ)し奉行(ぶぎょう)しき。

聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経(しょうむどうそんだいいぬおうひみつだらにきょう)

2009
04.30

錯覚とイメージ(4)

 前回、「私たちは、『因果関係が解らない』という根本的な無知を抱えています」と書きました。
 だから、「こうすればこうなる」、「こうなった原因はこれにある」と理性で解決できないところへ追いつめられると、その外へ出たくなります。
 人格の歪みを悪霊のしわざと考え、できない判断をのお告げに任せようとします。
 しかし、すべては空(クウ)であり、不変の実体としての悪霊もありません。
  
 では、悪霊を感じるのはすべて錯覚だから無視すべきであるかといえば、そうではありません。
 実体としては存在しなくとも、私たちはそうしたイメージを持っており、イメージこそが心を導くものだからです。
 伊坂幸太郎作「重力ピエロ」に、とても印象的なシーンがあります。
 レイプされた妻の妊娠を知った夫は、宿った子供を産むべきかどうかを様に尋ねます。
 すると、様に自分で考えなさいと叱られ、即座に産もうと決断します。
 即座ではあっても、父親は、「自分で考えた結論であり、事後のすべてを引き受けよう」と決意し、生涯、揺らぎませんでした。

 あのギリギリの場面にあっては、産んだ場合とそうでない場合とについて、これから起こるであろうできごとを一人であれこれと比較検討しようとしても、とうてい考え尽くすことはできず、友人などに相談したとしても、迷いに迷った可能性が高かったことでしょう。
 それに、出した結論について後悔した可能性も充分にあります。
 しかし、最高の智慧を持つ様に尋ね、自分で決断した以上、それに勝る判断方法はなく、出た結果はいわば絶対的なものです。
 だから父親に揺らぎも後悔も起こらず、不動の姿勢は、心が壊れそうになる子供にとって最大の支えとなりました。
 神様の存在意義は大なるものがあります。

 このように、私たちの心に宿っており、「見える」「聞こえる」など感覚へ影響を及ぼす場合もあるさまざまなイメージは、心のありようによって、私たちにとって救いとなる場合もあり、災いとなる場合もあります。
 運勢を明るい方向へ導くなら救いであり、暗い方向へ導くなら、それは災いです。
重力ピエロ」の父親は、「重いものごとほど明るくとらえ明るく表現する」という、とても強く優しい心の持ち主でした。
 そして、自分の身の程を知り、自分を超えたものへの畏敬の念を持っていました。
 だから、神様に救われました。

 謙虚で畏敬の念を持つ人は、イメージに迷わず、支配されず、イメージととても良い関係を保つことができます。
 当山に出入りされる壇信徒の方々や人生相談に訪れる方々も、さまざまなものが見えたように思い、聞こえたような気がして話題にされます。
「お経を読んでいるうちに、小さなお坊さんたちがご本尊様の方へぞろぞろと並んで入って行きました」
「寝ていると、亡くなった主人にトントンと肩を叩かれます。まだ四十九日が過ぎていないまらでしょうか」
「悪縁切りを祈願して四国を廻ってきました。満願のお礼にお詣りした高野山でお大師様にこれで良かったのでしょうかとお訊きしても返事がなく、心から悪縁を追い出せません。修行は失敗したのでしょうか」
 こうしたさまざまな体験はすべて、結果的にそれぞれの心を豊かにし、強くし、優しくする機縁となりました。
 心の修行を怠らず、霊性を高め、実際に見聞きするものはもちろん、見えたり聞こえたりしたように思うものも「み仏の教え」と観じつつ、生きたいものです。

2009
04.29

春の想い

 例祭に参加される信徒Sさんの投稿です。

20090321113401.jpg

210429.jpg

2009
04.29

『四十二章経』第十一章 ─悟りの形 1─

 今月も、機関誌『法楽』作りに参加された皆さんと『四十二章経』を学びました。
悟りの形」です。

沙門(シャモン)あり、仏に問う
「何の縁をもってか道を得、奈何(イカン)が宿命(シュクミョウ)を知るや」
 仏の言わく
「道は形無ければ、之を知らんも益(ヤク)なし、要は当に志行を守るべし。
 譬えばを磨くに、垢を去り明(ミョウ)存(ソン)すれば、即ち自(オノズカ)ら形見(アラワ)るるが如し。
 欲を断じ、空(クウ)を守れば、即ち道真(ドウシン)を見、宿命(シュクミョウ)を知らむ」


 行者が釈尊へ質問しました。
「何を手がかりとして悟りを求めるべきでしょうか。
 どうすれば過去世を知ることができましょうか」
 釈尊は説かれました。
悟りは形あるものではないので、形として求めても無駄である。
 大事なのは、志をもって始めた修行を続けることである。
 たとえば、を磨いた時、汚れが落ちて面が光るようになれば、自然にものの姿が映って明らかになるのと同じである。
 欲を離れ、すべては空であると観て修行を続ければ、悟りを得、過去世を知ることもできよう」

 おそらく、行者は若く、熱心だったのでしょう。
 苦を離れ釈尊のようになりたいという一心で修行を始めたのに、なかなか手応えがなく、焦ったのでしょう。
「そもそも、目標となるイメージがはっきりしないし、神通力を得る方法も知らない。
 これではいつまでたっても悟りを得られないのではなかろうか?」

 釈尊の回答は、行者の思考方法にはなかったものでした。
 悟り修行についての関係が、まったく違っていたからです。
 行者は「悟りという明確な目標を持ち、それを得るための方法として修行を行う」と考えていました。
 しかし、釈尊は「悟りという目標はあらかじめ明確に知られているものではなく、師から与えられた修行を続けて行けば、やがて、磨かれたが映し出す像のように明らかになる」と説かれました。
 ここにはいくつかの重大なポイントがあります。
 一つは、悟りには形がないということ。
 もう一つは、悟りは修行の過程において得られるが、修行は永遠であり、悟りもまたそれにともなって進むということ。
 もう一つは、師への信がなければ修行は成り立たず、悟りも得られないということです。
 
 個々の内容については、次回にします。
2009
04.28

錯覚とイメージ(3)

 前回、キツネ憑きのような状態について「キツネは現象として現れた結果であり、根本原因不安の陰に隠れています」と書きました。
 では、根本原因とは何か?
 それは「逃れたいけど逃れられない現実」であり、釈尊が「苦」と呼ばれたものです。
 個別具体的なものとして最も多いのは、対人関係ではないでしょうか。
 家庭でも、職場でも、〈ままならない人間関係〉が生じます。
 それが解決できないでいると、不安や恐れや怒りが溜まり、心は逃れる先を求めます。
 一番穏便な方法は〈現場〉を離れることですが、あれこれ考えると、なかなか実行できません。
 すると、心が外へ向かえば暴力的な言動や、なげやりな言動になり、内へ向かえばうつ病やひきこもりとなり、あるいは、キツネや悪霊といった幻へ苦の原因を転化させるケースもでてきます。

 そもそも、私たちは、「因果関係が解らない」という根本的な無知を抱えています。
 たとえば、いくら懸命に勉強しても、受験に合格できるかどうかを事前に知ることはできません。
 あるいは、まったく気づかぬうちに身体が蝕まれていて、突然、大病を発症したりします。
 因果関係がはっきり解れば、合格できるレベルまで勉強するし、酒を控えたり、偏食や喫煙をやめたりすることでしょう。
 また、この道を行けば嫌な奴と出遭うと知っていれば、別な道を選ぶに決まっています。
 だから、私たちは、良いことがあった場合は、昨日、落書き消しのボランティア活動を一生懸命やったおかげだと思い、あるいは、悪いことがあった場合は、古い大木を切ったせいだと思います。
 こうして無知による不安を解消しつつ心のバランスをとって生活しています。

 キツネや悪霊も、この場合の大木の役割を担って登場するようなものです。
 もしも、憎くてたまらない姑との同居を避けられず、姑を攻撃できないならば、心の潰れをキツネのせいにして逃れたくなります。
 姑を庇い肩を持つ人はいても、キツネの側に立って嫁を責める人はいないからです。
 しかし、一方的な被害者で皆から心配される存在となった自分は、姑との間に発生する苦から逃れたような気持になっても、心はすっきりとしません。
 それは、幻のキツネがいるからです。
 だから、釈尊は、「きれいさっぱり心が晴れるためには、貪り、怒り、勝手な考えなどの心の垢を落とし、すべてはであるという真理をもって世の中と自分を眺めなさい」と説かれたのです。

 貪り、怒り、勝手な考えなどの心の垢を落とし、すべてはであるという真理をもって世の中と自分を眺める人になれば、ままならない人間関係に陥っても、それによって潰されず、それを人生の糧として霊性を高めつつ生きられるようになります。
 これが悟るということであり、苦を脱する、つまり、解脱するということではないでしょうか。
 悟りも、解脱も、この世にあり、それを得る可能性は私たち万人に与えられています。
2009
04.27

錯覚とイメージ(2)

 前回、「不安恐れがもたらすこうした勘違いを離れるために行うのが祈りであり、経典を読誦するなどの修行です」と書きました。
 では、修法や修行によって、見えている幻や陽炎がなくなるのかと言えば、そうではありません。
 たとえば、いよいよ眼が疲れてくると、ゾウリムシのようなものがソウッと降りてゆくのが見えたりしますが、そんな時は、眼にご加持をしたり、目薬をつけて眼を休めるなどします。
 ゾウリムシをなくそうとするのではなく、それが現れる原因を取り除くのです。
 修法や修行も同じです。
 落ちている縄を蛇だと思わせてしまうような〈恐れ〉や〈不安〉をなくすことによって、いかなる場合も縄をきちんと縄として見られる心をつくるのです。

 当山が人生相談を必ず面談としているのは、法を結んだ上で問題を抱えた方と対面し、〈恐れ〉や〈不安〉の原因を観るという診断に誤りがないようにするためです。
 それは、まっとうな会社なら採用試験の最終段階が面談であるのと同じです。
 必ず心のどこかで自分を隠すメールや電話によって〈人物〉の判断ができる採用担当者はいないのではないでしょうか。
(遠方であるとか、緊急性があるとかの特殊事情でやむを得ない場合は、写真をお送りいただいています)

「キツネが憑いたと言われて滝行などを行ったのですが、なかなか離れなくて困りました。心が乗っ取られそうで不安です」といったご相談は、絶えません。
 診断において問題があったのではないかと心配になる場合も少なくありません。
 ここまでお読みになった方々はお解りのように、「キツネが憑いたから不安になった」のではなく、「不安だからキツネが憑いたような気分になった」のが真実であり、いくら「キツネさん、出て行ってください」と祈っても、出て行きにくいのは当然です。
 キツネは現象として現れた結果であり、根本原因は不安の陰に隠れています。
 しかし、さまざまなものの境界があいまいになった現代の不安の落とし子のように、「原因と結果の混同」、「キツネの実体視」という錯覚が蔓延し、それは、すでに診断する側にも深く浸透しているので、事態は深刻です。
 
