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2014
10.31

輪廻思想は仏教の根幹 ―愚かしき〈この生〉を繰り返す恐ろしさ―

201410310001.jpg

 待ちに待った論考が登場した。
 國學院大學教授宮元啓一博士著『ブッダが考えたこと』である。
 平成16年に春秋社より発行され、平成22年には第8刷となっている。

 その第一章は「輪廻(リンネ)思想と出家の出現」である。
 冒頭の一節である。

「インドでは、輪廻思想は、唯物論者を除いて、すべての宗教思想、哲学が前提とする考え方である。
 仏教もその例外ではない」


 およそ輪廻という考え方がなければ、仏教は登場しなかったはずである。
 お釈迦様は、苦なる私たちが輪廻せざるを得ないからこそ、何とかしないではいられず、すべてを捨てて探求の道へ入られたに違いない。
 事実、日本の伝統的仏教は輪廻を前提として修行し、祈ってきた。
 しかし、明治維新によって西洋的思考法が入り、様相は一変した。

「明治時代、西洋近代文明を尺度とした開化、啓蒙運動が展開された。
 そのなかで、迷信打破の運動も活発になった」

「仏教界における迷信打破運動のひとつは、輪廻思想に向けられた。
 死んだら何かに生まれ変わるというのは非科学的であり、地獄や極楽など、誰も見たことのないものがあるとする根拠は何もない」


 そして、お釈迦様がそんな荒唐無稽なことを言われたはずはなく、後世の仏教徒たちが大衆迎合の道具として勝手に採り入れたに違いないという見方が喧伝された。

「仏教は本来、輪廻思想を否定するものだったという考え方は、日本の知識人たちの頭にかなり深く刻み込まれ、今日に至っている」


 博士は典型的な例を挙げる。
 キリスト教神学の高尾利数博士は、古い仏典にある「輪廻的な生存がなくなった」という言葉をもって、お釈迦様が〈輪廻思想を認めていなかった証拠〉であるとした。
 これには驚いた。
 前後を読めば、ついに輪廻から解脱した、という意味以外にはあり得ないからである。
 宮元博士は手厳しい。

「端からゴータマ・ブッダは輪廻思想を認めなかったという強い思いこみがあり、ごく簡単な経典の文言すらもまともに読めなくなっているということである」

「日本の仏教学者の最大の問題点のひとつは、彼らが、インドに生まれた仏教を、インド思想のなかでとらえる努力をほとんどせず、仏教に始まり仏教に終わる研究に専心し、そのため、樹を見て森を見ずの状態にいることである」

「輪廻思想が成立してこそ、解脱(ゲダツ)へのあこがれが生まれ、出家という独特の生活形態をもつ一群の人々が登場するようになる」


 輪廻とは、廻る輪のように生まれ変わり死に変わりを繰り返すことである。
 自分の中にあるつまらぬ考え方や悪しき欲望や愚かしい発言や行動、そして、傷つけ、騙し、殺し合い、自分勝手に生きる人間が構成する社会の様相は、〈これが永遠に繰り返される〉と思えば、限りなく恐ろしい。
 インドの人々は古来、この恐れを強く感じ、どうしたら抜け出せるかを真摯に探求してきた。
 だから、お釈迦様の時代には、すでに高度な哲学思想が現れていた。
 お釈迦様は最終的に問題を解決できる思想にも修行にもめぐり会えず、ついに独特の思想と修行方法にたどりつかれた。
 そして、「不死」に至ったと宣言されたのである。

「輪廻の世界とは、実存的な製造(生、生活)の世界である。
 したがって、解脱するとは、生存の世界から究極的に脱却することである」

解脱した者は、今生(コンジョウ)の生存を終えてから、決して再び何かに生まれ変わることがないとされる。
 つまり、解脱とは、生を永遠に捨てることにほかならない。
 生まれ変わることがもはやないから不生ともいえるし、再び死ぬことがないから不死ともいえる」


 お釈迦様は、輪廻する生存状況と格闘し、ついに輪廻せずに済むところに至ったからこそ「不死」とされた。
 
 このように、輪廻を前提としない仏教はあり得ないのである。
 輪廻からの脱却を目的とするからこそ仏教の修行は成立しており、輪廻を意識しない出家者つまり、僧侶もあり得ない。
 お釈迦様の問題意識がどこにあったか、そして自分の問題意識はどこにあるか、よく考えてみたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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2014
10.31

11月の行事予定

2014101800001.jpg

 平成26年11月の行事予定です。

[第一例祭] 2014/11/2(日)午前10:00~11:00

 護摩法を行います。
 今月から、皆さんと一緒にお唱えする経典を大幅に入れ替えました。
 ほとんどを読み下し文にしたので、内容が今までよりも理解しやすくなりました。
 み仏と万物と万霊をご供養し、願いをかけましょう。
 その月の守本尊様をお讃えする「讃歎経(サンタンキョウ)」は、リズムが良くとても読みやすく、何度も口にしているうちに、だんだんと有難味がわかってきます。
 太鼓と共に般若心経を唱えましょう。
 自由参加です。
 み仏の智慧が輝く護摩の火に身を近づけ、悪しきものは焼き祓い、善き願いへ大きなご加護を受けてください。
 (願い事を書く護摩木供養は1体300円です)
・場  所  大師山法楽寺
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[書道・写経教室] 2014/11/2(日)午後2:00~午後3:30

 髙橋香温先生は津波で被災されても書道一筋でがんばっておられます。
 先生の熱意と誠意を感じられる貴重な時間です。
 今月も、『舎利礼(シャリライ)』という72文字のお経を4文字づつ書きます。
 書道の基本を学び、100文字の写経も行います。
 イス席もありますので、お気軽にご参加ください。
・場  所  大師山法楽寺
・指  導  高橋香温(温子)先生
・ご志納金 1000円(未成年者500円)
(毎月第一日曜日午後2時から開催します)
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[第十回新法楽塾] 2014/11/2(日)午後4:00~午後5:30

 清浄体操から、梵字の「阿」と一体になる阿字観(アジカン)まで、正統な瞑想法を伝授します。
 お大師様は経典を根拠にして、阿字観こそがお釈迦様の悟りへ入る最終的な方法であると説かれました。
 しかも、難しい本格的な方法のみならず「光と一体」の観想だけという略法でも、み仏そのものになれるのです。
 身体を整え、心を正す修行を実践しましょう。
 身体を締めつけず、ご本尊様の前で修行するにふさわしい服装でおでかけください。
 いつからでも始められます。
 イス席もご用意しますので、座れない方などもどうぞ心配せずにおでかけください。
 なお、正式な伝授なので、録画・録音はできません。
 清浄な姿と心でご参加ください。
 資料の準備などの関係上、参加される方は、事前に電話やファクスやメールなどでお申し込みください。
・場  所  大師山法楽寺
・ご志納金 1000円
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[『マイベストプロ』講演会] 2014/11/6(土)午後1:00~午後1:50

 恒例となった相談会が行われます。
 今年は「お墓と供養―人生相談と祈りの現場から―」と題し、一般墓、一代墓、共同墓、自然墓などの考え方、また、供養をどうすべきかなど、皆さんの気づきにくいポイントを、わかりやすくお話しします。
 ※講演後、別室で膝を交えてお話し合いをする時間もあります。
・場  所 河北新報社一Fホール 仙台市青葉区五橋1-2-28
・参加費 無料
・申  込 マイベストプロ宮城事務局 秋の生活相談会022-227ー6660
※講演後、別室で膝を交えてお話し合いをする時間もあります。

[収穫感謝昼食会] 2014/11/8(土)午前11:30~午後1:00  

 農家の方からハーベスタ(脱穀機)をお譲りいただき、今年は脱穀も自前で行いました。
 好天に恵まれて作業が進み、天日干しの「法楽米」は次々と袋を満たし、(株)赤間農園のもみすり機へと搬送されました。
 できあがりが楽しみです。
 収穫感謝昼食会へぜひ、お出かけください。
 一汁一菜で、無農薬・無肥料の「法楽米」をじっくり味わってください。
・会  費 500円
・参加申込 11月7日午後5時まで。
 電話 022-346-2106(午前9時~12時、午後1時~5時)
 ファクス 022-346ー2107
 メール:ryuuchi@hourakuji.net
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[第五十七回寺子屋『法楽館』 ―映画「ひめゆり」を観る会─] 2014/11月8日(土)午後1:30~3:30

 映画で証言した「ひめゆり」生存者の声です。
「この映画は生き残った者の真実の叫びであり、亡くなった友への心の奥底からの鎮魂の思いを綴ったものです」
 監督の話です。
「語られている内容は過去ですが、語っている切実さは『今』にそのままつながっています」
「この映画は、今を生きる私たちに多くの示唆と希望を与えるものと信じます」
 沖縄出身の歌手Cocco氏の想いです。
「〝忘れたいこと〟を話してくれてありがとう。
 〝忘れちゃいけないこと〟を話してくれてありがとう」 
・映  画 平成19年柴田昌平監督作品
・場  所 法楽寺講堂
・参加費 1000円
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[第二例祭] 2014/11/15(土)午後2:00~3:00

 護摩法を行います。
 今月から、皆さんと一緒にお唱えする経典を大幅に入れ替えました。
 ほとんどを読み下し文にしたので、内容が今までよりも理解しやすくなりました。
 み仏と万物と万霊をご供養し、願いをかけましょう。
 その月の守本尊様をお讃えする「讃歎経(サンタンキョウ)」は、リズムが良くとても読みやすく、何度も口にしているうちに、だんだんと有難味がわかってきます。
 太鼓と共に般若心経を唱えましょう。
 自由参加です。
 み仏の智慧が輝く護摩の火に身を近づけ、悪しきものは焼き祓い、善き願いへ大きなご加護を受けてください。
 (願い事を書く護摩木供養は1体300円です)
・場  所 大師山法楽寺
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[第十一回新法楽塾] 2014/11/15(土)午後4:00~午後5:30

 清浄体操から、梵字の「阿」と一体になる阿字観(アジカン)まで、正統な瞑想法を伝授します。
 お大師様は経典を根拠にして、阿字観こそがお釈迦様の悟りへ入る最終的な方法であると説かれました。
 しかも、難しい本格的な方法のみならず「光と一体」の観想だけという略法でも、み仏そのものになれるのです。
 身体を整え、心を正す修行を実践しましょう。
 身体を締めつけず、ご本尊様の前で修行するにふさわしい服装でおでかけください。
 いつからでも始められます。
 イス席もご用意しますので、座れない方などもどうぞ心配せずにおでかけください。
 なお、正式な伝授なので、録画・録音はできません。
 清浄な姿と心でご参加ください。
 資料の準備などの関係上、参加される方は、事前に電話やファクスやメールなどでお申し込みください。
・場  所  大師山法楽寺
・ご志納金 1000円
・送迎申込 開始30分前に地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡ください。

[機関誌『法楽』の作製] 2014/11/24(月)午前9:00~

 講堂にて、機関誌『法楽』を作り、機関紙『ゆかりびと』と共に発送しますので、ご協力をお願いします。
『実語教・童子教』も共に学びましょう。
 おかげさまにて、『法楽』は第298号、『ゆかりびと』は第161号となります。
・場  所 法楽寺講堂
・日  時 毎月、最終月曜日に行っていますが、今月は月末に当たっており、一週間繰り上げて作製・発送を行います。