 寺院は病院ですから、診断が終われば処方箋をつくります。
 問題を抱えた方が生き方をどうするかが「自分の努力」の範囲であり、どのような修法を行うかが「み仏のご加護」の範囲です。
 この二つが実行されれば、必ず周囲の縁の動きも変わり、運勢が変わります。
 これが「縁の力」の範囲です。
 「自分の努力」と「み仏のご加護」と「縁の力」によって問題が解決へ向かい、治療が進むのです。
 経典は「我の功徳力と、如来の加持力と、及び法界の力とを持って」と説いています。
 もちろん、現代医学の医師による治療が必要ではないかとの疑いがある場合は、信頼できる病院を紹介しています。
(問題が複雑で法的処置が必要な場合は、信頼できる弁護士や司法書士を紹介してもいます)
 お大師様が説かれたとおり、薬と祈りは状況によって使い分けられ、あるいは車の両輪として人を救うのです。
2009
04.27

護摩祈祷と結界

 例祭に始めて参加されたAさんが、しみじみ言われました。
「亡き両親を想い、護摩法のあいだ、ただただ手を合わせていましたが、あれほど気持が集中したことはありません。実に不思議な体験でした。葬儀の時すら、せき立てられるような雰囲気の中でものごとがどんどんと進み、死をしっかり受けとめるなど、とてもできませんでした。ご葬儀も例祭のような雰囲気でやっていただけないものでしょうか」
 Aさんは「結界」の内側へ入ったことがありませんでした。
 お大師様は、結界に二つの意味があると説かれました。
 一つは、み仏へおすがりし、迷いを脱することに心を定めたならば、あれこれと小径に心を動かさず、一筋に即身成仏の大道を歩むことです。このように、よそ見をせず迷わされない堅固な覚悟そのものが魔ものを容れない結界です。
 もう一つは、心から煩悩を追い出し、決して入れないことです。たとえば、いったんは麻薬を止めても、また、手を出せば、元の木阿弥になってしまうので、二度と麻薬へ近づかないという覚悟が必要なのと同じです。
 しかし、こうした自分の結界をつくることは容易ではありません。さまざまな誘惑や、好きなものになびく心の弱さや煩悩があるからです。そこに、修法で創られた異次元の体験を重ねる必要性があります。バナナを食べたことのある人は、一度もたべたことがなくてバナナに関する百冊の本を読んだ人よりも、味についてはよく知っているのと同じです。密教では、結界に限らず、修法に参加するあらゆる体験が即身成仏につながると考えています。
2009
04.26

錯覚とイメージ(1)

 お大師様が、「大日経」という経典にある教えについて、とても美しい詩を書かれました。
 詩の柱になっている教えとは、こういうものです。
「〈無いもの〉や、〈変化するもの〉を、〈在る〉とか、〈変わらない〉というふうに勘違いしてはなりません。それが、迷いであり、苦の原因になるのです」
 私たちがまちいやすいものとして、十の例が挙げられています。
 だから十喩(ジュウユ…十のたとえ)といいます。

(1)  …薬物などによって見えるもの
(2)  陽焔…かげろう
(3)  
(4)  …鏡像
(5)  乾竪婆城(ケンダツバジョウ)…蜃気楼
(6)  響…こだま
(7)  水月…水に映った月
(8)  浮泡…水の泡
(9)  虚空華(コクウケ)…眼病などによって見えるもの
(10) 旋火輪…手に持った火を回してつくる輪

 どうでしょう。
 私たちが「見えた」「聞こえた」といって悩まされるものも、落ちついて考えれば、こうしたものに類していると思いませんか?
 一番多い迷いの形は「気配実体」の混同です。
 たとえば、山道を歩いていて、けものの気配がするからといって、必ず、兎や猪がいるとは限りません。
 また、思いこみによる見違いです。
 たとえば、暗い道に落ちているの切れ端を見て、「蛇だっ!」と恐がり、逃げるようなものです。

 不安や恐れがもたらすこうした勘違いを離れるために行うのが祈りであり、経典を読誦するなどの修行です。

2009
04.25

お経を聞いたり読んだりすると具合が悪くなるのはどうして?

 このところ何をやってもすんなり行かない、嫌な奴とケンカ別れしてからどうも気分がすぐれない、あるいは、「あなたは物の怪が憑いていますよ」と言われたから祓いたい。
 こうした理由などで、自分なりに般若心経観音経を読んだり聞いたりしてみたけれども、頭痛がしたり気分が悪くなったりするという方がおられます。
 なぜでしょう?
 経典が身体に悪いなどということがあるのでしょうか?
 映画「エクソシスト」の場面で、十字架を突きつけられた悪魔が苦しむように、経典によって魔ものが苦しむのでしょうか?

 経典に説かれているのは真理です。
 般若心経であれば、を観ることによって心のレベルが上がること、その方法として「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか」の真言を唱えることです。
 観音経であれば、いつ、いかなる場合でも、観音菩薩を信じる人へ救いが用意されていることです。

 実践者にとっては、体験上、それはまぎれもない〈真実〉ですが、だれでも、すぐに〈真実体験〉ができるわけではありません。
 体験するには、「そうか!」とひらめいたなら「ようし!」とチャレンジするのみです。
 いつ、いかなる形で真実体験の瞬間がやってくるかは、「神のみぞ知る」の領域です。
 浅はかな私たちの予測など遠く及ばない次元の問題です。
 言えるのは、「やらなければ救われる可能性の一つを閉ざしたままである」ということだけです。

 さて、本題へ戻りますが、では、なぜ、チャレンジャーが苦しむのか。
 それは、揺り動かされるからです。
 経典に説かれている真理は、「1と1で2になる」というふうにすぐに解るものではありません。
 しかし、み仏の世界を示す真理なので、見聞きすれば、み仏の子である私たちの心の奥に必ず具わっている音叉が共鳴、共振します。
 それは気づかぬほど幽かであるかも知れません。
 でも、共振は必ず起こります。
 その結果、表面の心を支配している「真理に反する自分へのこだわり」や「観音様の約束を信じられない疑い」などが、揺すぶられます。
 人によっては、気づかぬレベルでの動揺が身体的な不快感となって表れる場合もあることでしょう。
 これが、冒頭に述べた現象の実体です。

 以上が、行者からの回答です。
 経典によって揺すぶられた時は、真理に反するものが離れて行く〈前触れ〉だと思ってください。
 根気強く見聞きし続けてください。
 そうすれば〈真実体験〉の瞬間がやってくることでしょう。
 不調をもたらしている「こだわり」や「疑い」から脱皮させてくださるのは、み仏からの約束なのです。
 
2009
04.24

お花見が楽しみです

 当山の桜たちは、まるで4月26日のお花見へ間に合わせるかのように、咲き始めました。

210424 015

210424 043

210424 046



2009
04.24

ほめる 十四

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋である。
 ホームページを作るのが大変だろうと、篤信の方がわざわざメールで送ってくださった。感謝してやまない。勉強会などを通じてご縁の方々へ紹介しており、寺子屋で参考にさせていただく予定である。
          ◇
母親 Y
 初めまして、○年○組 Fの母でございます。いつも子どもから、校長先生のおうわさを聞いております。
 本日(二日)は、お忙しい中を、子どもにお手紙ありがとうございました。よほどうれしかったのでしょう、何度も何度もとび上がってよろこんでおりました。そんな校長先生のお心づかいを、本当に心からお礼を申し上げます。
 いつも子どもには、「感謝の気もちを忘れないように。」と申してはおりますけれど、外ではどうなのかと思っておりました。
 家にはお仏だんはございませんが、仏様だけをかべに掛けて、朝夕のお食事前には手を合わせております。
 ある日子どもに聴いてみました。
「ほとけさまに、どんな事をお祈りしているの?。」
「朝はね、今日一日どうかお守りください。夕方は、今日一日お守りくださって、ありがとうございました。それから、学校であった事や、いろんなことをお話ししてあげるんだよ・・・・・。」と、こう言って手を合わせるのよと、一度も私の口から言ったことはないのに、子どもは、子どもなりにお祈りしているのだなーと・・・・・。
 私も小さい頃からそうだったように、母から受けついだ良い事は、子どもにもと思っております。
 子どもがあんなによろこんだのを見て、私もとてもよろこんでおります。本当にありがとうございました。今後とも、どうか、良きご指導を よろしくお願い申しあげます。
 乱筆 乱文 お許しくださいませ。
          ◇
 この文章は、文集の最後に載せられたものの一つである。
 学校で一番偉い先生から直接ほめられるのが子供にとってどれほど嬉しいできごとであるかが、よく伝わってくる。
 善いことを行って嬉しく、ほめられれば、なお一層嬉しい。
 その体験が、また、善き行為へ向かわせる。
 そして、善い行為を重ねていれば、自然に、悪しき行為はできなくなる。
 心の色が善きものに染められているからである。
 戒めがなければ人は放逸になる。
 しかし、戒めを守ることは心への強制であり、習慣になるまで守ることを熟成させるためには、かなりの決心と根気が要る。
 それは、向かい風に逆らって歩くようなものである。
 一方、周囲との関わりの中で、認められ、ほめられながら行う善行に強制はない。
 温かく柔らかな充実感や、清々しい達成感があり、それは追い風を受けながら歩くようなものである。
 校長先生は、厳しくしつけて悪いことをしない人間に育てるよりも、しっかりほめて善いことをしたくなる人間に育てようとした。
 文集に明らかなとおり、方針は大成功をもたらした。

 この地域では、親が尊ぶべき仏神も教師も尊びながら生き、その生きざまは、家庭における最高の教育となっている。
 小さな子供にとって、親がないがしろにするものの中から尊ぶべきものを見つけることは困難である。
 文集に表れた学校と家庭のあり方が、教育にとって一番大切なものを如実に示している。
 この記録は教育界全体、そして子供の教育を考えるすべての人々にとっての宝ものではなかろうか。
2009
04.23

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 29 ―心願成就─

 4月22日は、休んでおられた方や新しく参加された方のために、第二十二章「述仏品(ジュブツボン)」を少し遡って考えました。

「仏は尊貴(ソンキ)たり、漏(ロ)を断じて婬無く諸釈中の雄(オウ)たり、一群の従う心あらば、快いかな福報ある、所願皆成ず。上寂に敏なれば、自ら泥洹(ナイオン)を致す」


(覚った人は最も貴い。
 煩悩を克服し、欲に流されず、あらゆる部族中の英雄である。
 覚った人の心に従うすべての者へ、嬉しいことに福徳がやってきて、願いはすべて叶う。
 最高の穏やかさが速やかに得られ、心は安寧の境地へ入るからである)

 私たちの願いがなかなか叶わないのは、汚れたデコボコのカンバスの上に美しい絵を描こうとしているからではないでしょうか。
 汚れやデコボコは、煩悩であり、我を中心とした欲です。
 こうしたものをそのままにしておいて、うまく描こうと思っても、無理です。
 真の幸せ、真の満足、真の安心といった美しい絵を完成させるためには、まず、カンバスを調える必要があります。
 その上にまじめに描かれた絵であれば、必ずその人なりの思いや感動が表れ、観る人の心へ訴えかけもするのではないでしょうか。

 釈尊の時代には、覚った人に直接会って教えを聴き、その心に近づこうとすることが、心の汚れやデコボコをなおす最高の方法でした。
 現代のような情報化社会ではなかったので、学ぼうとする人は必死だったことでしょう。
 聞いた教えを租借し、記憶しようとする人々の真剣さを想うと、フランスの西南部ドルドーニュ県にあるラスコー洞窟や、スペイン北部カンタブリア州にあるアルタミラ洞窟の壁画が瞼に浮かびます。
 生きもののいのちと姿を丸ごととらえ、そのままに表現する旧石器時代の人々が持っていた圧倒的な力は、釈尊の教えを心へ刻み、その境地へ近づこうとする人々もまた、具えていたのではないでしょうか。
 一万五千年前の人々や二千五百年前の人々が持っていた魂の総合力は、頭を気ままな観念でいっぱいにし、情報の洪水で溺れそうになっている現代人へどれだけ受け継がれているでしょうか。

 私たちは、心を清浄にし、その鏡に映った教えを心へ植え付け、自分で育てねばなりません。
 釈尊は冒頭の教えに先立ち、説かれました。
諸悪莫作(ショアクマクサ)
 諸善奉行(ショゼンブギョウ)
 自浄其意(ジジョウシイ)
 是諸仏教(ゼショブッキョウ)」
 悪しきことを行わず、善きことを行い、自ら心を清めることが、覚った人々の等しく説くところでです。
 こうして生きれば、いかなる時代であっても、真理に立脚した不変の教えをキャッチし、まっとうに生きられます。

 学ぶべきものは、すべて、過去にあるのです。
2009
04.22

平成21年5月の運勢(世間の動き)と六波羅密(ロッパラミツ)行による開運法

 5月運勢です。

 先行する者はその利を失いたくないし、後追する者は早く追いつきたくて、立場の違いが埋まりにくい時期です。
 それは、「ある者」と「ない者」、あるいは「高い者」と「低い者}の距離がなかなか埋まりにくいことでもあります。
 社会や組織や人間関係がギスギスしやすく、嫌悪・不満あるいは軽蔑・高慢といった芳しからざる気分が広がる可能性があるので要注意です。
 怠惰や諦観で唯々諾々と運勢に流されるだけでは溝が埋まりにくく、不毛の亀裂は解消されません。

 こうした時期には、全体をよく観て、一時的には自分にとって負担になったり、不利になったり、ガマンが強いられたりするようであっても、良かれと思うことを断じて行う勇気が必要です。
 高任和夫氏の最新作『青雲の梯』を読むと、万古変わらぬ人間の業(ゴウ)と、未来を創ろうとしてそれに挑戦する勇気ある人間の姿がよく解ります。
 足軽の子と蔑まれながら老中にまで駆け上った田沼意次は、権勢欲にまみれた人々の思考方法や行為を知り尽くしているので、やがて必ず我が身を襲うに違いない危険や不評を思い、吐き気をもよおします。
 しかし、彼は「避けられぬ運命なら、立ち向かうしかない」と丹田に力をこめ、果敢に行動を開始します。

 また、とかく、やりやすいものから手がけ、難しいものは後回しにしがちですが、思い切って難事にぶつかれば運気・運勢を大きく転換させられる場合があります。
 もしも、いきなり順番を反対にできなくとも、目先の些事に追われるだけでなく、問題の核心を衝く姿勢は、ぜひ忘れないようにしたいものです。

 そして、上の者を引きずり下ろし、あるいは棚上げにし、下の者は利用し、あるいは押さえつけるという権勢欲の反対を行うことも、人間関係を変え、自分を高めるとても大切な方法です。
 煩悩が邪魔をするので簡単ではありませんが、心の底から目上を尊敬してその役に立ち、目下を育てて成長を知る喜びは他に代え難い充足感と爽快さを伴います。

 今月の開運ポイントは、「損して得とれ」です。
 それは、計算ずくで賢くやるという意味ではなく、自分にとっての目先の利益だけを考えず、皆のため、未来のためになると確信したならば、目先の損を顧みずに実行する〈我欲克服の実践〉です。
 停滞が起こりやすく、ともすれば易きに流れたくなるこの時期をしっかり歩みましょう。

 人の道をしっかりと歩むために、菩薩をめざす六波羅密(ロッパラミツ)行に邁進し、まっとうに生きましょう。

布施行と運勢お水を供えましょう。
 精進の人は、自己犠牲の精神が固い壁を突き破ります。
 不精進の人は、ものの軽重に気づかぬ点が侮られ、協力がなく、力を出しにくくなりがちです。
持戒行と運勢塗香で手や心を清めましょう。
 精進の人は、分相応に責任を果たし、着実に成功します。
 不精進の人は、気負った大風呂敷が徒となって自分で苦境を招きがちです。
[忍辱(ニンニク)行と運勢お花を供えましょう。
 精進の人は、自ら責任を引き受ける潔さが協力者を招きます。
 不精進の人は、他人を頼り、他人のせいにして失敗しがちです。
[精進行と運勢]お線香を供えましょう。
 精進の人は、目下にも敬意を払って学び成功します。
 不精進の人は、自己過信して調子に乗り調子に乗り、予想外の支障を招きがちです。
[禅定行と運勢]飯食(オンジキ)を供えましょう。
 精進の人は、人徳の香りに惹かれる人々の協力を得られます。
 不精進の人は、衆望がないばかりに能力を発揮しきれず停滞しがちです。
[智慧行と運勢]灯明を点しましょう。
 精進の人は、自分から求めずとも、自他共に得るものが多くなります。
 不精進の人は、計算どおりに得られず、結果的に損する場合も起こりがちです。

 皆さんの開運を祈っています。
2009
04.21

4月の俳句

 4月は卯月です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって俳句を投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

信号はぼたんの仕組初燕


 信号のある横断歩道は、ボタンを押して待たねば渡れない。
「ああ、そうか」と思って信号が変わるのを待っていると、今年初めて見るツバメが勢いよく視界を横切る。
「速い!」。
 待つ間にゆっくりと流れる時間のスピードとのコントラストがおもしろい。

初音きく風が色づく木々芽吹


 視力と聴力には深い関係がある。
 見えるものは切り取られるが、聞こえるものは切り取られない。
 聞こえることによって見えているものに奥行きが生じ、見えることによって聞こえているものがシャープになる。
 音と色が彩なして季節を教える。

二の腕へ風のやさしさ初つばめ


 これまでの風は頬にたく、背中に悪寒をもたらした。
 しかし、今は、二の腕をなでる風がここちよい。
 梅から櫻へ、そしてツバメへと主役が変わり、いつしか気温も変わっている。
 元気なツバメは、気温の上昇とあいまっていのちを活性化させる。

川縁へかたむくさくら葉となれり


 川縁の土手にの木が連なっている。
 まごうことなき日本の風景。
 そのは、楽しむ気持が余韻とならないうちに散り始める。
 ハラハラと川面へびらを浮かべていたはずなのに、もう、葉になってしまった。
 惜しまれるものの価値が最高に表現された。

夕風に吹き溜まり来し落花かな


 びらは、知らぬ間に当山の玄関にも届いている。
 拾ってしまいたくもなく、棄てたくもなく、もちろん、踏みたくもない。
 きっと作者の家の軒下か塀の根元にびらが溜まっており、処理するのに一呼吸おいているのだろう。
 もう夕刻なのに、手が出せない。

裏を着て挨拶に出る


 肌寒い日に突然チャイムが鳴り、慌ててコタツから出ようとする。
 ひっかけた上着が脱いだ時の裏返しのままだったが、全然気づかない。
 またコタツへ戻り、脱ごうとして恥ずかしくなっている様子である。
 リバーシブルも多くなった時代ならではの作品である。

憂きことは飛ばしてほしや春疾風


 春の疾風は凄まじい。空気が乾燥して埃っぽくなっていると余計に酷く感じ、何かの陰に隠れたくなりもする。
 浮き世は憂き世であり、憂いの種は尽きない。
 頭の隅にべったりと貼りついてなかなか去ってくれない憂さは、気まぐれな疾風にでも渡したくなる。

しばらくは眠気誘はる春机


 縮こまっていたコタツから離れて机に向かう。
 気負って本を開いたけれども、すぐに柔らかな空気に包まれて、たちまち瞼が重くなる。
 春は弛む季節である。
 心身がゆるゆるした状態で学校も会社も新年度が始まるのが、五月にバランスを崩しやすい一因だろうか。

櫻草小鉢に植えて今を生く


 桜草はバラ科のとは異なり、サクラソウ科だが、イメージは地に咲くである。
 見上げる満開の桜は、自分の向こう側にあってその世界に誘う。
 自分で小鉢に植えた桜草は、語りかけられるのを待っている。
 自分の「今」と隔てようがなく、共に生きている。

薫風に佇ちていささか齢忘る


 薫風は後押しをする風である。
 すうっ、すうっと舞う力が、身体の芯で眠っていたものを目覚めさせる。
 舞の中に佇んでいるだけで、〈やれそうに〉なる。
「もう年だから」という言葉は、どこかへ飛んでいってしまう。
 風神様のご加護だろうか。

2009
04.20

【現代の偉人伝】第76話 ─最多安打記録を達成したイチロー選手─

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦いの勝者となって世の中を変えた偉人たちに学ぶことも大事ですが、市井に住む私たちにとって目指すべき具体的な北極星となるのは、中島みゆきの唄う「地上の星」に表現されるような方々ではないでしょうか。
 ここでは主としてそうした人々をとりあげます。
 もしもあなたの身近にそうした方がおられたならば、どうぞご紹介ください。
 当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。