お焚きあげ 2014/9/29(土)午前10:00~11:00

 お不動様のご縁日に、お不動様の前で「供養会」を行い、「お焚きあげ」を行います。
 人形や仏壇や写真など、燃えるものも、燃えないものも大丈夫です。
 一緒にお不動様のお経を読み、真言を唱えましょう。
お焚きあげをご希望の方は、必ず電話などで日時を連絡の上、お品をご持参、あるいはお送りください。
 当日とは限らず、いつでも結構です。

[隠形流(オンギョウリュウ)居合道場]

 仏法に生きる身と心をつくるために行います。 
 九字を切り、守本尊様のご加護をいただく密教独自の剣法です。
 高齢者の方々や女性が多く、厳しいながらも和気藹々(ワキアイアイ)と稽古しています。
 入門ご希望の方は、事前に連絡の上、まず、見学してください。
・日  時 毎週金曜日 午後7:00~9:00
・場  所 仙台市旭ヶ丘青年文化センター

◎清掃奉仕の日

 毎週金曜日、ご縁の方々が最も多くおでかけになられる土曜・日曜の前日に、境内地などの清掃や草取りなどを行います。
 皆さんのご都合に合わせて、何時でも自由にでかけられ、大きな徳積みをされてはいかがでしょうか。
 その日ごとに作業のポイントを貼り出しますので、ご覧の上、どうぞご参加ください。
 どなたでも参加できます。
・日  時 毎週金曜日午前9時~午後5時
・場  所 法楽寺境内地など




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2014
10.30

11月の聖語「種を蒔く人」 ―ヒストリーとイティハースを思う―

201410190019.jpg
〈お釈迦様の前に立つと恥ずかしくなります〉

 お大師様は説かれました。

「春に種を蒔かなければ、秋の実りを得られようか。
 善男善女よ、因果応報をゆめゆめ、忘れるなかれ」


 原文は以下のとおりです。
「春の種を下さずんば、秋の実いかんが得ん。
 善男善女仰がずんばあらず、仰がずんばあらず」

 私たちがまっとうに生きるためには、どんなに理不尽な扱いを受けても、いかなる不条理を目にしても、善き原因があればいつかは必ず善き結果が出ることを信じて進むのみです。
 悲しい思いや、辛い辛抱や、苦しい経験は、因果応報への信念を鍛えるために仏神から与えられた貴重な機会なのかも知れません。
 では、耐えきれなくなりそうな時、因果応報が信じられなくなりそうな時は、何が支えとなるか?
 ご先祖様は何を支えとして善く生きようとし、人間はずっと人間であり得たのか?

「歴史」には二通りの考え方があります。
 私たちは普通、英雄や強大な国の行為などによる特別なできごとが記録されたものを歴史と考えます。
 これが英語のヒストリーです。
 学校で習う歴史の教科書の大部分はこうしたできごとの羅列になっています。
 それに対して、どこにでもあるような、記録するほど特別でもない庶民たちの営みが積み重ねられたものをインドの言葉でイティハースと言います。
 ガンジーはこう説きました。

「ヒストリーは〈帝王たちの行跡〉であり、愛や真理が分断されたときに記録される」
イティハースは多くの人々の日常的実践の積み重ねであり、自然に継承されてきた伝統・常識の体系であるため、わざわざ記述がなされない」(中島岳志「死者のデモクラシー」より)


 人々が愛や真理を共有しつつ紡いだ日常生活こそが真の歴史であって、それは「死者たちの沈黙の中にある」としたのです。

 私たちのほとんどは、信長でもなければ、秀吉でもありません。
 だから、ヒストリーを勉強して並外れた意志の実現力に感嘆するのも結構ですが、迷い、追いつめられた時ほど、〈伝統・常識〉で暮らす人々の身近にある〈愛や真理〉に気づくことが大切です。

 Aさんのお祖母さんは太平洋戦争中、教師としてはたらき、たくさんの教え子を戦地で失いました。
 お祖母さんは亡くなるまで、「B君はガダルカナルで死んだ」「C君はニューギニアで死んだ」と思い出しては手を合わせ、孫にも語り聞かせていました。
 やがて大人になったAさんは、お祖母さんから聞かされていたかつての激戦地へ出向き、放置され、現地の人に踏みつけられるままになっている路傍のご遺骨に落涙しつつ、集めるようになりました。
 お祖母さんは「生徒たちは我が子であると観て、育てる」という教師としての〈伝統・常識〉を貫きました。
 お祖母さんはすでに過去の人となり、沈黙の世界へ行きましたが、今なお、沈黙の中からAさんの心へ語りかけています。
 Aさんは、お祖母さんから感得した〈愛や真理〉を柱とし、原動力として行動しつつ、ものを書き、語り続けています。

 Aさんと話していると迷いが感じられません。
 ご自身の行動が炎天下に撒かれた打ち水のように儚いと思うこともあるでしょうに、まっすぐです。
 やはり、〈やっただけのことはきっとある〉という因果応報の信念がおありなのでしょう。
 信念を持って種を蒔く人であり続けたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
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2014
10.29

生きた証の一代墓 ―そっと落とし文を―

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〈河北新報様よりお借りして加工しました〉

 人生相談の現場には、こうした声もあります。
「自分の生きた証を残したい」
「ずっと二人で支え合って生きてきたので、どちらかが亡くなったなら残った方がしっかり供養したい。
 二人とも亡くなり、あの世でまた一緒になってから、自然墓へ移して欲しい」
 〈お墓には後継者が不可欠〉という抜きがたい先入観を打ち破りさえすれば、一代墓(イチダイボ)という形で願いは実現します。
 
 ご近所のペット霊園やすらぎ」さんで、恒例の供養会を行いました。
 園内4カ所で修法し、大日如来、地蔵菩薩、観音菩薩のご加護について申しあげ、代表の鈴木広氏よりお話をお聴きしました。
「最近では、もう、癒されるというところを超えています。
 多くの方々が、救われると言われます。
 本当に救いなんですねえ。
 だんだん、人間が当てにならなくなってきたんでしょうか」

 どうしてもペットと一緒のお墓を建てたいというご相談が絶えません。
 もちろん、お骨を混ぜることはできませんが、同所に眠る方法はあります。
 本堂でのご葬儀も増えています。
 人間のご葬儀で泣き声が聞こえることはほとんどありませんが、ペットの場合は珍しくありません。
 ご家族だけなので、気持が外へ出やすいのでしょうか。

 み仏のお救いはこうなっています。
 現実世界を真実世界へ転換させたい→思いやりを根本的価値とする→具体的で適切な方法を実践する
 必ず、方法は見つかるはずです。
 祈りつつ、想像力と創造力をもって、共に進みましょう。




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「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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2014
10.29

ガダルカナル島よりのご帰還

201410290022.jpg
(産経新聞様よりお借りして加工しました)

 10月24日、ガダルカナルで散華したご英霊のご遺骨が東京の晴海埠頭へ帰還された。
 太平洋戦争後、半世紀にほぼ四半世紀を加えてようやく、艦隊が故国日本へとお連れできた。
 いかなる国であれ栄誉礼をもってお迎えすべきご遺骨が、日本ではこれまで〈貨物〉として取り扱われてきた。
 出迎えた「ガ島未送還遺骨情報収集活動自主派遣隊」の島津寛光隊長(42才)の談話である。
「今までは飛行機の貨物室だった。
 このように艦隊で正式に堂々とご帰還いただけることを喜ばしく思う」(産経新聞より)
 涙しつつ写真へ合掌した。 




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2014
10.28

生きもののいのちをいただくタヌキ、そして人間 ―増野繁治師との食事―

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 木香舎(モッコウシャ)を主宰する増野繁治師の工房に招かれ、巨大な薪ストーブで調理する海鮮料理をいただいた。
 知人が浜から送ってきたというハモやホタテなど、いつ、どこで食べたか忘れているほどの食材を、師は、いとも簡単に処理し、絶妙の仕上がりで次々と机へ並べる。
「調理はいつの間に習得されたのですか?」
「私のはすべて、見よう見まね、自己流です」

 包丁捌きや火加減や間(マ)の置き方などに感心してバカなことを言った。
「まるで、アーマッド・ジャマルのピアノですね」
「何ですか?その方は」
「間(マ)をコントロールする名人ですよ」
「間(マ)ですか……」

 また、言った。
「私のようなズボラな性分では、先生のような繊細なことはやれそうにありません」
 師の笑顔で目が光った。
「なあに、私にとっては息抜きです」
 そして、近くにある制作中の作品を見つめながら続けた。
「仕事では、何百倍も繊細になるんです」
 人それぞれが持つ感覚の距離はいかに遠いものか、プロはいかに遙かなところで仕事をするものか、真実が一瞬にして突きつけられた。

 師はさっき、ホタテなどを捌いて出た残りかすを通路向こうの草むらに投げ入れていた。
タヌキたちが食べるんですよ」
 ホクホクのホタテを頬ばりながら、ふと、リアルなイメージが浮かんだ。
〝あの闇の中で、タヌキたちも頬ばっているのか……。
 生きもののいのちを口にする仲間、家族だな〟
 尋ねられた。
「何を考えておられるのですか?」
「なあに、外のタヌキたちも一緒に食べているかと思っていただけです」
 大笑いで夜は更けた。




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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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2014
10.28

脱穀が終わり、いよいよ味見の番になります

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201410270245.jpg

 農家の方からハーベスタ(脱穀機)をお譲りいただき、今年は脱穀も自前で行いました。
 好天に恵まれて作業が進み、天日干しの法楽米は次々と袋を満たし、(株)赤間農園のもみすり機へと搬送されました。
 できあがりが楽しみです。
 当山は、皆でやる小さな田んぼ、自然農法を守り続けます。

 11月8日(土)11時30分からの収穫感謝昼食会へぜひ、お出かけください。
 一汁一菜で、無農薬・無肥料の法楽米をじっくり味わってください。
 会費は500円です。
 参加申込み、及びイズミティ21からの送迎申込みは11月7日午後5時まで。
・電話:022ー346ー2106(午前9時~12時、午後1時~5時)
・ファクス:022ー346ー2107
メール:ryuuchi@hourakuji.net




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2014
10.27

水子にしてしまった罪悪感から離れられません

201410190022.jpg

人生相談です。

水子になってしまった我が子への罪悪感が消えません。
 ご供養の方法も周囲からあれこれ言われるし、子供に関する話題を耳にすると、いったまれない気持になります。」

 お答えしました。

水子供養やペット供養などでよくお唱えし、『すごいですね』『とてもわかりやすい』『目から鱗が落ちる感じでした』と言われているのが『地蔵菩薩讃歎(サンタン)経』です。
 その一部です。

『この世に過ごす父母たちよ○真にわが子の救済を○涙の中で願うなら○この世において恵まれぬ○子供や病気の人々に○わが子に代わって善根(ゼンコン)を積むことこそが供養なり○ここに地蔵の大悲心○在るを悟って自らも○地蔵となって励むべし』


(この世の父であり母である人々よ、早世した我が子の救済を心から願うならば、いつまでも悔いたり悲しんだりばかりしていないで、周囲の恵まれぬ子供や病気の人などのために、我が子に成り代わって手を差し伸べ、我が子がこの世で積めなかった功徳を積んであげる真の供養を行いなさい。
 あの世で、子供の苦を身代わりとなって取り除き、この世の親達へも身代わりの姿を示すのが地蔵菩薩の大いなる慈悲心であることを悟り、自分も身代わり地蔵菩薩の姿となって励みなさい)