 
 平成21年4月17日、マリナーズのイチロー選手は、日本選手の日米通算最多安打記録をマークした。
 日本人のプロ野球選手として、最も多くヒットを打ったことになる。
 昭和の生んだ偉大な打者張本勲選手の記録を超えた感想を問われ、こう答えている。
「僕たちの世代が(昭和の世代の)『いかつい』人たちを超えていく。それが、なんかいいな、そうしていきたいな、と思っていた」
 イチロー選手は「張本選手のプレースタイルを知らない。
 数字だけしか知らない。野球の話もしたことがない」という。
 彼は、記録を相手にし、自分たちの世代が前の世代を超えて行くというイメージを持って戦い、実現した。
 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本チームの優勝へあれほどの執念を燃やした理由が解った。
 彼にとっての日本とは、たった今、自分たちが最前線にいて戦っている「サムライ・ジャパン」であり、それは〈自分たちの世代〉を象徴するものだったからである。
 WBCでは各国の旗を立てた波がうねり、その強さ、高さを競う。
 決勝戦における決定的場面は、相手を呑み込んでチャンピオンになれるかなれないかの瀬戸際だった。
 あの時のイチロー選手は、日本を背負い、自分たちの世代を背負っていた。
 もしも敗れるならば、それは、自分たちの世代の日本が世界一ではないことを意味する。
 きっと彼は、そんな屈辱には耐えられなかったことだろう。
 だから、波頭に立ち、神業を披露した。
 あの時は、健康管理に万全を期している彼が後になって出血性の胃かいようを発症したほどの極限状態だった。
 彼は、釈尊が実行し難いものとして挙げた「本当にいのちをかけてものごとにぶつかること」を実践した。
 彼の一言「『いかつい』人たちを超えていく」には、自分の生きている時代を知悉し、時代のいのちそのものになって最先端を疾駆する一途な人間の意志が込められている。

 余談だが、この快挙について記者団から感想を問われた我らが国の首相は、水島新司氏の漫画「あぶさん」の話を持ち出し「あぶさんの年齢を知っているか」などと記者をからかって消えたという。 
 もちろんそれは膨大な場面の一つでしかなく、きっと真摯に答えた場面もあっただろうと推測はするが、もしもイチロー選手の思いに心を揺さぶられていたならば、そうした軽率、かつ、軽薄に近い対応ができるだろうかと訝ってしまう。
 マンガ愛読者の面目躍如ではある。しかし、──悲しい。

 これからも、イチロー選手の言葉を追いたい。
 それは、これからの世代を導くだけでなく、〈超えられてゆく〉世代が、あとに続く人々を信じ、希望を棄てずに生き、死んでゆくための救いの光でもあるからである。

2009
04.19

社会の役に立つ人

 関東方面にお住まいの方から、お焚き上げのご依頼がありました。
 古いお札を送って来られたのです。
 同封の書面には「いつかは私も社会の役に立つ人になれるよう努力します」とありました。
 どこでどうしていても、生きて行くのは大変なものですが、はたらきながらお子さんたちを育てて奮闘中の方からこうしたお便りをいただくと、「やらねば」という気力が一段と強まります。
 
まっとうに生きる〉とは、時々刻々と生かしていただいているエネルギーを、今度は自分から〈おかげさま〉の〈かげ〉へ返していることです。
 まっとうに生きている人は、たとえ気づかなくても、必ず、誰かの何かのためになっています。
 それなのに、尚かつ、具体的に「役に立ちたい」と願われる姿勢へは、心から敬服します。
 こうしたご縁の方々と共に、み仏の心を自分の心とするよう努力しつつ生きて行きたいと願っています。
2009
04.18

第二例祭が終わりました

 おかげさまにて、今日も無事、例祭が終わりました。
 善男善女がそろって読誦するご誠心は、当山の支えです。
 
 護摩法の前に行う「お授け」という懺悔に始まる清めの修法において、得難い体験をしました。
「我、昔より作りしところの諸々の悪業を、心より懺悔したてまつる」と心から絞り出す声が、正面におられる本尊大日如来様の台座下に見えるブラックホールのような部分へ吸い込まれて行く実感があったのです。
 秘法の場につき、カーテンで閉ざされた暗い空間なので、その部分が一段と深い闇に見えました。
 密教の循環法という行法においては、行者の唱える真言がご本尊様の足元から入り、御口から流れ出して、今度は行者の頭頂から行者の体内へへ入ります。
 虚空蔵求聞持法(グモンジホウ)もこうして満願したので、足元へ届くという感覚が身についていたのでしょう。

 修法後の説法で、ご参詣の方々にも、今後は清めの覚悟をいっそう明確に持っていただくようお話しました。
 同じ法を何度も何度も行っていますが、その都度、何がしかの新しい発見があるものです。
 皆さんへ感謝することしきりです。

〈燃え上がり始める護摩
2104182.jpg





2009
04.17

『法句経』物語 8 篤信品(トクシンボン)第四(第二話)

 昔、シュダラという大富豪がいました。
 数え切れないほどの財産を蓄えた後、関心はようやく道徳へ向かい、ある決心をしました。
「毎年12月8日に聖者と行者たちを招いて供養することとし、子々孫々に至るまで続けさせよう」
 やがて臨終を迎えたシュダラは、ヒダラという子供へ「この誓いを決して廃してはならない」と言い遺しました。
 ところがヒダラはだんだん貧しくなり、12月になっても供養の準備ができず、憂いは増すばかりでした。

 時期が来たので、釈尊は弟子モクレンを遣わしました。
「今月はあなたのお父さんが供養してくださることになっていたのですが、どうされますか?」
 ヒダラは答えます。
「亡父の指示を違えることはありません。
 8日の正午をお忘れにならず、いつも通り、どうぞおでかけください」
 モクレンは釈尊へ報告し、ヒダラは妻子を連れて妻の実家へ赴き、妻子を預けて百両を借り、家に戻って供養膳を調えました。
 釈尊は例年通り1250人の修行僧を引き連れて供養にあずかり、精舎へ帰りました。
 遺言を実行できたヒダラはただ歓喜するだけで、後悔の念は起こりませんでした。
 ところが、その日の夜、古い蔵々では財宝が自然に満ち満ちて、やがて裕福だった頃と変わりなくなりました。
 翌朝、蔵の様子を目の当たりにした夫婦は驚き、役人にどこから財宝を手に入れたかと詰問されるのを怖れ、釈尊のもとへ相談にでかけました。
 釈尊は答えました。
「安心して財物を意のままに用いよ。
 難事が起こるのをを怖れる必要はない。
 貴方は信義を守り、父の教えに背かず、持戒して自らの境遇を恥じ、父の死にもかかわらず方針を一貫させたので、信心や布施など仏道を成就するために必要な七つの財がそろったのである。
 目に見える財宝が現れたのもこうした福徳の結果であり、それは決して災いをもたらすものではない。
 男女を問わず、智者が道の実践を行った結果として財福を手にすることができるのは、自然な成り行きである」
 さらに、釈尊は詩をもって説きました。
信心と、戒律と、自分で自分を恥じる慚(ザン)と、他へ対して恥じる愧(キ)と、教えを聞く聞法と、布施と、智慧とを七つの財物とする。
 信心に従い、戒律を守り、常に清浄な心で真理を観じ、智慧をもって他のためになることを実践し、教えを大切にして忘れないのは、男女を問わず生まれながらにして具わっている財物なのである。
 それを知れば、生涯、貧困にはならない。
 賢者とは、この真実を知っている者である」
 この説法により、ヒダラはますます篤く信じ、仏足をおしいただき、歓喜して帰宅しました。
 つぶさにこのできごとを教えられた妻子は皆、信じ、受け継いで悟りを得ました。


 ポイントを整理しましょう。

1 仏道を実践すれば、苦を脱し悟りを開くために必要な財物はおのずから手に入る。
2 必要な財物とは、①信じる心。②戒めを守り自分を律すること。③自らを省みて恥じる慚(ザン)。④他へ対して自らを恥じる愧(キ)。⑤仏法を真剣に聞いて学ぶ姿勢。⑥見返りを求めずに他へ施す心。⑦真理・真実を見極める智慧の七つである。
3 誰しも、真の財物を生まれながらにして持っている。
4 それは、信心に従い、戒律を守り、常に清浄な心で真理を観じ、智慧をもって他のためになることを実践し、教えを大切にして忘れない生き方である。
5 真の賢者とはそれを知っていて、財物を活かして生きる人であり、決して貧困に陥らない。

 とても大切なのは、出家修行者だけが悟りを開けるのではなく、万人に備わっている宝ものに気づき活かす人へ、等しく救いの扉が待っているという点です。
 そして、在家の信者にとっては出家修行者の供養がそのきっかけになるという点も見逃せません。
 釈尊の初期の教えの中に、すでに、出家者と在家者を問わず悟りを開き得るという大乗仏教の教えが含まれています。
 こうしたことをふまえて、お大師様は「出家者は所定の修行により、在家信者は布施などの修行により、共に悟りへの道を歩める」と説かれました。
2009
04.16

ペットの供養と存在意義 1

 去年、亡き飼い犬の弔いをされた方が、一周忌供養のために来山されました。
「遺影です」
 湾曲した小さな透明のケースに、肘から先をきちんと地面につけ、カメラ目線になっている中型犬の写真が納められています。
 背景は室内。
 名前を聞いて思い出し、祈りました。
 終わると、中年のご夫婦は眼にいっぱいの涙を溜めておられます。
「この一年は喪に服していました。
 もちろん、別な犬は飼っていません。
 ──なにしろ、家族でしたからね」
 当山でもネコを飼っており、〈家族〉という感覚はよく理解できます。
 ペットがこれほどまでに第二の家族として重きをなした時代はあったでしょうか。

 思えば、彼らは、決して飼い主を追い詰めません。
 買い方が適切である限り、飼うことによる苦痛は発生しません。
 飼い主の生活に〈異物としてたち現れない生きもの〉がペットです。
 親子であれ、夫婦であれ、兄弟であれ、人間は必ず自分にとって異物としての面を見せる時があります。
 場合によってはケンカをしつつそれに耐え、さまざまな〈異物性〉に慣れながら相手の存在をきちんと認め、自己抑制や許容といった力をつけてゆくのが「大人になる」ということでしょう。
 その頂点にあるのが政治ではないでしょうか。
 政治家とはもっとも〈疲れない人々〉と言えそうです。

 さて、多くの人々は、疲れると感じる環境で生きています。
 最近では子供たちまでが容易(タヤス)く「疲れる」ということばを用い、すぐに道路へへたり込んでしまうありさまです。
 こうした現代人にとって、異物性が薄く、情愛に応える反応を返してくれるいきものは、もっとも心を和らげてくれる同居人すなわち家族としての重要性を高める一方です。
 そして、同居しての安心感という意味で最も重要なポイントは、もしも関係が意にそわない状態になったなら飼うことをやめられるという点です。
 それによって、ペットも人間も救われます。
 関係が永遠である家族はそれが不可能であり、異物性に堪えきれなくなった人は心を病み、事件に行き着く場合すらあります。
 追い詰められ、逃げられないと感じた場合のストレスは、自由という観念を強く持っている現代人にとって巨大な壁です。

 ペットは憩い、安らぎ癒し救いといった贈り物を不断に届けてくれます。
 慰め励まし、勇気づけるペットは、ある意味では家族以上家に良き族であり得るとすら、言えるのではないでしょうか。
2009
04.15

神様も仏様もおられます

 転んで足首を傷め、しばらく入院していたAさんが、久方ぶりに来山されました。
 諸事情によって難航していたお墓の移動がようやく終わったからです。
 菩提寺を変えるのも、墓地を変えお墓を移動するのも、宗派を変えるのも憲法で保障された「信教の自由」であり、離檀料を請求したり、申し出を放置したりして妨害するなどは、あってはならない行為ですが、残念ながらあり得るのが現実で、Aさんは信念を貫き通すのにかなり苦労されました。
 しかし、成就した今、笑顔で言われます。
「これでやっと安心しました。
 今回、『神様も仏様もいる』って本当に思いました。
 お墓を移動できたのもそうだし、私のケガがこれで済んだのもそうです。
 この年(Aさんは70歳を疾うに過ぎています)になってあれだけ転べば、ほとんどは肩を砕いたり腕を折ったりするそうですが、足首以外、全然何ともないのは奇跡だそうです。
 お医者さんや看護士さんに何度も『よくこれで済みましたねえ』と言われました。
 本当にありがたくてなりません」
 はたらき者のAさんは若い頃から何でも自分で手がけ、樹木の枝払いなども男性に混じってやりました。
 樹木を切ったりする時は必ず塩を撒き、手を合わせてからとりかかりました。
 神棚と仏壇へのお供えや礼拝も欠かしたことはありません。
 入院してからは、ご家族がAさんに代わって神様と仏様へ手を合わせていたそうです。
 まったくやつれもせず、細い全身から以前と変わらぬ静かな精気を漂わせ、確信に満ちた言葉はとても明瞭です。
 幾星霜に鍛えられたAさんの気骨と背後に控える〈戦争を生きた世代〉の勁さに、あらためて嘆息させられました。
 今月は、お墓を移したり、お骨を納めに来られたりと、県の内外を問わず東や南東からのご縁が重なっています。
 きっと来月は、南西や南東方面からのご縁が多くなることでしょう。
 どこにおられる方のどのような問題にでも、教えと法をもって対応できる寺院でありたいと願っています。
2009
04.14

匿名性社会の恐ろしさ

 自分の姓名を、自分が〈知られても良い人〉や〈知らせたい人〉へのみ、知らせる時代になった。
 姓名のような個人を特定するために必要不可欠な情報までが〈個人の所有物〉と認識され、積極的にであれ、黙認という形であれ所有者の同意なしには触れさせたくないという権利意識に問題はなかろうか。

 姓名とは、特定の個人を他の人々と区別するためにある記号であり、それは、人間が社会内存在であればこそ意味を持つ。
 Aさんは、「私をAと呼んでください」と願ってAと名乗り、それがあって初めて、Bさんへ「Bさん」と呼びかける資格を持つ。
 声をかけた方が先に名刺を出す慣習は、道義的な資格と義務が礼儀となったものだろう。
 こうして、姓名は個人を特定するために社会がその構成員全員へ持つことを要請するものであり、社会の共有物として初めて意義を持つ。
 もちろん、姓名は「子供が幸せな人生を送れるように」との親の切なる願いがこめられたかけがえのないものであるという側面を持つが、本来の意義は、たとえ番号になったとしても変わらない。

 姓名のもう一つの意義は、コミュニケーションの窓口になることである。
 コミュニケーションは、AさんがBさんを認識し、「Bさん、こんにちわ」と声をかけて始まる。
 人と人との出会いは見知らぬ同士によって始まるが、どこかの時点で互いに名乗り合うことによって縁が安心なものとなる。
 人助けなどを行って名乗らずに立ち去る方もおられるが、それは誤った権利意識によるものではなく人間の品位と徳性の問題であり、例外である。

 姓名を「自分のもの」として「しまっておきたい」という心性は恐ろしい。
 匿名によって自分を隠せるならば、人間はたやすく悪行へと走るからである。
 急速に若年化しているネットによる誹謗中傷や、ネットで知り合った同士が互いの姓名を知らぬままに結託して盗みや殺人を行う事件など、匿名性の蔓延がこれまでになかったほど人間の心性を劣化させた。
 学校から社会全体まで、「卑劣」という意識がどんどん欠落してゆくのは恐ろしい。
「ばれなければ、何でも思うままにやりたい」のは、煩悩を持った人間のありのままの姿であり、社会が姓名をきちんと管理していることは、人間を悪行へ走らせないための重大な防波堤である。
 それは、すべての人々が大きな名札をぶら下げていると想像してみればすぐに解る。
 実名なしにネットで情報を発信できなくなったと想像してみてもすぐに解る。
 ゴミのポイ捨てから殺人まで、いかに犯罪が激減することだろう。
「Aがやった」と知られたら恥ずかしいし、「A待て!」とすぐにつかまるであろうから恐ろしく、悪事は実行できにくいのである。
 個人情報への誤った執着と、匿名性をバックにしたネットの無原則な拡大は、社会をその正反対の方向へ向かわせているという重大な事実を、私たちはもっともっと真剣に考えねばならない。
 これ以上人間が卑劣にならず、互いの心を開き合う信頼と安心に満ちた社会を目ざすための転換点を作らねばならない。
2009
04.13

『法句経』物語 7 篤信品(トクシンボン)第四(第一話)

 昔、ある大河の近くに五百戸の家がありました。
 この世の迷いを離れる道について教えを聞いた人は一人もおらず、他から奪ったり騙し取ったりして自分が貪り楽しむことばかりを行い、心の修行とは無縁でした。
 救うべき人を救わねばならないと深く念じていた釈尊は、この人々をこそ救わねばならないと知り、水辺に立つ大樹の下へ赴いて瞑想に入りました。
 如来となった釈尊の光り輝く姿に驚き畏れた人々は皆、礼拝したり、声をかけたりするので、釈尊は座らせ、教えを説きました。
 ところが、皆、信ずる心がなく、だらけたままで、真言(真実の言葉)を信じません。
 そこで、釈尊は法力で化人(ケニン…幻の人間)を作り、河の南側から水上を歩いて来させました。
 くるぶしまでしか沈まないでスタスタと歩き、釈尊の前にぬかづいたので、人々は驚き怪しみました。
 釈尊は化人へ尋ねました。
「私たちは先祖代々この河のほとりに住んでいるが、人が河の上を歩くという話は聞いたことがない。
 あなたはどなたか。
 また、いかなる修行によって水に沈まぬようになったのか」
 化人は答えます。
「私は河の南側に住む正直一辺倒の者です。
 悟りを開いた方がおられると聞いたので、ぜひとも学びたいと願い、岸辺まで来ました。
 ところが。河を渡れません。
 向こう岸にいた人へ、深いか浅いかを尋ねたら『くるぶし程度だから、渡れないことはありません』と言うので、信じて渡りました。
 それだけです」
 釈尊は褒め讃えました
「すばらしいことだ。
 信じ抜いて偽りがなければ、生まれ変わり死に変わりの輪廻から解脱できる。
 数里の河を渡ることなど、奇跡でも何でもない」
 そして、詩をもって説きました。
信心迷いの淵を渡り、不放逸で迷いの大海を行く船の船頭となり、精進して苦を克服し、智慧によって悟りの世界へ入る。
 行者が信心し修行に励めば、聖者に称讃される。涅槃(ネハン)の境地を楽しむようになれば、輪廻(リンネ)の束縛を超越できる。
 信心ある者は聖なる道を会得し、教えによって涅槃へ赴く。教えを聞いて智慧を獲得すれば、到達するところはすべてが明らかな世界である。
 信心と持戒と智慧をもってしっかり修行すれば、行者は怒りを克服し、迷いの淵を脱する」
 ことここに至り、村人はこぞって釈尊の教えを聞き、信ずることの力を眼のあたりしして閉ざされていた心を開きました。
 真理を信ずる心がしっかり固まって五戒を伝授され、在家の行者となりました。
 信ずる心によって、教えは遍く広がりました。


 ここでは、「耳から聞いても心で聞かなければ何にもならない」ことを学びましょう。
 物理的に鼓膜が音声の振動を把握して脳へ伝えることと、耳にした内容に魂が震え心へ刻まれることとの間には、とてつもない開きがあります。
 その隔たりを一瞬にして埋めたのが釈尊の法力です。
 人が河の上を歩くというあり得ない光景を目の当たりにしてドキッとなった時、きっと、眼から入った信号が脳の日常生活で使っていない部分を刺激し、五感のアンテナが鮮度を上げて次の信号を待ち構えるのでしょう。
 そこで行われた化人と釈尊の会話を聴く村人たちの〈心の耳〉は、日常生活が作った何枚ものフィルターを無にし、音となった言葉に含まれる真理・真実をそのまま魂へと届けたに違いありません。
 フィルターを無化させたものが法力です。
 もしも釈尊が、おもしろくなさそうにしている村人たちの耳を、〈おもしらがらせる〉といったやり方で開こうとしたならば、村人たちの耳はそうした情報をキャッチするレベルでしか開かなかったことでしょう。
 当山が、人生相談を受けての対話も、あるいは各所での法話もすべて法を結び法へ入ってからしか行わないのは、こうした理由にもよります。
 もちろん、会話や質疑応答の中におもしろおかしい話題が入ることはありますが、基本的に、世間話や笑い話は袈裟衣を着けた者の仕事ではないと心考えています。
 たとえ釈尊の万分の一であれ、行者として〈み仏の法の力〉をいただかずに、ものを口にすることはできません。
 み仏にお仕えするとはこうしたことであろうと考えています。

また、聖者の教えは居住まいを正して学ぶ習慣にしています。
 そうでないと、眼や耳ははたらいても、心で学べないからです。

 さて、「耳から聞いても心で聞かなければ何にもならない」ことは、心に不浄を入れない、溜めないという面において積極的な意味合いも持ちます。
 修行へ入る時や山登りをする時などは、以下の観想文を心へ刻み、般若心経を読誦し、真言を唱え、九字を切って六根清浄をはかります。

「眼に諸諸(もろもろ)の不浄(ふじょう)を見て心に諸諸の不浄を見ず
 耳に諸諸の不浄を聞いて、心に諸諸の不浄を聞かず
 鼻に諸諸の不浄を嗅いで、心に諸諸の不浄を嗅がず
 口に諸諸の不浄を言いて、心に諸諸の不浄を言はず
 身に諸諸の不浄を触れて、心に諸諸の不浄を触れず
 意(ココロ)に諸諸の不浄を思いて、心に諸諸の不浄を想(オモ)わず」