『過去の罪障拭(ヌグ)わんと○念(ネガ)わば地蔵に心から○深く帰依(キエ)して身代わりを○たのみ参らすことなるぞ。○地蔵菩薩に帰依するは○その真言を一心に○誦持(ジュジ)することに他ならず○されば地蔵の真言は○呵々大笑(カカタイショウ)の訶(カ)字にして○至心に念誦(ネンジュ)するならば○必ずこの身に喜びの○地蔵の笑い聞くならん。』


(自分が過去に犯した罪科をぬぐい去ろうと願うならば、地蔵菩薩に心から深く帰依し、身代わりとなって自分の罪科も消滅させてくださるようにおすがりしなさい。
 帰依するとは、その真言を一心にお唱えすることです。
 そうすれば、地蔵菩薩の真言に含まれる呵々大笑のカという字の不思議な力で、きっと、地蔵菩薩がカカカと笑うような喜びの声を聞くことができます)

 貴方様が苦しんでおられるように、この世には、そして貴方様の周囲には、苦しんでいる子供も、親も、たくさんおられるはずです。
 お地蔵様へ合掌し、思いやりの心を広げれば、そうした人々の思いが感じられ、貴方様の心に優しい気持が起こったり、口から優しい言葉が生まれたり、優しい行動が実践されたりすることでしょう。
 それは、貴方様が貴方様のいのちと心と身体そのままで、お地蔵様になっていることを意味します。
 私たちは等しく、み仏の子であり、思いやりの心がはたらけばいつでも、み仏の子そのものになれるのです。
 そこに私たち自身へ与えられる救いがあり、救われた者はいつしか必ず周囲の誰かの何かの救いになってもいるはずです。

 お釈迦様は言われました。
『たとえ私の言葉でも、必ず自分で考えてみて、納得したなら行動し、信じるようにもなりなさい』
 神ならぬ私たちは誰一人として〈お告げ〉などできはしません。
 経典にどう書いてあっても、誰から何と言われても、決して鵜呑みにせず、ものの道理と個人的感性によってすなおに受けとめられ、納得でき、信じられるかな……と思ったことを実践してみましょう。

 誰がどう言おうと、それは、周囲にある情報の一つに過ぎません。
 それらのうち、どの情報に自分なりの意義や意味を認めるかは、貴方様の価値観一つにかかっています。
 貴方様が、周囲の何に対して目や耳を向けるかも同じです。
 もしも、つまらぬ揶揄や、噂話や、皮肉などが向こうから否応なく迫ってきて気になる時は、自分へこう言い聞かせましょう。
『――これは情報の一つだから……』
 もしも、誰かの出産で損な役回りなどが回ってきた時は、自分へこう言い聞かせましょう。
『――これは徳積み徳積み、さあ、いらっしゃい……』
 大切なのは、情報を、好き嫌いや、楽ができるかどうか、あるいは損か得かといった物差しで観てしまわないことです。
 まず、生の情報そのものを観察するのです。
 そして、ありのままに観てしまえば、そのこと自体が不思議な自信となり、感情などが簡単には乱されず、揺るがぬようになります。
 
 そうすると、『情報の一つ』と冷静に考え、『徳積み』と前向きに受け容れられるようにもなることでしょう。

 どうしようもない気持になった時は、どうぞ、水子地蔵様をお詣りしてください。
 一日も早く、苦から脱することができますよう、陰ながら祈っています。」

201408220111.jpg

※こうした文章は、プライバシーを重んじながら事実そのままではなく書かれていますので、ご安心ください。




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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2014
10.26

不邪淫戒を犯す僧侶の問題 ―出家者とは何者か?―

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 寺の跡継ぎが檀家の奥さんへ横恋慕するという問題で人生相談となりました。

 こんなふうに回答しました。

「現在の彼は袈裟衣をまとう資格のない最低の僧侶です。
 彼の将来を思ってあげるのならこう言いましょう。
『貴方はそれでも僧侶ですか?』
 ちなみに、江戸時代を代表する慈雲尊者((ジウンソンジャ)という傑僧は、お釈迦様が示された仏教の基本である『十善戒』を『人の道』として、一生涯、僧侶へも娑婆の方々へも説き続けました。
 当山ではお通夜などで尊者の教えを読誦し、法話を行っています。
 そこにある文章です。
 これを彼へ教えてもらっても結構です。

『男子、女人共に、我に属せぬ者には心寄するべからず。
 妄(ミダ)りに慣れ睦まじくすることなかれ。』


(男女共に、自分と社会的に認められた関係になっている異性以外の人へ心を寄せてはならない。
 みだりに、なれなれしい態度をとったり、良識を超えて仲睦まじい態度をとったりしてはならない)
 尊者は、〈思う〉段階ですでに破戒であると厳しく説いておられます。
 罪として確定するには〈行う〉ことまで行かねばならないという考え方もありますが、当山は、二つの面から尊者の教えに与(クミ)します。
 一つは、娑婆へ波風を立てるからです。
 万人の平安を祈るために娑婆を離れて出家した僧侶が、他人様の安寧を揺るがすようなことは許されません。
 もう一つは、心の邪淫は、僧侶としての本分、つまり、修行や修法の妨げになりかねないからです。
 お釈迦様は『二の矢を受けず』と説かれました。
 見聞きすることによる刺激は、目や耳などに連なっている心へ反応を起こしますが、その反応に囚われないという意味です。
 たとえば、美人とすれ違い、美しい人だなあと感じても、ふり返ったり後をつけたりしないという姿勢でなければ、まっとうな行者にはなれません。
 いかにダメになるかは、三島由紀夫の短篇小説『志賀寺上人の恋』を参考にしてください。
 かなり読みにくいとは思いますが、老僧といえども、いかに行者たる本分を離れてしまうか、その恐ろしさは想像していただけることでしょう。

不邪淫戒は、万巻の書を諳(ソラ)んずる者も、持たねば身に災いあり。
 甚だしきに至りては、家を滅ぼし国を滅ぼす。』


不邪淫戒は、いかなる研鑽を積んだ者といえども、堅持しなければ災いを呼ぶ。
 甚だしい場合は、家庭を破壊し、国家を揺るがしかねない


『五欲の中には触欲最も重く、情欲の中には愛欲最も深し。
 この淫欲の法、身心を繋縛(ケイバク)して累劫(ツイゴウ)の憂いとなる。
 愛欲に随順すればこの世界悉く執着となる。
 流れて我慢となり、あるいは争いを起こす。』


(財欲や食欲などの五つの欲望のうち、異性への色欲が最も深い。
 色欲につかまり、対象に囚われれば、心身共にがんじがらめとなり、憂いが憂いを呼ぶ。
 愛欲への執着は、お金や時間などあらゆるものへの執着を引き起こす。
 やがては自己中心の我欲が暴走し、争いの原因にもなる


 当山の周囲にもこうした破戒僧がいました。
 彼はついに邪淫以外の罪も犯すようになり、〈二の矢を放たれた〉周囲の女性たちを不幸にしました。
 恐ろしい悪業(アクゴウ)に惑わされる貴方は、このあたりではっきりと目を醒まさねばなりません。
 破戒僧の悪業に穢されず家族を護るために。
 ――まだ若い彼を地獄行きにせず、まっとうな僧侶にするためにも。
 自他に発する心の暴風をくぐり抜けて来た経験者として、断固、悪業を否定しないではいられません。
 救いの道は、〈み仏の説かれた真理に目覚めること〉しかないのです。」

 ご返事をいただきました。
「自分の苦しみだけを考えていましたが、相手のことも考えねばならないと気づきました。
 また、僧侶という社会的立場にあって檀家と接する相手に対して、プライベートな感覚で接した自分も不注意でした。」

 お話ししました。

「実は、ここが最後に念押しをしたかったところです。
 出家とは、決して家出を言うのではなく、娑婆的つながりを断ち切ることです。
 とは言え人間はすべて〈社会内存在〉であり、山へ籠もって人知れず生きている仙人は菩薩(ボサツ)ではありません。
 娑婆の方々と共に喜び、悲しみつつ仏道を生きるのが仏教的理想像である菩薩です。
 では、出家者はどうするべきか?
 白衣を着て戒律の遵守を誓った以上、〈自分以外の誰とでも常に僧侶としてのみ接する〉ことが求められます。
 僧侶には、僧侶であることを離れた〈一個人〉などというものはありません。

 一生、菩薩になりきれない自分を鍛え続けねばなりません。
 私自身、幾度も崖から転げ堕ちそうになりながら、祈りを深めつつ、ご本尊様のおかげでどうにか生きてきました。
 未熟者が周囲の方々から温かく見守られ、時には厳しいご叱責をいただきながら、おかげでどうにか袈裟衣を護ってきました。
 毎日が真剣の刃渡りであり、時折、目に見えぬ血を流しては、ご本尊様へ懺悔します。
 生きながら一度、この世を離れた存在になった者の修行に終わりはないのです。
 こうした者が、娑婆の方へ〈プライベートな感覚〉を持たせてしまったことは猛省せねばなりません。
 そのこと自体が、僧侶の本分に反しているからです。
 貴方様のお気づきが、貴方様を救い、ご家族を救い、彼をも救いますよう祈っています。」

※こうした文章は、プライバシーを重んじながら事実そのままではなく書かれていますので、ご安心ください。




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2014
10.25

幽霊の手ばかり見えてあそびおり ―死者と季節―

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幽霊の手ばかり見えてあそびおり」 (鈴木六林男


 鈴木六林男(ムリオ)は青年時代に中国から太平洋諸国まで転戦したあげく、負傷して帰国し、平成16年に85才の生涯を閉じた。
 この句には季語がない。
 六林男は、そもそも季節のない広漠たるところに季節が生じるという感覚を持っていた。

「水あれば飲み敵あれば射ち戦死せり」


 兵士は生きたいがために、水があれば必ず飲む。
 生きたいがために、敵を見れば射つ。
 その生は〈否応ない〉状況である。
 最後は戦死するしかない。
 無我夢中の果てに一息つけばこうなる。

の出や死んだ者らと死者を待つ」


 ようやくへ目が向くが、もう、半分以上、死の世界へ入っている者として、死んで行った戦友たちこそが近しい友であり、今、息をしている戦友たちもやがて、〈自分たち〉のところへ来るのだと詠んでいる。
 は私たちが最も興趣をそそられる対象の一つであり、四季折々の季節感をまとって現象しているが、生死の両界へ足をかけている者に季節はない。

 そして、ここへ行く。

戦争が通つたあとの牡丹雪


 この一句は世界をモノクロに塗りつぶす。
 ――死者が折り重なっているだけの静寂な世界。
 色が消え果てた光景の中に、真っ白でフワフワの牡丹雪が音も立てずに舞い降りる。
 まぎれもなく、冬である。
 しかし、秋の後で訪れやがて春へと変化して行く冬ではない。
 死は〈取り返し〉がつかない。
 死者にとって、この冬は〈絶対の冬〉であろう。

 生き残った者は、冒頭の句を詠むしかない。

幽霊の手ばかり見えてあそびおり」


 生きている自分と共に死者はいる。
 しかし、冥界へ入った者たちはもはや、気配でしかない。
 浮かんだ句を記す自分の手は確かなように、気配は手らしき動きを感じさせながら、そこかしこに漂う。
 今、書いている自分の手に、死者の手ま重なっているのか……。