 なお、溜まった不浄を解消する方法は、当ブログにある「普賢菩薩六根清浄法 2」に書いてあるので、参照してください。
 5つの心構えを再掲しておきます。

「1 み仏の教えに学んで心を正しく保ち、仏法僧を謗らず、行者や人生修行に励んでいる人びとの善行の邪魔をしないことです。
 2 父母に孝養を尽くし、師や長老を敬い尊ぶことです。
 3 み仏の教えにかなう方法で社会を浄化し、人心を清めることです。
 4 縁に応じて身心を慎み、殺生などの悪行をしないことです。
 5 因果応報を信じ、真実を求め、み仏がおられることを実感できるよう心を清めることです」


2009
04.12

水子地蔵尊の供養会

 5月4日(月)「ORAGA鳴子の熱帯植物園」にて、昨年に引き続き、水子地蔵尊の供養会を行います。
 午前11時よりの修法です。
 どうぞお詣りにおでかけください。
 美人を創ると評判の名湯「琢(タクヒデ)」さんの「うなぎの湯」も堪能されてはいかがでしょうか。
 住所は宮城県大崎市鳴子温泉字星沼20-12、電話は0229-87-1030です。

 以下は、ホームページに紹介されている「水子地蔵尊の歴史」です。
 

川のほとりに二人の子供に恵まれた家族が幸せに暮らしておりました。
 三人目の子供を身ごもったとき母体保護のため心ならずも水子にしてしまいました。
 その後病気もしないで育った二人の子供は水難、交通事故で相次いで命を落としてしまいました。
 突然の重なる不幸に母親は、狂わんばかりに悲しい日々を送っておりました。
 ある夜、夢枕に子供の手をひく地蔵尊があらわれます。
「私は、水子達の救い主水子地蔵尊である。同じように水子にされ墓印なく不幸な者達は非常に多い。川をさかのぼると年中花の絶えることなくその地に水子地蔵を祀れ。そうすれば、世の親たちの悲しみも救われる」
 母親は、早速川をさかのぼって行くと地の底より熱湯吹き出し、四季の花の絶えないこの地を見てここに違いないと確信し水子地蔵を祀りました。


2009
04.11

『法句経』物語 6 多聞品第三(第二話)

『法句(ホック)譬喩(ヒユ)経』です。

 昔、ある精舎で、釈尊が出家在家の修行者たちへ説法を行っていました。
 その頃、一人のバラモン行者がいました。
 博識で経文を知り尽くし、誰と議論しても主張は必ず通し、驕り高ぶって自分は世界一だと広言し、論敵となる者はありませんでした。 
 日中、松明(タイマツ)を灯して歩き、「世間の人々は皆愚かで迷ってばかりいる。だから、私がこの暗愚を照らすしかないのだ。世間には、とりたててこれという人物はいない」と、うそぶく始末でした。
 釈尊が、前世で徳積みに励んだバラモンを救おうとして行状を観たところ、高慢で名誉を求め、無常を知らず気まま放題なので、あの世では地獄に堕ちてなかなか抜け出られません。
 そこで、一賢者の身なりでバラモンを呼び、問答しました。
「君は何をしているのか?」
「人々が愚かで、昼間なのに明かりを持っていないから、松明で照らしてやるのです」
「そうか。
 ところで、四明(シミョウ)法を知っているか?」
「知りません。それは何ですか?」
「一つには、天文や地理に明るく、四季おりおりを無事安全に過ごすこと。
 一つには、星座をよく知り、五行(ゴギョウ…木・火・土・金・水)の理でものごとを判別すること。
 一つには、国を正しく治め、規律をもって国民を安全に暮らさせること。
 一つには、軍略長じ、固く防御して破れないこと。
 以上だが、バラモンである君は、この四明法を具えているか?」
 驚き、ただちに深く恥じたバラモンは松明を棄て、両手の指と腕を組み合わせて恭順の意を表しました。
 釈尊はその心に応じて如来本来の燦然と輝く姿に戻り、清らかな声で詩の教えを説きました。
「教えを多少聞いたからといって慢心し、自分を大いなる者として驕れば、盲いた人が灯火を手にするようなものであり、誰かは照らされても自分自身は明かりを得られない」
 釈尊はさらに説かれました。
「自分を誇る君ほど、愚かで冥い者はいない。
 だから昼間に松明を灯して大国へと向かうのだ。
 学ぶべきものは無限に大きく、君が持っている知識などは、一塵と異なりはしない」
 厳しく諭されたバラモンはさらに悔い改め、頭を地へつけて弟子入りを希望しました。
 出家修行者となったバラモンは煩悩が消えて心が解放され、アラカンになりました。


 釈尊がバラモンへ投げかけた質問は重大です。
 哲学や、倫理や、宗教の話ではないからです。
 優秀なバラモンは、当時のインド社会でもっとも正統な学問であり宗教であるとされていた一つの思想体系ですべてを解決できると思っていましたが、人々が幸せに生きるためには、バラモンが学んだ範疇をはるかに超えたたくさんの智慧が必要であることに気づきませんでした。
 釈尊は、身分制度など社会のありように深く根ざしたバラモン教そのものへ論戦を挑んだり、否定したりするのではなく、広い視野や、柔軟な思考をもって具体的な人間存在そのものに迫る姿勢などを通じて、バラモン教の限界に気づかせたのです。
 四明法は、言ってみれば、以下のように考えられます。

 ○私たちのいる時間・空間というものをよく知り、つつがなく過ごすための智慧
 ○この世を成り立たせている原理をわきまえてものごとを判断する智慧
 ○人々が悪を為さず秩序ある安心な社会にする智慧
 ○国を守り安全に保つ智慧

 こうした智慧が充分にはたらき、一人一人の人間がしっかり生きられると同時に、社会も善きものとなってゆくための土台となる〈人間のあるべき姿〉を説くのが、み仏の教えであると考えておられたのでしょう。
 自他の〈苦を抜く〉心がなければ、いかなる知恵も生きはしません。
 物理学も、経済学も、政治学も、哲学も、ありとあらゆる知恵は、人間を、社会を、生きものを、自然を畏敬し尊ぶ姿勢から離れた時、この世をたやすく地獄餓鬼畜生修羅の世界へと陥れる悪魔の力となってしまいます。
 釈尊も、お大師様も当時の思想や哲学と争わず、より広く、深く、根本的なところから説くことによって、結果的に幅広い層から納得と信頼を得ました。
 ただただ、頭を垂れるだけです。
2009
04.10

自死(自殺〉は罪か 3 ─『妻と私』─

 江藤淳著『妻と私』の続きである。
 モルヒネの投与が増した妻は、昏睡と覚醒をくり返すようになっている。 

 あるいは、家内はこの頃、私をあの生と死の時間、いや死の時間から懸命に引き離そうとしていたのかも知れない。そんなに近くまで付いて来たら、あなたが戻れなくなってしまう、それでもいいの?といおうとしていたのかも知れない。


 慶子は無言で語っていた。あらゆることにかかわらず、自分が幸せだったということを。告知せずにいたことを含めて、私のすべてを赦すということを。四十一年半に及ぼうとしている二人の結婚生活は、決して無意味ではなかった、いや、素晴らしいものだったということを。
 私はそれに対して、やはり無言で繰り返していた。有難う、わかってくれて本当に有難う、ということを。君の生命が絶えても、自分に意識がある限り、君は私の記憶の中で生きつづけて行くのだ、ということを。


 江藤淳の尿はぱったりと出なくなる。
 そして、11月7日、「モニターの脳波が平坦になり、心拍が停止し」聴診器で死が確認される。

 私は、まだ暖かい慶子の左手の薬指から、結婚指輪と一緒に嵌めていた翡翠の指輪をそっと抜き取って、自分の鞄のなかへ入れた。彼女が母の形見として特に大切にし、私に託していた指輪だったからである。窓外に眼をやると、黒く澄んだ夜空に星が降るように見えた。


 一旦出るようになった尿は、事後の処置にあたるうち、また、止まってしまう。

 私はたちまちその煩雑さに耐えられなくなって行った。自分はまだ深海の底のような、あの生と死の時間の中にいるのに、葬儀に関わる一切は日常性と実務の時間で埋め尽くされていたからである。


 恐らく家内の絶命とともに、死の時間そのものが変質したのである。それは今や私だけの死の時間となって、現に生理的に私の身体まで脅かしはじめている。そういうほとんど絶望的な自覚が、今まで一度も感じたことのないこの深い疲労感の底には潜んでいた。そして、尿はまた出なくなっていた。


 家内とはやがて別れなければならない、その時は自分が日常的な実務の時間に帰るときだ、と思っていたのは、どうやら軽薄極まる早計であったらしい。何故なら、死の時間と日常的な実務の時間とは、そう簡単に往復できるような構造にはできていないらしいからである。
 いったん死の時間に深く浸り、そこに独り取り残されてまだ生きている人間ほど、絶望的なものはない。家内の生命が尽きていない限りは、生命の尽きるそのときまで一緒にいる、決して家内を独りぼっちにはしない、という明瞭な目標があったのに、家内が逝ってしまった今となっては、そんな目標などどこにもありはしない。ただ私だけの死の時間が、私の心身を捕え、意味のない死に向かって刻一刻と私を追い込んで行くのである。


 江藤淳は疲労のために急性前立腺炎を発症していた。
 自宅で仮通夜が行われる。

 わが家は神道なので、既に宵闇の迫る部屋の内外の空間に、神官の降神の祈りの声が響き渡ると、悲しみが胸に込み上げて来て、堪えられなくなった。いま、慶子の霊が降りて来て、この斎庭(サニワ)に、葬(ハブ)りの空間に顕現している。そう思うと、涙が溢れつづける。胸中の悲哀はあたかも底のない井戸ででもあるかのように、いつ汲み尽くせるとも知れない。
 私が、いまそのさなかにいる時空間こそ、あの生と死の時空間なのであった。そして、僅かに燈で照らされた庭の暗闇を、次々と通り過ぎて行く弔問客の姿はといえば、私の眼には、むしろ慶子の霊を守って他界から訪れてくれた人々の影のように見えた。
 そうしているあいだにも、私の身体のなかでは、刻一刻と死の時間が育ちつつある。あの堪えがたい疲労が、私を内側から崩壊させようとしている。


 彼は思わずもらし、お手伝いさんから「先生を頼りに生きている人たちが何人もいるんですから」とたしなめられる。

「ぼくもできることならこのまま、慶子のいるところへ行ってしまいたいな」


 彼は、心身の崩壊と闘っていた。

 喪主は、告別式が済むまでは死ぬわけにいかなかった。


 点滴でつなぎ、告別式が終了してすぐ入院するが、すでに敗血症を発症しており、医師から「今夜が一つの山です」と告げられる。

 いつも一緒にいるということは、ここまで付いて来るということだったのだ。君が逝くまでは一緒にいる。逝ってしまったら日常の時間に戻り、実務を取りしきる。そんなことが可能だと思っていた私は、何と愚かで、畏れを知らず、生と死の厳粛な境界に対して不遜だったのだろう。
 それをやってしまうのが、あなたなのよ、と慶子の幻影がいったような気がした。誰もしようとはしないことを、あなたは平気でやってしまうの。そこには、私をからかっているとき独特の、彼女の微笑があるように感じられた。でも、あなた自身が崩れない限り、外からの力ではあなたは決して倒れない。前にもいった通り、あなたは感染症では死なないわ。もう少しお仕事をなさい。