 生きものとしての自然に近い死ではなく、人間が人間の業(ゴウ)によって死へ追いやられる現場から生き残った六林男の句は、あまりに切ない。
 



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2014
10.24

同居している母親と夫があまり口をきかないので悩んでいます

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 何度かあったタイプの人生相談です。
「同居している母親があまりくちをききません。
 男性にちやほやされ、美人で通ってきた母親は、無視するが気に入りません。
 自分が何とか仲を取り持っているのが大変です。
 幸い、小さな子供が元気なので助かっていますが……」

 お答えしました。

家庭とは多かれ少なかれ、そんなものです。
 生まれも育ちも、箸の握り方も頭の下げ方も違う大人同士が〈心からうち解け合って一緒に住む〉などということは、テレビドラマならいざ知らず、例外的であると考えたが現実に即しています。
 もしも、うち解け合わせるものが、貴方様の場合、ご主人がお母様を必要以上に〈女〉として観てしまったり、貴方様よりもお母様と趣味などが一致して気があってしまったりという状況であれば、ことは遥かに深刻です。
 それこそ、テレビドラマや小説の世界が現実化して、とんでもない日常生活になってしまいかねません。

 貴方様のご家庭がすばらしいのは、まず、皆様が〈大人〉であるということです。
 気に入らなくても感情的になってぶつかり合わず、それぞれが、それぞれなりのものを胸にしまって日常生活を淡々と続けておられることはすばらしいと言うしかありません。

 もしも貴方様が気になっておられる〈薄膜〉が破れる場合があるとすれば、何か突発的なできごとが起こった時でしょう。
 そこでガッカリするような事態になるか、感激させられるかは、〈その時〉になってみなければわかりません。
 そこから先はまた、その時が来たならお考えになられれればよろしいのではないでしょうか。

 貴方様が家庭の太陽となり、お母様とも、ご主人とも、お子様ともしっかりつながっていれば、家庭生活の理想的状況として充分とは言えないまでも、必要な要件はかなり整っていると考えるべきでしょう。
 ただし、全体のバランスに対する自分の責務を意識し過ぎず、それぞれと信じ合っていられることに感謝を持って生きられた方がよいのではないかと思います。
 皆々様へ仏神のごかごがありますよう。」

※当山は個人情報に充分留意して文章を作っています。




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2014
10.24

よくわからない御霊を供養できますか? 

201410240001.jpg
〈メダカの水槽で生まれた小さないのち〉

 僧侶への質問コーナーに寄せられた質問の骨子です。

「赤児の頃に早世したままで供養されていない御霊や、身内の水子霊など、放置されている方々を自分で供養できるでしょうか?」

 以下のようにお答えしました。

供養する心が起こった時は、〈見捨ててはおけない〉という霊性の核が動いています。
 むしろ、向こう側から発信されているものに純粋な心が感応していると言った方が正確かも知れません。

 それは尊い瞬間であり、どうぞ思いを込めて瞑目、合掌し、深閑としたひとときをお過ごしください。
 言葉が欲しい場合は、以下のものの中で、自分にしっくりくるものをお唱えください。
『南無大師遍照金剛(ナムダイシヘンジョウコンゴウ』
『南無守本尊大法護如来(ナムマモリホンゾンダイホウゴニョライ)』
『おん あびらうんけん ばざらだとばん』
 あるいは、ご自身の守本尊様の真言や、記憶にある神々の名前などでもかまいません。

 こうしたご質問を何度か、いただいています。
『ウチのお仏壇には阿弥陀様が祀られていますが、私は町内にあるお地蔵様をとても身近に感じています。
 子供が熱を出した時などは、思わず、お地蔵様を思い出しながら手を合わせてしまいます。
 これって罰当たりなのでしょうか?』
 そんなことはありません。
 あらゆる仏神は、日常生活で意識されない世界へ入るための扉のようなものです。
 そもそも私たちの心は、見たり、聞いたり、想ったりという感覚がはたらいてこそ動くようになっているので、形や色や音や記憶はとても大切な要素です。
 そして、感覚がはたらいた歴史はすべて心の深い部分へ溜め込まれ、無限にやってくる刺激の中から自分なりに取捨選択してキャッチする順番などを決めています。
 たとえば町へ出た時、子供はまず、アンパンマンのぬいぐるみが目に入り、大人は本屋の立て看板へ目が向きます。
 だから、貴方様が、何かにすがるような気持になって〈思わず〉お地蔵様が心に浮かぶのは、それだけ、貴方様にとってお地蔵様の存在価値が高いということです。
 どう〈高い〉かと言えば、聖なる世界へ入るための扉にあるカギを貴方様なりに開けやすい力をくださるということです。


 聖なる世界を感じとる感覚は誰の心にもありますが、どのように意識されるかは千差万別です。
 確かなのは、扉の先は無限へと解放されており、そこでは時空を超え、この世とあの世を超えた感応が起こったりするということです。
 そうした経験は心を温かく、豊かにします。
 自分だけで心もとない時はどうぞ、寺院の門を叩いてください。」




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2014
10.23

ニヒリズムを超える価値は何か? ―噴火の際にジャケットを譲った近江屋洋氏(偉人伝 第199話)―

201410230002.jpg
ニヒリズムと博打の世界を描く池部良主演の映画『乾いた花』〉

 今から50年ほど前、米ソ冷戦の頃は、核兵器の存在が若者たちへニヒリズムを蔓延させた。
 原爆を持った巨大な国家が地球を二分した戦争に入れば、小さな島国日本で営なまれている個々人の日常生活など、たちまちのうちに消し飛んでしまう。
 過激な学生運動も、フォークソングの流行も、『乾いた花』や『昭和残侠伝』などヤクザ映画への喝采も、〈懸けないではいられない〉気持があればこそだった。
 今の日本にもニヒリズムの影が覆い始めている。
 神戸女学院大学の内田樹(タツル)名誉教授は言う。

「いまの日本には、当時の虚無感に近いものを感じます。
 グローバル化によって海外で起きる事件が日本の運命を変えてしまう。
 どこかで株価が暴落したり、国債が投げ売りされたり、テロが起きたり、天変地異があれば、それだけで日々の生活が激変してしまう。
 自分たちの運命を自分たちで決めることができない。
 その無力感が深まっています。」(10月21日の朝日新聞『カジノで考える民主主義』より)


 冷戦時代に若者だった団塊の世代はもう、とっくに〈後に続く者たち〉のために最低、しておかねばならぬ仕事に取りかかり始めている。
 それが〈死後の自分の始末〉である。
「ご先祖様のおかげは重々、認識している。
 供養の心はぜひ、受け継いでもらいたい。
 しかし、それをどう行うかについてはなるべく方法を限定しない形で、お墓という目に見えるものも、供養という目に見えないものもバトンタッチして死にたい。
 次から先の世代は、職業も収入も住居もこれまでの時代より不安定になり、このままでは、最後の頼りである保険や年金もまたどうなるかわからないので……。」
 こうした方々が毎日のように当山を訪ね、安心の形を求めておられる。

 今よりも、後の時代の方が心配であるという理由の大きなものは、内田教授の指摘どおり、グローバリズムに乗った資本主義が行き詰まっており、格差の無慈悲な拡大で明らかなように、人々へ遍く豊かさや幸せ感をもたらさないであろうということが一つ。
 もう一つは、台風や地震などにより世界で最も危険な国とされている日本が巨大台風や巨大地震や巨大噴火に見舞われる可能性が盛んに云々されていることが一つ。
 そして、そうしたものに誘発される原発事故を防ぎ得るということを信じられなくなっていることが一つである。
 その証拠に、資産家たちはすでにマレーシアなどへ〈避難先〉を求め始めている。
 バブル期にタイや韓国などへ別荘を求めた人々が今また、これまでとは異なった性格すなわちニヒリズムによる海外移住を志向し始めている。

 内田教授は、政治におけるニヒリズムの克服法について述べた。

「『金よりも大切なものがある。それは民の安寧である』ということは、飽きるほど言い続ける必要があります」


 民とは民全体であり、特に〈政治の光が本来、最初に当てられるべき人々〉です。
 これは宗教的克服法と通底している。
 よく勘違いされるが、仏教は決して「いのちが一番」などとは説かない。
 むしろ、教授と同じく、こう言いたい。
 モノ金よりも、いのちよりも大切なものがあり、それは霊性であり仏性(ブッショウ)である。
 心のままに任せれば、自分のモノに執着し、自分の金に執着し、自分のいのちに執着し、自他共に決して安寧は得られない。
 隠れがちな霊性仏性によって導かれるところに自分の安寧も他人の安寧も世界の安寧も得られる。
 そのためには、そもそも、自他に遍く存在する霊性仏性を感じとり、魂が震え涙を催す経験をしていなければならない。


 さて、10月22日のニュースは一斉に、「返されたジャケット」について報じた。
 御嶽山の噴火で死亡した横浜市中区の会社員近江屋洋氏(26才)が、同じく死亡した豊田市の小学5年生長山照利さん(11才)へ渡したジャケットがようやく、近江屋洋氏の両親へ返されたのである。
 近江屋氏は噴火後、頂上付近の岩陰に避難した際、長山さんが寒いと言うのを聞き、リュックからジャケットを出し、そばにいた女性へ長山さんに着せるよう頼んだ。
 三人はバラバラに避難し、女性一人だけが助かり、真実を伝えた。
 遺体で発見された時の近江屋氏は薄いジャンパーとTシャツ姿であり、父親は「寒くなかったのかな」と言った。
 以下は公式コメントである。
「本日、長野県警よりジャンパーを返していただき、息子の物に間違いないと確認しました。
 切迫した状態のなかで、息子が女の子を守ってあげようとした勇気を褒めてあげたい。
 ただ、特別のことをしたわけではないと思います。
 目の前にけがをした子がいれば、誰であっても同じことをすると思います。

 でも、2人とも生還出来なかったことは、本当に残念で、残念でなりません。
 状況を知るほど悲しみは増します。
 噴火から4週間近くたちますが、なぜあの日に、なぜあの時間に、なぜあの山で等々、まだまだ息子の死を受け入れることができないでおり、気持ちの整理もついておりません。
 どうか、このような心情をご理解いただきたく、よろしくお願いいたします」
 長山さんの父親のコメントである。
「娘のことを思いやってくださり、感謝のことばしかありません。
 臆病な娘で、噴火のあとは怖かったと思いますが、近江屋さんが近くにいてくださったことで安心できたと思います

 そもそも、自分が困っていても隣人を見捨てておけない日本人のDNAは濃い。

明治23年、オスマントルコ帝国の親善使節団を乗せたエルトゥールル号が和歌山県串本町沖で座礁、587名が犠牲となり、69名が救助された。
 そのおりの様子をウィキベディアはこう記している。

「住民たちは、総出で救助と生存者の介抱に当たった。
 この時、台風により出漁できず、食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず、住民は浴衣などの衣類、卵やサツマイモ、それに非常用のニワトリすら供出するなど、生存者たちの救護に努めた。
 この結果、樫野の寺、学校、灯台に収容された69名が救出され、生還することが出来た。」


 これだけで終わらない。
 山田寅次郎なる人物が全国行脚によって義援金を集め、単身、イスタンブールへ渡り、そのまま居住して日本とトルコの貿易に励んだ。
 こうした両国の関係は約100年後、イラン・イラク戦争のおりに、思わぬ形で日本人を救った。
 テヘランの空港に取り残されたままの邦人215人を救うため、万策尽きた駐イラン大使がトルコ大使へ相談したところ、トルコ航空は自国民救援の最終便を増便して、自国民より優先的に日本人全員を帰国させてくれた。
 大使の言葉である。
「直ちに本国に求め、救援機を派遣させましょう。
 トルコ人なら誰でもエルトゥールル号遭難の際に受けた恩義を知っています。
 ご恩返しをいたします」
(マンリオ・カデロ著『だから日本人は世界から尊敬される』より)

 また、献身的に行動する日本人のDNAは濃い。

 戦わぬ覚悟で出兵したイラク戦争でも、自衛隊のはたらきぶりは地域住民の尊敬と感謝を集めた。
 野営地にロケット砲が打ち込まれた時のことである。
「真っ先に多数のイラク人たちが訪れて謝罪したと聞きます」
「自衛隊が任務を終了し、撤収を始めると大勢のイラク人が集まり、騒ぎ始めました。
 しかし、その内容たるや自衛隊への感謝の言葉でした。
『帰らないでくれ』と書かれたプラカードまであったそうです」
(『だから日本人は世界から尊敬される』より)
 自衛隊員の文字どおり献身的なはたらきぶりは東日本大震災のおりにも、いかんなく発揮された。
 被災者には炊きたての温かいご飯や味噌汁やおかずを配り、自分たちは野戦用の缶詰を食べた。
 まず、被災者が全員入ったことを確かめないうちはお風呂を使わなかった。

 感謝は広がり、原発事故のあった福島県では、福島市立青木小学校6年生の広野あみさん(12才)と4年生の諒君(10才)が、雨の日も風の日も平日の午前6時20分と午後4時半、国道114号に立ち、自衛隊や警察などの車両へ「いつもありがとう」「おかえり!!」といったメッセージの書かれた紙を掲げて感謝した。

 私たちの胸が熱くなる時は、霊性が活性化している。
 活性化させてくださる相手は生者であり、死者である。

 いかなるニヒリズムにもかかわらず、霊性はこの世にもあの世にも遍く満ちている。
 感謝、感謝である。




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「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2014
10.22

【現代の偉人伝 第198話】 ―『だから日本は世界から尊敬される』を書いたマンリオ・カデロ閣下―

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 異国から来た大使が日本人青少年に必読の書を書かれた。
 ここには、忘れられつつある歴史的事実と、それが持つ真実について日本人と共鳴し合わないではいられない1人の外国人の熱い思いが詰まっている。
 その人は駐日サンマリノ共和国全権大使であり、駐日大使の代表「外交団長」でもあるマンリオ・カデロ閣下である。
 平成25年10月10日、宮城県川崎町で閣下の講演会が行われた。
 幹事のお誘いで初めてお目にかかった閣下は、自国に神社まで建てたほどの大変な日本びいきで、夫人の絵里・カデロ氏は居合の達人である。

 最も印象的な言葉は、いかにも悔しいといった感じで言われたひとことだった。 

「私がびっくしりたのは、日本人の大人が神武天皇のことを知らないということです。
 これには参りました」


 また、最も驚いたのは、サンマリノ共和国には軍隊がなく、それでも現存する世界最古の共和国として存立していることだった。

「私は賢い外交的な仲介や決意によって戦争は避けることができるし、平和は不幸な世界に打ち勝ってくれるものと信じています。
 平和や幸福に対しての強い意志があれば、その実現は不可能ではないはずです。
『戦争に勝つ』ことが成功なのではなくて、『戦争を回避する』ことが成功であると思っているのです」


 そして、イタリアの日本大使館は日本人を友人と認めるイタリア人たちが守っているので大丈夫という話には、涙が出そうになった。

「ローマにあるいくつかの大使館では、警察や軍人に守ってもらわなければならないのでもう大変です。
 なぜだと思いますか?
『友だちがいない』からです。
 友だちがいたら、イタリア国民がその国を勝手に守るんです。
 信頼が一番のプロテクションなんです。
 一方、ローマにある日本大使館には警察がついていません。
 どうしてでしょう。
『友だちだから』です。
 フランスの大使館にも警察はいない。
 友だちは財産です。」


 こんな閣下が、悔しさのあまり、私たちがあまり〈知らない〉日本の歴史についてとうとう講義された。
 6月に小学館から発行された『だから日本は世界から尊敬される』は、日本人必読の書である。
 特に力を入れて書いたのが、天正遣欧少年使節の偉業である。

「私が駐日サンマリノ共和国全権大使になった時にとても意識したことがありました。
 それは歴史上において、偉業を達成した日本人外交官たちのことです。
 本来の意味でいえば日本最初のヨーロッパへの大使といってもいいでしょう。
 しかも、独学で言葉を覚え、異国の有力者と渡り合った彼らは、当時10代の少年たちでした。
 彼らのことを日本人であればもっと知ってほしい。」

「アメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスや、シルクロードを旅したマルコ・ポーロなどのことは世界中の人が知っているのに、日本人の中でもあまり知られていません。
 それが残念でなりません。
 彼らが旅立ったときは、まだ、13、14歳の子供だったのです。
 それに対してクリストファー・コロンブスやマルコ・ポーロたちは、船のことも詳しいし、当時の世界情勢の勉強も充分にしていました。
 王様の力をバックにしていましたから、知恵も力もあった。
 もちろん、コロンブスにしてもマルコ・ポーロにしても、素晴らしいガッツがあったからあのような偉業が達成できたわけですが、マンショたちはまだ若い子供だったのだから、偉業という点ではもっと凄かったと思います。
 アジアの視点から考えても、この旅は素晴らしい快挙であり、特筆すべき『事件』です。」

「彼らのことを思うたびに、長年この異文化の国と関わってきた私には、何となく想像がつきます。
 彼らの旅のモチベーションが、理解できるように思うのです。
 私はかつて機会を得て、九州に残るマンショたちのおに行きました。
 彼らが生まれた町や、生家の跡地や伝説が残るところまでも足を延ばしました。
 そうすることで、私は、あの時代に彼らがそこに生きた息吹を感じられたような気がしています。



 閣下は「終わりに」に書かれた。

「本書は、日本がいかに素晴らしい伝統、文化、精神性を持ち、世界から憧憬の眼差しを向けられているかということをもっと日本人に自覚してほしいとの思いから執筆しました。
 特に4章で触れた遣欧少年使節たちのことは、学生の教科書にほんの少しだけ記述がされているだけで、ほとんどの日本人が詳しいことを知りません。
 彼らが400年以上も前に、世界と日本を結ぶ偉業を達成していたことをぜひ、知ってほしい。
 そして、彼らの精神を見習い、自信を失っている日本人に自信を取り戻してもらいたいと思っています。」


 大使は、活躍した少年たちの「お参りをしては自分を奮い立たせて」おられるという。

 この本は、大人はもちろん、子供たちにもぜひ、読ませたい。
 ただし、読んだ後で目線を上げるのはいいが、胸を張り過ぎてはいけない。
 人生に光も闇もあるように、人の世にも光と闇があり、国家の行動も同じである。
 世界に〈偉大な国〉などはなく、思い上がる〈尊大な国〉があるに過ぎない。
 思い上がりが他者へ無用な不快感を与え、力を行使すれば他者を苦しめ、思いやりというもっとも大切な心に蓋をし、野蛮になった挙げ句、争いを起こす愚行は市井でも、国際社会でも繰り返されてきた〈愚かしい過程〉である。
 今回、私たちを目覚めさせてくれたのは、イタリアに囲まれ世界で5番目に小さく、人口約3万人の国を代表する1人の大使である。
 誇りという灯は、胸の中で小さく点し、しっかりと守ればよい。
 他人の心へ点す目的を超えて明るさをひけらかすことは無意味、無意義であり、むしろ有害で非創造的、非文化的であることもまた、子供たちへしっかりと教えておきたい。




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2014
10.21

子供たちの3人に1人が味覚障害者 ―秋風や夕餉(ユウゲ)の箸(ハシ)の手くらがり―

201410210009.jpg

NHK様からお借りしてコピーしました〉

 NHKのニュースには驚いた。
 スポットライトを浴びて登場したはずの大臣が辞職しても、もはや眉一つ動かさなくなりつあるが、子供たちの3人に1人が味覚障害を持っているとは、本当に驚いた。
 マクドナルドなどファストフードによって、画一的で甘味と脂肪の旨みに慣らされてゆくことの栄養学的危険性と文化的危険性は重々承知していたが、味の濃さによって味覚がダメージを受けていたとは、本当に驚いた。

 味覚が発達するのは子供の頃で、特に10才前後の味覚は最も鋭いという。
 そこで、東京医科歯科大学の植野正之准教授の研究グループが、埼玉県内の小学1年生から中学3年生までの349人を対象に「甘み」や「苦み」など、基本となる4つの味覚を認識できるかどうか調査した。
 結果は以下のとおりである。

・酸味を認識できない…21% 
・塩味を認識できない…14%
・甘みを認識できない…6%
・苦みを認識できない…6%


 いずれかが認識できなかった子供は107人(全体の31%)である。
 こうした子供に共通している傾向は、「ジュースを毎日飲んでいたり、野菜の摂取が少なかったりしたほか、ファストフードなどの加工食品を好む」というものである。
 植野正之准教授は指摘した。

味覚が認識できなくなるとさらに味の濃い食品を好んだり食事の量が増えたりするため、食生活の乱れや生活習慣病につながるおそれがある。
 子どものたちの味覚を育てることが必要だ」

 
 目も耳もない最も単純な形のアメーバは、感じとる対象を2つに分けて生きている。
 食べ物か、そうでないか。
 ご先祖様は食べられるか食べられないか、食べてみて危険なものを言い伝えてくださった。
 人は最期が近くなると食べられなくなり、衰弱へ向かい、やがて向こうへ旅立つ。
 味覚は、生きものとしての根源的感覚である。
 それが破壊されているとは深刻な事態である。
 結果の出ていることには必ず原因があり、悪しき原因は取り除かねばならない。
 私たちは、食生活の習慣を粘り強く、改めてゆかねばならないと思う。
 私たちがどう生きるかということは、何を残すかということでもある。
 子や孫や子孫のためによき食生活の習慣を残し、伝えたい。

 小説家永井荷風は詠んだ。

「秋風や夕餉(ユウゲ)の箸(ハシ)の手くらがり」


 秋風が吹く頃、独りで夕飯を食べている。
 箸を持つ手の先へ視線は届かず、暗がりになっている。
 箸を動かすにつれて動く影法師は、いのちのない生きもののようだ。
 人が独り、生きるということは、こうした営みを続けることに他ならない。
 この真実が観えた時、味覚が貧しかったならば、心はどうなろうか?