 一つの山を越えたが病状は軽快せず、「ここで自分から崩れてしまっては男が廃る」と考えた彼は、受話器を取って訴える。「ここは一つ、一か八か、手術でもしてもらって決着をつけるほかないんじゃないでしょうか」
 そして遺言書を作り、手術に臨む。

 こうして死んだときの準備をして置けば、却って死神のほうが退散するだろう。そのとき私はひそかに想った。いつの間にか私は、あの死の時間を司る力と、懸命に闘いはじめているのであった。
 こんなところで、死んでたまるものか。何としてでも慶子の遺骨を、青山のお墓に納めなければならない。やがては墓誌も、建てなければならない。這ってでも書斎に戻り、『漱石とその時代』を完成させなければならない。


 そして、生きる。
 エピローグである。

 私はいま、治りつつある。あの日常性と実務の時空間に向かう大道を、歩みはじめている。それは、入院以来かつて感じたことのなかった健康な感覚であった


 やっと病院内を歩けるようになり、ふと、鞄の中に何が入っているのか点検したくなって、あの翡翠の指輪と再会する。

 何だ、慶子、君はやっぱりここにいたじゃないか、すっとぼくと一緒にいてくれたじゃないか、と言葉にならない言葉で指輪に語りかけると、涙が溢れて来た。私はほんの数分の間、その指輪を自分の結婚指輪の上に嵌めてみた。


 あとがきである。

 突然何の前触れもなしに一種異様な感覚に襲われた。自分が意味もなく只存在している、という認識である。このままでいると気が狂うに違いないと思い、とにかく書かなければ、と思った。


 そして、「文藝春秋」の平成11年5月号にこの『妻と私』を発表する。
 反響はすさまじかった。

 私がこれまで書いて来た文章のなかで、これほど短期間にこれほど大きな反響を生んだものは、ほかに一つもない。


 単行本の『妻と私』は平成11年7月7日に第一刷、そして同年12月には第十三刷となった。
 その間、彼は平成11年7月21日に自殺する。
『漱石とその時代』及び『幼年時代』は未完のままとなった。
 もう一度、遺書を掲載する。

 心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。
平成十一年七月二十一日 江藤淳


 彼の著作は何冊か読んでいる。
 彼は逃げないし、媚びもしない。
 卑劣さやひ弱さとはおよそ、無縁な漢(オトコ)である。
 そうした彼が、妻の死も、自らの死も乗り越えた彼が乗り越えられなかったものは、「形骸に過ぎず」という感覚だろう。
 自分の生をつき動かしているものに応えられなくなる時、〈生の時間〉にいることが、いたたまれなくなる。
 まして、年齢を重ね、〈死の時間〉らしきものの体験も重なってくると、その異次元が身近に感じられるようになっている。
 生から死へと時間の次元を超えるために「形骸」を「処決」する意志が固まった経緯は、手に取るように理解できる。
 こうした思考へたどりつくのは、志や使命感、あるいは仕事に生きる人間の宿命である。

 思えば、釈尊は、貧しいチュンダから心を込めて作ったキノコ入りの食事を差し出された時、そう遠くない時期に訪れるであろう自分の死を、自ら引き寄せたのではないか。
 釈尊は「生涯で最もおいしい食事だった」と述べ、供養の本質はモノでなく心にあることを教え、施す心の比類ない尊さを称え、チュンダの救済を最後の仕事とされたのだと考えている。
 もしも、釈尊が食事を断れば、哀れなチュンダは供養できなかったからである。
 釈尊が倒れたのでチュンダは狼狽し、後悔の念や罪の意識で狂いそうになったかも知れないが、釈尊の言葉とまなざしによって救われ、真実世界へ誘われたと信じて疑わない。
 
 お大師様もまた、死の到来を正確に悟り、約二年間、〈その日〉を目標に最後の仕事をこなされた。
 偉大な法力を持ったお大師様が死を先へ延ばそうとせず、むしろそれを利用して信念を永久に示されたのもまた、自ら決した死と言えるのではなかろうか。

 皆さんの自殺(自死)に関する人生相談(「地獄行き」といったもの言いで悩まされている方々のいかに多いことか……)を受け、こうしたことごとを考えていて気がついたのは、死が〈生の行き詰まり〉ではなく〈生の極まり〉だということである。
 いかなる形で迎えた死であろうと、それは尊厳の結晶であり、云々することは何ぴとにも赦されないのではないか。
 ──たとえ仏や神の名において、であろうとも。

2009
04.09

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 29 ―心相続─  

 4月8日は、久方ぶりに参加された方と初めて参加された方がおられるので、少し遡って勉強しました。
 参考資料としてお渡ししたチベット仏教における観想文『八つの詩頌』について質問が出ました。

第三詩 
 あらゆる行為をするときは、自分自身の心相続の中でよく吟味し、自分と他者を危険に陥れる煩悩が生じるやいなや、すぐに確固として立ち向かい、退かせることができますように


 問題は、この文章にある「心相続」です。

 心は一本の糸のようなものです。
 ずうっとつながっていて、途切れることはありません。
 眠っている間もはたらいており、意識されていないだけです。
 その一部は夢の記憶として思い出されることもあります。
 ここで説かれているのは、心への監視です。
「時間の流れとともにはたらき続けている心の様子をちゃんと観ていて、煩悩が顔を出しそうになったなら、なるべく早く対処し、消滅させよ」
 きっと、こんなことができるのかと思う方がおられることでしょうが、仏法では、チェックする機能を正知(ショウチ)といい、行者は決してそのスイッチを切ってはいけないことになっています。

 最近、こんな話を聞きました。
 Aさんがエレベーターに一人で乗っていたら、途中で十人近い男女がドヤドヤと乗り込みました。
 そのうちの男性一人が、すぐに両手を挙げて「俺はやっていないよ」と言いました。
 冗談かどうかよく判らないけれども、知人がセクハラで職を棒に振ったばかりだったAさんは、とても複雑で心の沈む思いがしたそうです。

 行者逸話もあります。
 チベットのお昼時、順番に人々へふるまわれていたヨーグルトが残り少なくなり、「大変だ!私へは回ってこない」と気づいたゲシェー・ペンは、すぐに自分のお椀を伏せました。
 どうしたのかと訊ねられた彼は、「もう、充分にいただきましたから」と答えたそうです。
 まだ与えられていないものを勝手に欲しがる心にも、あるいは、他に先んじて自分が取りたいと思う心にも、〈自分を第一にしたい〉という煩悩が潜んでいます。
 彼の正知は、ただちに察知し、あたかも迷惑メールを排除するかのように正確に、しかも礼儀をわきまえた態度で処置しました。

 心相続は一本の丸木橋のようなもので、上には、一時に一人しか乗れません。
 並んで渡ることはできないのです。
 煩悩が乗っている時は、慈悲心の乗るスペースはありません。
 現に、大変だと思った瞬間、ゲシェー・ペンの心相続に他者への思いやりはまったくないではありませんか。
 また、この丸木橋が空っぽになることはなく、正知によって悪しきものを排除していれば、自然に善きものが乗ることになり、心の浄化が進みます。
 敵がいなくなれば、あとは味方だけです。

 そして、正知は心の訓練によって得られます。
 迷惑メール防止機能のように、導入しさえすれば自動的にやってくれるというわけにはゆきませんが、散歩が足腰や心臓を鍛えるように、訓練は確実に性能をアップさせます。

 この一文をもって修行としたいものです。
2009
04.08

『法句経』物語 5 多聞品第三(第一話)

 昔、ある国に物惜しみが激しく邪な考えを持ち、道徳心のない夫婦がいました。
 釈尊はそれを憐れみ、貧しい行者の姿で托鉢に訪れました。
 夫は不在で、妻は思慮なくただ罵るだけです。
 釈尊は言われました。
「私は行者として生きています。
 そう罵らず、何か食べてゆけるものを布施してくれませんか」
 妻は応えます。
「もし、おまえが死にそうになっていたとしても、そう簡単には恵んでもらえまい。
 まして今は元気そのものじゃないか。
 私は恵んでやる気なんかないから時間の無駄さ。
 早く立ち去りなさい」
 行者は立ったまま上目づかいで眼を動かさず、生気が去り、死相が現れました。
 やがて身体が膨張し、鼻と口でウジ虫が蠢き出し、腹からは腸が飛び出し、臭いものが流れ始めました。
 恐怖心にかられた妻は、声を失って逃げ去りました。
 行者の姿はかき消えました。

 行者は、数里離れた樹の下で瞑想に入っています。
 さて、帰宅途中の夫は、怯えている妻に会って異変に驚きます。
 行者に驚かされたと知って怒り狂った夫はどこに行ったか訊ねますが、妻は「まだそんなに遠くへは行かないだろう」としか言えません。
 弓矢と刀を手にした夫は後を追って走り、ついに行者の姿を発見して斬りかかります。
 その瞬間、行者が法力を用い、自分の周りに瑠璃(ルリ)でできた小さな城を現したので、夫は周囲をぐるぐる廻るだけで入れません。
「なぜ、門を閉ざしているのか」
「開けてもらいたければ弓矢と刀を捨てよ」
 やりとりをしているうちに夫は考えました。
 ──中に入ってから殴り倒してやろう。
 そして弓矢と刀を手放しましたが、門は開きません。
「弓矢と刀を捨てたのに、なぜ、門を開けないのか」
「私はあなたの心中にある悪意という弓矢と刀を捨てなさいと言ったのだ。
 手にしたものではない」
 心を手に取るように観られた夫は驚き、ワナワナと震えました。
 ──この行者は聖者だから私の心を読んだのだ!
 事態を察した夫は大地へ頭をこすりつけて礼拝し、懺悔しました。
「妻が愚かなばかりに貴方が悟った方であることを知らず、私にこうした悪意を起こさせました。
 できることなら、お慈悲によって私たちを見捨てないでください。
 今、妻を連れてきますから、どうか私たちを悟りへの道へお導きください」
 そして、行者は見つかったのかと問う妻へ詳しく奇跡の体験を言い聞かせ、一緒に懺悔して罪を滅しようとします。
 五体投地して弟子入りを願います。
「瑠璃の城へ入れず、貴方様の法力と悟りを知りました。
 今の私たちは、お導きいただきたいと固く決心し、決して揺らぐことはありません。
 そうなれば先の心配はまったくなくなります。
 いかなる道で徳を積めば貴方様のような境地へ入れるのでしょうか」
 行者は答えます。
「私はよく学び、教えを実践して怠らなかった。
 精進し、戒律を守り、智慧に従って放逸を離れた。
 こうした修行によって涅槃(ネハン…絶対の安心)を得たのである」
 行者(釈尊)は詩をもって教えを説かれました。