 子供の味覚が健全に育たない社会は恐ろしい。
 そして、もしも母親が生活的に追い込まれているがゆえに子供の味覚を育てられないとしたなら、あまりにも哀しい社会ではないか。
 真に女性尊厳を尊ぶならば、キラキラしい人々にかまうことはない。
 能力や経歴や美貌や資産のある人々はそれなりに生きる場をつかみつつ生きるだろう。
 問題は、尊厳が危うくなっている大衆の側にこそある。
 華々しい「経済発展」が叫ばれている中での悲惨な子供たちの現状は、問題の深さを示している。
 子供たちと女性たちを見捨てられようか。




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2014
10.20

芋煮会が終わりました

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〈自然農法家大枝邦良先生から、法楽米で作った麹と山楽耕(ヤマガッコウ)で採れた豆を用いた貴重な味噌(防腐剤無)が差し入れられ、一部をくじ引きの景品にさせていただきました〉

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〈老若男女が楽しく語り合いました〉

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〈好天のもとで最高の料理を作っていただきました〉

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〈永澤さんの詩吟は定番になりました〉

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〈窓外の光景〉

 絶好の好天に恵まれ、「ゆかりびとの会」主催の芋煮会を開催しました。
 おにぎりや芋煮、漬け物など女性軍手作りの料理と、ご本尊様へ捧げられたお酒や甘酒に舌鼓を打ち、歓談のひとときを過ごしました。
 皆さんすっかりご機嫌でお帰りになられ、大成功でした。
 準備と後片付けに汗を流してくださった皆さん、本当にお疲れ様でした。
 心より感謝申しあげます。
 手品を披露してくださった鶴さん、詩吟にかり出された永澤さん、カラオケを唄い盛り上げてくださった方々、送迎にご協力くださった鈴木さん、伊藤さん、まことにありがとうございました。
 おかげさまにて〈同じ釜の飯を食う〉かけがえのない時間が過ごせました。
 たとえ血の通った家族でなくても、家族のように心の通い合う時間が過ごせました。
 皆々様へ深く、深くお礼申しあげます。合掌




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2014
10.19

いじめ・不登校・戦争をなくす方法 ―チベット人の学校にある平和地帯―

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 文部科学省の発表によると、平成25年度の「いじめ調査」における認知件数は、小・中・高校と特別支援学校を合わせ全国で18万5000件です。
 複数回答における主ないじめの内容は以下のとおりです。
1 冷やかしやからかい(64%)
2 遊ぶふりをして蹴られるなどの暴力(23%)
3 無視や仲間外れ(20%)
 危険なことをやらされるなどは10%未満だが、いじめが原因の自殺は中学校7人高校2人となっています。
 宮城県は1万7624件で前年度比約7千件プラスの激増となりました。

 一方、宮城県内の全中学生に占める不登校者の割合を示す「不登校出現率」は3.17%で2年連続日本一という過去最高記録となりました。
 全国最低の岩手県は1.97%、震災と原発事故の影響が懸念される福島県でも2.45%です。
 なお小学校における不登校出現率は0.03ポイント増の0.40%で全国16位となっています。

 さて、昭和24年(1949年)9月1日、中華人民共和国(中共)成立の1カ月前、中国政府は突然、声明を発しました。
「チベットは中国の領土であり、いかなる外国の侵略も許さない」
「人民解放軍は必ずチベット、新疆、海南島、台湾を含む中国の全領土を解放する」
 当時のチベットは独立国であり、外国人の存在はイギリス人が3名、オーストラリア人が2名、ロシア人が1名を数えるのみでした。
 解放されるべき占領国や帝国主義国家など、どこにもいなかったのです。
 しかし、翌昭和25年(1950年)になり、中国政府はチベットを占領します。
「人民解放軍の基本的課題は、本年中にチベットを帝国主義国家の手から〈解放〉することにある」
 アメリカ、イギリス、インド、ネパールへ発したチベット政府の緊急アピールは黙殺されました。
「チベットがかつて中国の一部であったことは一度もなく、チベットを支配する外国勢力など存在せず、したがって解放される必要はまったくない」
 占拠した中国政府の言い分です。
「人民解放軍は300万のチベット人民を帝国主義者の圧政から解放し、中国西部国境の守りを強化する」
 そして、反対する者や僧侶など100万人以上が殺され、敷設された鉄道に乗った中国人がなだれ込み、今やチベット人より多くなりました。(「チベット!チベット!チベット大虐殺の真実」を参照しました)

 こうした中で、ダライ・ラマ法王以下、亡命した人々はインドのダラムサラに亡命政府を組織し、法王の妹であるジェツン・ペマ先生などの努力により、チベット子供村(TCV)が創設されました。
 国際モッテッソーリ〈教育と平和〉賞など数々の受賞歴のあるジェツン・ペマ先生は、世界中へ、教育における平和の大切さを説き続けておられます。
 過日、東京にあるダライ・ラマ法王日本代表部事務所を訪ね、経理・渉外担当官のツェワン・ギャルポ・アリヤ氏からお話を聴き、ジェツン・ペマ先生のDVD『幸せになる』をいただいてきました。
 その中にある「平和地帯」という概念に日本の子供たちの惨状を解決する大きなカギがあると考え、寺子屋『法楽館』で参加者の方々と共に観賞し、字幕の文字をそのまま書き写しました。

「すべてのTCVすべての学校に平和地帯があります。
 平和地帯という概念は、1987年に法王が欧州議会において『チベットは将来、平和地帯となる』と仰ったことから来ています。
 それに関して5つの要点がありましたが、私もあまり覚えていないので、詳しい説明は控えます。
 先ほどの法王様の発言を聞き、我々は子供たちの教育を受け持つ立場から『子供たちは将来のチベットの市民である』と言ったのです。 今はまだ子供ですがいずれチベット人民となります。
 その時にチベットが平和地帯となっている事を考えれば、今のうちから子供たちに平和や非暴力の概念を根付かせなければいけない。
 その為、このような地帯を作り、その丘の上に寺院を建てました。
 日本仏教界の資金援助のおかげで建てることができました。
 とても綺麗な場所で、そうした丘の上全部が平和地帯なのです。
 兵の私たちの使い方ですが、子供たちが喧嘩をしているのを見かけたら、我々の施設において、先生方、大人達、上級生が彼らと話し仲直りをさせた後、平和地帯に行かせ、平和について考えさせます。
 そして、景色や夕陽を見ながら、しばし時を過ごすのです。
 鳥のさえずり、林や花など、その場の素晴らしさを堪能するのです。
 これは9年間やってきて成果を上げています。
 実際TCVにおいて、8才以上の子供たちは、戦争ごっこすらほとんどしません。
 子供はこの遊びが大好きですが、TCVでは例外です。
 確かに小さい子供たちは、おもちゃのピストルを買って遊んだりもしますが、それ以外ではチャンバラといった戦争ごっこや喧嘩などはありません。
 子供たちもわかっているからだと思います。
 このような良い結果が得られた事から、今では子供たちの寮の中にも平和地帯を設けています。
 例えば食堂やリビングなどの片隅にテーブルと椅子を置いて小さな平和地帯を作ります。
 何か子供たちが問題であれば、寮母さんは平和地帯で子供たちと話をします。
 平和地帯を毎日、思い出す事で、常に平和を意識するようになったり、必ず何か変わると思います。
 法王様が仰るように、世界の平和のためには、まず個々人が心の中で平和を培わなければ、我々はこの平和の概念を子供たちへ根付かせるよう努めています。
 彼らが学校を卒業した後も、平和を愛し、非暴力を貫いて育っていければ、我々の努力が実ったと言えるでしょう。」


 いかがでしょうか?
 朝から晩まで、戦いのゲームに熱中している日本の子供たちとのあまりの違いに愕然としないではいられません。
 パチンコなど世界中の賭博機械の60パーセントもが集中する飛び抜けた博打天国であり、ギャンブル依存症に苦しむ人々が数十万人にものぼるとされている中で、公認賭博場をつくろうとしている日本とのあまりのギャップに愕然としないではいられません。
 子供たちの惨状は、大人がもたらしました。
 大人が目覚め、子供たちが育つ環境をまっとうなものにしない限り、いじめも、不登校も、そして争いも、戦争もなくならないことでしょう。
 当山もチベット子供村に習い、『不戦堂』と『法楽農園』をオープンな〈平和地帯〉とすべく、精進を重ねます。
 願わくは、仏教に根ざしたチベットの叡智が日本を救い、世界に平和をもたらしますよう。




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2014
10.18

ご葬儀や埋骨をどう行えば安心か? ―慣習や習俗を超えて―

201407120011

 遠くにある墓地改葬に共通する悩みがあります。
墓地のそばにいる一族の宗派と違う寺院のお世話になるのは反対だという声が上がっています。
 このまま父母を移すと、親族からお墓参りしてもらえないかも知れません。
 私自身は宗派に対するこだわりを持っていないのですが……。
 困りました」
 考えるポイントをいくつが挙げておきます。

1 葬送慰霊供養などは本来、まぎれもなく宗教行為であり、どこかで習俗や慣習を超えたものであること。

 私たちの生活のほとんどは、〈これまでやってきたこと〉の延長線上にあります。
 正確に言えば、〈これまでやってきたこと〉を踏まえずに行えることは何一つありません。
 言葉そのものがそうです。
 いろは五十音図はお大師様の弟子たちが作ったとされていますが、今、日本で使われている膨大な日本語の体系を創ることのできる人間はいません。
 なぜなら、人間の思考と生活の積み重ねにあって洗練され、深められてきた過去の時間(歴史)に代わり得るものはないからです。
 そして、思案も決断も発見も言葉によって行われる以上、いかに独創的なひらめきであれ、必ず過去の何かに立っているはずです。

 だから、習俗や慣習を「古い」と決めつけ、頭から否定するのは自分で自分の足を踏むような行為であり、頓珍漢(トンチンカン)な考えと言うしかありません。
 たとえば、祖父も担ぎ、父も担いだ御神輿(オミコシ)を自分も担いだ時、確かな何かを感じることがあるのではないでしょうか。
 東日本大震災の後、あちこちで〈祭の復活〉が求められました。
 老いも若きも涙と歓喜の中で祭を行った時の気持をお聴かせいただいたことがあります。
「これで生きられると思いました」
 たとえば、西馬音内(ニシモナイ)盆踊りを観た方からお聴きしました。
「土地の古老から、昔、とても慈悲深い領主がおられ、その方の慰霊が盆踊りの淵源だと教えられました。
 領主は特段、歴史に名を残さず、今、踊る人たちも領主を意識してはいませんが、飢饉に苦しみつつ子孫を残してきた先人たちの、亡き領主に対する感謝と慰霊の歴史がこの踊りへ陰影に満ちた色合いを与えていると知って、一層、興趣が深まりました」
 お墓を守り、受け継いできたものを守ろうとすることには、金銭に換えられない価値があります。

 その一方で、実際に葬送慰霊を行う行為は、行う人にとって重要な宗教行為です。
 人をあの世へ送るということの重大さは、経験者でなければ、なかなかわからないかも知れません。
 そこには膨大で非日常的な何ものかがあり、すべてを言葉にすることはほとんど不可能です。
 送るという行為は、必ず〈送った相手との時間〉を生みます。
 その時間が〈自分の時間〉と溶け合って〈人生の時間〉となるために、数年を要する方もおられます。
 こうしたことごとは、真剣に向き合うならば、これまでやってきたからというだけでは行いきれません。
 習慣だからと形をなぞるだけでは済まされないのです。
 あるいは、今は簡単にやっても構わない時代だからと風潮に乗るだけでは済まされないのです。
 送り、供養する一人一人が、自分の良心から問われます。
「本当にこれでいいのか?」
 行為が、細切れになっている日常の時間ではなく、永遠へ連なる宗教的時間を相手にするものであることに、無意識のうちに気づかされます。
 人を送るとは〈永遠に〉送ることです。
 人を供養するとは〈永遠に〉供養することです。
 今の〈瞬間に〉送り、供養する行為のみにとどまるものではありません。
 手順をなぞり、簡便に済まそうとすれば、瞬間の問題であり、日常生活的行為です。
 自分の人生観をかけ、良心と対話しながら行えば、永遠の問題すなわち宗教の問題なのです。

 だから、たくさんの方々が日常的思考だけではなかなか結論が出せず、宗教の場である当山へ日々、ご来山されます。

 では、習俗や慣習から宗教的行為へと、どのように超えてゆけばよいのか?
 次回にお話を進めましょう。




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2014
10.18

河北新報社 マイベストプロ宮城の講演「お墓と供養 ―人生相談と祈りの現場から―」

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 恒例となった河北新報社 マイベストプロ宮城「1014秋の生活相談会」において、下記の内容の講演を行います。

「お供養 ―人生相談と祈りの現場から―」

 一般?一代?共同?自然
 どう考え、どう選べばよいのか。
 み仏に仕え、皆さんと対話を重ねている〈現場の者〉として、皆さんが気づきにくい根本的なポイントなどについてお話しいたします。
 ひき続き、膝をまじえた相談会もありますので、どうぞ、お気軽におでかけください。

・日時:平成26年11月6日(木)午後1時~1時50分 ※相談会参加可能
・場所:河北新報社1Fホール 仙台市青葉区五橋1-2-28 
・会費:無料
・申込:電話022(715)9350 ファクス022(227)6660 マイベストプロ宮城事務局
・ML:info@mbp-miyagi.com




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2014
10.17

一汁一菜の『法楽米』収穫感謝祭

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2014101700100.jpg
〈昨年の法楽米です〉

 度重なる台風や大風にも負けず、法楽農園の稲架掛け(ハセガケ)はびくともしませんでした。
 昨年の11月3日、第一例祭において法楽米をご本尊様へ捧げて祈り、文化の日、そして天長節(テンチョウセツ)の佳き日を法楽米発祥の日と定めました。
 今年も又、そうして祈り、11月8日(土)、ご関心のある方々と昼食を共にして、ささやかな収穫感謝祭にしたいと考えています。
 メニューは、炊きたてのご飯、昨年の法楽米大枝邦良師が今年の3月から麹を造り、師の農園で採れた豆を用いた味噌による汁。
 そして、師の高弟藁科昇氏の農園で採れた野菜のサラダです。
 また、無農薬・無肥料で育てた法楽米の即売もいたします。
 ご関心のある方は11月7日(金)午後5時までにお申し込みください。

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 なお、当日は、午後1時30分より、映画「ひめゆり」の自主上映会を催します。
 沖縄で看護のために従軍し、ほとんどが戦死した女子高生「ひめゆり学徒隊」の生き残り22名の方々から13年かけて聴き取りしたドキュメンタリー映画です。
 舞台演出家宮本亜門氏からのメッセージです。

「私の一生のお願いです。
 『ひめゆり』を観てください。
 出来れば世界中の人に観てほしいのです。
 次の世代に伝えてほしい、現実を感じてほしい。
 心がここに詰まっているからです。
 『ひめゆり』の中で話してくれた方々に、
 心からお礼を言わせてください。
 『本当にありがとう』
 その思いを胸に僕も生きて行きます。」


 ぜひ、こちらもご参加ください。

○収穫感謝祭の要旨
・日時:平成26年11月8日午前11時30分~午後1時
・場所:法楽寺講堂
・講話:自然農法家大枝邦良師 農園「山楽耕(ヤマガッコウ)」主宰者
・会費:500円
・申込:7日(金)午後5時までに電話やメールなどでお申し込みください。
    電話022-346-2106(午前9時~午後5時) メールryuuchi@hourakuji.net
・送迎:午前11時にイズミティ21前より送迎車が出ます。
    乗車希望の方は、7日(金)午後5時までにお申し込みください。

○映画鑑賞会は同所で、午後1時30分より行います。




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「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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2014
10.16

一代墓は先祖供養の否定をするものではありません ―落とし文とガンジー―

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 ブログ「一代墓先祖供養の否定か?」にひき続き、一代墓(イチダイボ)が先祖供養の否定でないことについてお話ししましょう。

 日本古来の情報伝達法に「落とし文(ブミ)」があります。
 思いを寄せ合いながらも浮世の事情により、隠れて花を咲かせるしかない男女が、寺院や神社の境内などのしかるべき場所へ手紙をそっと落とすように置き、意志を通じ合おうとするものです。
 風雨による破損、喪失や、他人による思わぬ発見、露見などの危険性を孕みながらも、つながって行こうとする心を想像する時、二人の間でいかに深く、熱く、かつ細やかな情感が育っていたか、また、仏神へ祈るしかない切なさがいかなるものであったか、想像するとほとんど憧れに近い気持になります。
 落とし文にはもっと広い意味もあり、「大辞林」は以下のように示しています。
①公然とは言えないことを文書にして落としておくもの。落書(らくしよ)。 「物によせて歌を作りて-にし侍れば/筑波問答」
②江戸時代,火付けなどの脅迫文を書いて家に投げ込んだ文書。捨て文。
③オトシブミ科の甲虫。体長8ミリメートル 内外。首が細長く,前胸部は三角形。体は黒く,上ばねは赤い。広葉樹の葉を巻いて巣を作り,中に産卵する。シベリアから日本にかけて分布。ナミオトシブミ。 [季] 夏。 《 -ゆるく巻きたるもの悲し /山口青邨 》 〔巣の形が巻き紙に似ているとして「ホトトギスの落とし文」などといわれたことから転じた名〕

 東日本大震災の後、岩沼市にある「岩沼民話の会・語りっこ岩沼」が、ご近所さんから体験談を聞き書きし、A5版の文集三冊にまとめて「おとしふみ」と名づけました。
 その第一集の前書きです。
「新緑の時期に、広葉樹の野山などを散策していると、『落とし文』の様な筒状に巻かれた葉が落ちていることがある。
 この『落とし文』をせっせと作って路面に落とすのがオトシブミ科の昆虫である。
 江戸時代に他人に知られないように、そっと手紙を道端に落とし、他人に渡したという。
 私たちは、たくさんの人々の震災の体験を、後世の人々に伝えたいと思い、そっと『落とし文』をいたします。」
 80才になるリーダー親子から珠玉のような文集をいただいた時、頭を上げられない思いになりました。

 その二年後、高校で同期の仲間と文集『おとしぶみ』を作りました。
 もうすぐ70才になろうとする今、このまま消えて行きたいと願う人がいる一方で、言い遺したい思いを持つ人もおり、後者の面々が「落とし文をしておこう」ということになったのです。
 亡き後に読まれるかどうかわからないものでよい、そっと言い遺そうという趣旨でした。

 さて、前段が長くなりましたが、一代墓もまた一種の〈落とし文〉ではないかと考えています。
 この世に生きた証(アカシ)を人知れぬ墓地の片隅にそっと残すこと、この奥ゆかしさと、慌ただしく、切り貼りされるモザイクのような〈今〉だけでない死後の未来にも通じる時間の流れに身を委ねるゆったりした心は、私たちの文化の奧にある大切な何ものかと通底しているのではないでしょうか。
 また、自由に墓地へ足を運び、そうした〈落とし文〉たちへ目をやる人々は、それぞれの墓地に込められた知人、あるいは見知らぬ人の思いを感じる時、やはり、心に大切な何ものかが静かに兆(キザ)すのではないでしょうか。
 そして、こうした時間の中にある経験は、〈今〉が決して単独で存在しているのではなく、〈過去〉と〈未来〉とを含むものであり、私たちのいのちも心もそうした存在であるという真実に気づくきっかけとなることでしょう。

 私たちは功利的思考に慣れています。
 役に立つか立たないか、損か得か、といった判断形態です。
 もちろん、こうした思考は現実に生きて行く上で欠かせぬものですが、すべてのものへその物差しをサッと当てるだけでは、深い価値判断をせぬままに、真の価値があるものを、回転寿司の台へ乗せるように意識の外へ追いやってしまう虞(オソレ)があります。
 あけすけに言ってしまえば、楽をしてお金をかけずに何ごともやり過ごすだけの生き方は心を磨かず深めず高めず、大切なものを受け嗣ぎ、引き渡す機会を失うのではないかということです。
 それでは、魂の底から湧きあがる共鳴、共感に震えることもなく、自分もそうありたいという憧憬や、それにかけたいという志望に熱く燃えることもない、薄っぺらな人生になりかねません。

 真の価値は必ず時間との関係を持っています。
 たとえば、ノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇教授(85才)は、窒化ガリウム結晶の研究に着手してから受賞まで41年かかっています。
 ノーベル文学賞を受賞したフランス人パトリック・モディアノ氏(69才)の受賞理由にはこう書かれています。
「記憶を扱う芸術的手法によって、最もつかみがたい種類の人間の運命について思い起こさせ、占領下の生活、世界観を掘り起こした」
 また、戒名について人生相談に訪れる方のほぼ100パーセントが、祈りの伴った意義と、祈りの現場におけるさまざまな事実に接して、こう言われます。
「初めて聞きました」「初めて知りました」
 もちろん、当山では、結果として戒名をお求めになるかならないかは100パーセント自由意志にお任せし、戒名でも俗名でも一切のわけへだてなく修法しますが、質疑応答のたびに、対話の大切さを実感させられます。
 それは、戒名として私たちへ過去から与えられている文化的価値を有するものに具わった時間と心の集積を感じとっていただけるからです。
 感じとることは現場でしか、あるいは現場に携わる人の声を通してしか、なかなか、叶いません。
 紅葉についてテレビの説明を観るよりも、眺めにでかけることです。
 ラーメンの旨さについての番付を調べるよりも、食べてみることです。
 真の価値は手軽につかめないのです。

 お墓はまぎれもなく、先に逝った御霊との交感を行う聖地であり、あの世のより所であり、思いを遺す場です。
 仏教的には、空(クウ)や無常を考え、供養と感謝という人生修行を行う場として、先に逝かれた方々が造り伝えてくださった聖地です。
 ガンジーは説かれました。
「人間には果たすべき役割があり、それを実践する場としてこそ、人生を生きているそれぞれの場所がある」
 家にあっても、会社にあっても、地域にあっても役割があり、それを果たすことによって、家にも会社にも地域にも真の意義が生じ、生きている実感も喜びも得られます。
 人生の行く末を考え、あるいは締めくくろうとする時、功利的思考を離れ、世論や風潮に流されて思考停止せず、「お墓とはいかなる場なのか……」と立ち止まる必要があるのではないでしょうか。
 その先にこそ、永代に守るお墓、あるいは共同墓、自然墓、そして一代墓といったその方なりの人生観を真に反映する決断が生じることでしょう。




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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
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2014
10.15

問いかけるチベットの亡き巡礼者 ―人間の尊厳を否定するものへの直視―

201410150001.jpg

 妻の方へ横向きになり、右側を下にして眠っていた。
 左耳の斜め後ろから「ターチャ!]と呼ぶ年配女性の声がした。
 亡き母かと思った。
 母は死ぬまで私を「たんちゃん」と呼んでいたからだ。
 でも、どことなく声が違う。
 続いて、両腿の後側を大きな風船のようなもので強く押され、首だけを後へ回しながら声にならぬ声で「誰だ!」と叫んだ。
 膝はもうだいぶ前から酷く、ようやく五体投地を続けているのに、グッと押されても痛くはない。
 はっきりと開いた両眼は、あるはずのない明かりを見た。
 居間との間にある扉が少し開き、微かな明かりが漏れている。
 視線の先に中年女性の顔が浮かんだ。
 赤黒く黒髪で埃にまみれている。
 細くなった眼の視線は宙を睨み、ほとんど死相である。
 顔は、こぼれている明かりの中へすうっと移動して消えた。
 消え去らぬうちに、同じような顔が浮かび、同じコースをたどって消え、それがもう一度、繰り返された。
 後の二人の顔つきは最初の人ほど鮮明ではないが、同族であろうとは思えた。

 母ではない。
 ターチャは、タチアナだったのか?
 ふと、思いつき、凝然として動けなくなった。
 以前、野町和嘉氏の写真集『地球巡礼』で出会ったチベット女性であると思い当たったからだ。
 チベットの聖地ラサを目ざして五体投地を繰り返し、芋虫のような動きで1800キロの道のりを進む巡礼者に、異次元の聖性を突きつけられ、身動きできなくなったことをありありと思い出した。
 彼女は亡くなられたのか?
 同じような巡礼者たちが次々と亡くなっておられるのか?
 宗教弾圧で殺されたのか?
 それとも、中国政府によって観光地化され、莫大な入場料を集められるだけの見せ物と堕したポタラ宮を目指せなくなった方々の怨みなのか?
 亡くなっておられるであろう彼女たちは、いかなるメッセージを託そうとして現れたのか?