「教えをよく聞くことを厭わず、仏法を奉じて邪悪なるものへの盾となし、精進すれば、邪悪なるものに人生を壊されない。
 これによって戒めは守られ、智慧が生ずるのである」


「教えをよく聞けば目ざすべきものが明らかになり、智慧が増す。
 智慧が増せば意義や道理が理解され、教えの実践が円滑になる」


「教えをよく聞けば五欲のもたらす憂いが除かれ、身心の安寧による喜びを知る。
 そうなった行者は如来の教えを説き、苦を脱した境地へと導ける」


「教えを聞いて教えと戒律を知り、疑問が解消し、真理を理解する。
 教えを聞いて正しからざるものを捨てれば、やがては苦を脱した境地へ入られよう」


 教えを説き終えた行者は光り輝く如来の姿となり、その輝きは天地を照らしました。
 夫婦は驚愕し、恐れおののき、一瞬にして悪心が去って頭は地へついたままとなり、二十億もの悪が滅したアラカンになりました。
--------------------------------------------------------------------------------
 この物語は、いくつもの示唆に満ちています。
 まず、妻が行者を追い払うシーンです。
 物惜しみをする人は、必ず自分へいいわけをするものですが、ここでは「やりたくない」という気持がストレートに表現されています。
 このとおり、これが我欲の実態です。
 私たちの心には「見返りのない状態では、他人へ米一粒もやりたくない」というモノ金への執着心があります。
 この夫婦の場合は、我欲が巧みに隠されておらず、〈単純な悪人〉だったからこそ転換も早かったと言えるでしょう。
 ごまかさず、自分の本性・本音・本心を観る、知る、相手にするところからすべては始まります。
「眼を背けよう」「逃げよう」とする姿勢ほど憐れで救いから遠い状態はなく、卑劣な人は、生涯、悪行を垂れ流し続けざるを得ません。
 救いは、自分の心を知るところに始まり、心におわすみ仏を知って成就すると言えましょう。

 行者の姿となった釈尊の起こした奇跡は、明らかに法力によるものです。
 別次元に入った行者は別次元の身・口・意のはたらきを持っているので、救いの手だてもまた、私たちの次元と異なるものとなって当然です。
 だから、『大日経』は、方便(ホウベン…救いの手だて)を得ることが悟りの到達点であると説き、仏道の修行はそこを目ざすもの以外ではありません。
 日常生活における方法と異なった方法で自他を救えなければ、いったい何のための修行でしょうか。
 研究し腕を磨いた外科医は、驚異的な技術で病巣を切除するではありませんか。
 絶好調時の長嶋茂雄は、当主の投げる玉が止まって見えたといいます。
 こうしたところを目ざさない〈プロの仕事〉はありましょうか?
 それと同じです。
 実際、釈尊もお大師様も、驚異的な方法で過去の私たちをお救いくださったのであり、凡夫の私たちがそこへ近づくのはほとんど不可能であるとしても、たとえ1ミリでも結果的に近づけなければ自分自身が情けなく、恥ずかしいと思わない行者はいないはずです。
 袈裟衣を身にまとってご本尊様の前に座る時は、白衣で切腹の場に座るのと同じです。
 一旦、法に入れば、あとは百パーセントみ仏へお任せするしかありません。
 法力と思える形で現象世界に現れるものは、行者の思惑などとは無関係の「み仏から賜る結果」でしかありません。
 経典は、釈尊が瑠璃の城を造ったシーンを「化作(ケサ)」としています。
 不思議な力で非現実的なものを〈作った〉という表現ですが、恐らくは、み仏が修法している釈尊をこうした形でお守りくださったのでしょう。
 釈尊が「瑠璃の城を造ろう」とされたのではないはずです。
 お大師様が天皇陛下の前で大日如来と成られたのも、〈結果〉だったはずです。
 
 経典は文字どおり「有り難い」ものです。
2009
04.07

『青雲の梯(カケハシ)』

 小説家高任和夫氏の最新作『青雲の梯(カケハシ)』は、対照的な立場と仕事ぶりで江戸時代を駆け抜けた二人の主人公の生涯を通じ、普遍的な問題への新しい視点を示した力作である。
 二人とは、老中田沼意次(オキツグ)と狂歌師大田南畝(ナンポ)。
 高任和夫氏は「あとがき」で、作品の主題を明確にしている。
「資料を調べるにつれて、二人の姿が次第に明瞭になっていきました。一つは仕事というものをどう捉えていたか。第二に幕府という組織を自分のなかでどのように位置づけていたか。第三に武士という身分でありながら、どのように生きればよいと考えたか。想像は膨らみます。
 ──二人は迷いつつも、それらの難問に真正面から取り組んでいた。
 私にはそのように思われてなりませんでした」
 仕事人間関係悩みつつも、人を信じようとする心や迷うまいとする心を保って仕事にかける主人公たちは、けなげである。
 普遍的な悩みを抱え、まじめに、まっとうに生き抜いた姿はすがすがしい。

 巻末近くで、狂歌をやめた狂歌師大田南畝(ナンポ)の胸に運命への思いが去来する。
「──天明という時代の熱気が、わたしたちを宙に吹き上げ、渦のなかで狂ったように舞うことを強いたのだ」
 平成という時代は、私たちをいかなる力で宙に吹き上げているのか。
 私たち一人一人は、いかに舞っているのか。
 まじめに、まっとうに生きようとしている方々すべてに読んでいただきたい。
 映画化、あるいはドラマ化して欲しいとも願ってやまない。
2009
04.06

オバマ大統領、核廃絶へ具体的な目標示す演説

 以下は、4月6日の「アサヒ・コム」に掲載された「オバマ大統領核廃絶へ具体的な目標示す演説」要旨です。

 オバマ米大統領は5日、チェコの首都プラハ演説、「核のない世界」の実現に向けた新政策を打ち出した。包括的核実験禁止条約(CTBT)を米国が批准することをめざし、核兵器原料の生産を停止する新条約交渉など具体的な施策に取り組む意向を表明した。

オバマ大統領核廃絶に向けた演説詳報]

 オバマ氏は、広島・長崎への原爆投下を指す「核を使用した唯一の保有国としての道義的責任」にふれ、「核のない、平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」と述べた。
 その目標に向けた道筋として、核軍縮や核不拡散の国際的な制度強化を主導する考えを打ち出した。具体的には、(1)核軍縮(2)核不拡散体制の強化(3)核テロ防止を柱として挙げた。

 (1)核軍縮 ロシアとの間で第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約を12月までに結ぶ目標を確認した。議会の一部に反対が根強いCTBTの批准実現には「早急かつ意欲的に取り組む」と表明。核兵器の原料となる兵器級核物質の生産を停止する新条約(カットオフ条約)交渉の妥結を目指す考えを示した。

 (2)核不拡散 国際的な核査察体制を強化するのに加えて、北朝鮮やイランのようなルール違反の国への対応として、国連安保理に自動的に付託する措置など、罰則強化に取り組む考えを示した。一方、原子力の民生利用促進のため、核燃料供給を肩代わりする国際的枠組みも提案した。

 (3)核テロ防止 4年以内に世界中の核物質防護体制を確立することをめざすと表明。核の闇市場の撲滅に向けて、核管理に関する首脳級の国際会議を1年以内に主催する方針を明らかにした。

 全体として、核廃絶は「すぐに到達できる目標ではない」と、核抑止力を当面維持する方針も示した。だが、「世界は変わらないという人の声に耳を貸さず、『イエス・ウィ・キャン(我々はできる)』と言おう」と、時間をかけてこぎつける考えを示した。


 当山は立場上、政治的問題には細心の注意をはらって接していますが、「人類の遍き平安と救済のための必要条件として、核廃絶は欠かせない」と考えており、フォード元米大統領の遺言を受けて立ち上がった4人の提案を採りあげたことがあります。
 平成19年2月8日付ブログ「遺言と提案 -戦争の終結と核兵器の廃棄-」の一部です。

 共同通信によれば、1月4日付のウォールストリート・ジャーナル紙は、4名の提案を伝えました。
 4名とは、キッシンジャー元国務長官、シュルツ元国務長官、ペリー元国務長官、ナン元上院軍事委員長です。
 その概要は以下の通りです。

「冷戦時代に核兵器は戦争防止の抑止力であったが、現代における核兵器依存戦略は、北朝鮮やイランなどへの核拡散、あるいはテロ組織が核兵器を取得するなどの恐れがあり、アメリカ政府は、核兵器削減など「良心に従った大胆な行動」を迅速に行わねばならない。
 北朝鮮とイランの核問題を解決するために、北朝鮮、イラン、全核保有国、日本、ドイツを交えた交渉を開始せねばならない。
 核拡散の懸念がある濃縮ウランの管理を強化せねばならない」

 アメリカをリードする外交の専門家たちがこぞって、良心に従って「核なき世界」を目指すべきだと主張したのは、画期的なできごとです。
 この動きに呼応して、ゴルバチョフ元ソ連大統領が提案を支持するとの見解を発表しました。
 核廃絶の支持は、かつて「真剣に核削減交渉へ臨んだ者の義務」だと言い、ロシア、イギリス、フランスを含む全核保有国の努力を促しました。

 戦争と核兵器の問題は明らかに行き詰まっており、ブッシュ大統領の姿勢が解決をもたらすと考えている国はないと思われます。
 今こそ新たな突破口が必要であり、それは不変の真実に立った理想に基づく根本的な方法でなければなりません。
 この遺言と提案をきっかけとして、日本の政治家にも「良心」に従い「大胆」に行動していただきたいものです。


 あれから2年以上が過ぎ、真の変革を託せる希代の大統領を迎え、経済危機を奇貨として〈アメリカの良心〉がようやく動き始めました。
 そもそも、核保有国が、自国の優位性を保ったままで、新たに保有しようとする国の開発を拒むのは、いかに「地球の安全のため」とはいえ、大国エゴによる一方的な押しつけであることは疑いようがありません。
 また、実際に原爆を落とし、史上、類を見ない短期間における大量虐殺を行った国がその罪を贖う意志を示さなければ、指導的立場に道義的裏付けはありません。
 その意味で、「核を使用した唯一の保有国としての道義的責任」にふれた上で「核のない、平和で安全な世界を米国が追求していくことを明確に宣言する」としたオバマ大統領は、核廃絶の指導的立場を発揮し得る初のアメリカ大統領となりました。
 英断を称え、期待しましょう。
 ところで、日本は役割を発揮できるのでしょうか。
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。