 やはり、当山の「不戦」の祈りに感応されたのだろう。
 不戦は、戦争という行為そのものを問題とするだけではない。
 戦争による人間の尊厳の否定こそが許されざる行為であり、そのことをこそ畏れねばならない。
 人間から聖性を奪う尊厳の否定は、チベットにおいて、もはや日常と化している。
 しかし、国土を奪われ、100万人以上が殺され、文化も言葉も宗教も破壊されたチベットをもう、世界のほとんどが見向きもしない。
 日本の国会では、いつ、誰が、隣国で行われている人権蹂躙に対して問題提起を行ったのだろう。
 発展する中国経済の恩恵に与ろうとして、揉み手をする人々ばかりである。
 想像してみよう。
 チベットの首都ラサにおいては、正月の重大な行事である祈祷会モンラムを観光用に使おうとする中国政府に反発するチベット人たちが中止してから20年以上も経つ。
 もしも、日本でお正月に行うお宮参りができなくなり、お盆やお彼岸の宗教行為もできなくなったなら、私たちの心はどうなることか。
 中国では、キリスト教の教会を示す屋根の十字架が一夜のうちに当局によって引きずり下ろされるなどの蛮行が相継ぎ、信徒たちは当局の目に怯えながら地下教会で祈るようになりつつある。
 彼らの心を想像すると、同じ祈る者として、あまりの哀れさと自分の無力さに力が抜けてしまいそうになる。

 不戦の祈りは、人間の尊厳を否定する悪しき心を直視する祈りでもあらねばならない。
 尊厳の否定は人間が人間たる聖性の否定であり、ひいては仏神の否定でもあればこそ、気づく心に畏れが生じる。
 畏れという感覚を失った文化は恐ろしい。

 ターチャはタチアナか?
 わからない。
 眠れぬ一夜となった。




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2014
10.14

一代墓は先祖供養の否定か? ―村上春樹のエルサレムスピーチ『壁と卵』を考える―

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 ブログ「この世で生きた証(アカシ)に一代墓(イチダイボ)を建てませんか」を読んだAさんから交流サイトへ感想が届きました。

「夫婦、友達同士、なんかいいですね。
 道祖神のような男、女が仲良く彫られてるようなのも、なんかいい~。
 生きてきた証ですよね。」


 ぜひ、こうした自由な発想でお墓を造っていただきたいものです。

 病身を書道にかけているBさんからのお便りです。

「私はあまり長生きできません。
 気に入った自分の作品を気に入った石に彫っておきたいと思います。
 建てさせていただけますか?」


 ぜひ一代墓を建て、生前から、ご自身の、あるいはお仲間のよりどころ、交流の場にしていただきたいものです。

 ご来山された墓石業者様Cさんから嘆息が漏れました。

「先祖供養のベースだったお墓が『要らない』の大合唱になるとは、日本人の心はどこへ行ってしまうんでしょうね。
 住職の一代墓もNHKさんが報じた〈墓じまい〉と似てはいませんか?」


 ご説明申しあげました。
 一代墓は決して先祖供養の否定ではありません。
 お墓というものへの間口を広げようとするものです。

「そうか、こうして自分の死後へ遺志が残せるのか」
 新たな発見が、新たな〈死後の未来〉をイメージさせます。
 そして、家族であれ、知人であれ、他人であれ、自由にお詣りできる墓地のお墓を目にすることにより、人の思い、志、多様さを感じた方々が、ご自身の〈死後の未来〉を考えるきっかけになれば、情操が深まり、生き方にも必ずよき変化が生ずることでしょう。
 お釈迦様は、はっきりと説かれました。
 「死後は無になると考えれば、それは迷妄である」
 この教えには二つの依って立つ道理があります。
 一つは、原因には必ず結果が伴い、それは、自分という一人の人間が死のうと生きようと、ずっと続いて途切れないこと。
 もう一つには、〈現在〉をもたらした原因は〈過去〉にしかなく、自分が特定の人間として生まれた原因は過去世にあり、過去世、現在世、来世のつながりは途切れないこと。

 もちろん、死後の有無は別にして、自分の死後には何も残したくないとお考えの方々もおられます。
 そうした方々は、そうされればよいだけであり、当山はそうした願いを否定するものではありません。
 起こりつつある「お墓は要らない」という大合唱の中でなお、生きた証を考え、何とかならないかと悩む方々へも手を差し伸べさせていただきたいという一心なのです。
 み仏のお力には〈救い漏れ〉がないからこそ凡夫とは違う存在であり、み仏のお慈悲を忖度すれば、見捨てられるべき〈少数派〉という区別、差別はあり得ません。

 とても興味深く、忘れられないできごとがあります。
 平成24年2月、エルサレム賞を授賞した作家の村上春樹氏は、イスラエル軍がガザに侵攻しており受賞を辞退すべきであるとの糾弾をものともせず、エルサレムへ出向き、受賞スピーチを行いました。
 その一部です。

「1つのとても個人的なメッセージをお伝えすることをお許しください。
 それは、私がフィクションを書いているときに、常に心に留めていることなのです。
 紙に書いて壁に貼り付けるようなことはしたことがありません。
 むしろ、それは、私の精神の壁に刻印されているのです。よろしいですか。
 『高く、堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ』
 しかも、たとえ壁がどんなに正しくて、卵がどんなに間違っていようとも、私は卵の側に立つのです。」

「こんなふうに考えてみてください。
 私たちのそれぞれが、多かれ少なかれ、1個の卵なのだと。
 私たちのそれぞれは、脆い殻の中に閉じ込められた、ユニークでかけがえのない魂です。
 これは、私にとっても当てはまりますし、皆さん方のそれぞれにとってもあてはまります。
 そして、私たちそれぞれは、程度の差こそあれ、高く堅い壁に直面しているのです。
 壁には名前があります。
 『システム』です。
 システムは、私たちを守るべきものです。
 しかし、時には、それ自身が生命を帯び、私たちを殺し、私たちに他者を殺させることがあります。
 冷たく、効率的に、システマティックに。」

「私が小説を書く理由は1つだけです。
 それは、個人の魂の尊厳を外側に持ってきて、光を当てることです。
 物語の目的は、警鐘を鳴らし、システムがその網の中に私たちの魂を絡めとり、損なうことがないように、システムに光を照射し続けることです。」

「本日、私が皆様にお伝えしたいことが1つだけあります。
 私たちは皆人間であり、国籍や人種や宗教を超えた個人であり、システムと呼ばれる堅い壁に直面した脆い卵なのです。
 どう見ても勝ち目はありません。
 壁はあまりに高く、あまりに強固で、あまりに冷たいからです。
 少しでも勝ち目があるとすればそれは、それは、私たちが、自分自身と他者の魂の完全な唯一性とかけがえのなさを信じることと、皆の魂を1つにすることによって得られる温もりから得られるに違いありません。」

「このことについて、少し考えてみてください。
 私たちのそれぞれが、触れられる、生きている魂をもっています。
 システムは、そういうものではありません。
 システムが、私たちを利用するのを許してはいけません。
 システムが、それ自体生命を帯びるのを許してはいけません。
 システムが私たちを作ったのではありません。
 私たちがシステムを作ったのです。」


 引用が長くなりましたが、氏の言う、「システム」を少々ずらし、「世論」や「風潮」と言い換えてみると、当山がこのタイミングで一代墓を強く打ち出した意味もおわかりいただけようかと思います。
 氏の言い方を変えればこうなります。
世論風潮に利用されないようにしましょう。
 世論風潮それ自体生命を帯びるのを許さないようにしましょう。
 世論風潮によって私たちの考え方が出来上がったのではありません。
 私たちの考え方が世論風潮を作ったのです。」
 かつては托鉢で氏の言う〈卵〉を実感し、墓石が豪華になってゆく時代に、共同墓『法楽の礎』を造りました。
 今は人生相談で〈卵〉を実感し、共同墓『法楽の礎』および『自然墓』にも、一般墓『法楽の苑』にもたくさんのご縁をいただきつつ、あえて、一代墓も提案しました。
 当山は、お一人で、あるいはご夫婦で、あるいは親子で、あるいは友人同士でも、生きた証を考える〈卵〉の方々へ一代墓の場を提供しないではいられません。
 当然、一代墓は先祖供養を否定するものではありません。
 そのことについては、また、お会いした時に申しあげましょう。




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「おん さん ざん ざん さく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
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2014
10.13

死なないで!叫びの主は……

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 ある朝、「一心祈願不戦日本」を祈っているうちに「死なないで!」という若い女性の声が飛び込んで来た。
 耳に聴こえたわけではない。
 意識の中へ突然、生じたと言った方が正確だ。
 誰の声かは、わからない。
 3240回を唱え終え、浮かぶイメージがあった。
 轟音のとどろく戦場で負傷兵を治療する看護婦さんたち。
 沖縄の激戦に参加し、散華した沖縄県立第一高等女学校の生徒「ひめゆり」である。
 もともとは「姫百合」であり、他校の学徒隊もあったことから、戦地では「学生さん」「学徒さん」と呼ばれており、戦後になってから、ひらがなで「ひめゆり学徒隊」と書かれるようになった。

 しばらく、「不戦堂」から出られなかった。
 思い違いを思い知らされたからである。
 自分の祈りが広がり、皆さんにも共に不戦を祈っていただけるようになればと願って始めたが、まず、〈共に〉祈るのは生者よりも死者でなければならなかった。
 お盆の時期に、不戦を祈り、不戦堂という場を造ろうと決心したのは自分だと思っていたが、実際は、死者たちの願いが集まり、そうした想念に結晶したのだった。
 である以上、御霊へこそ想いを向け、偲びつつ、この祈りは続けられねばならない。

 10月9日、最高裁第1小法廷は、アスベスト訴訟において、国の賠償責任を認める初の判決をくだした。
 平成21年、ブログ「想いの記」へ、たった一人でアスベストによる公害から区民を守った千代田区役所職員加藤哲夫(61歳)氏のことを書いた。
 東京都の職員だった氏は、職務中に「石綿がむきだしの古い立体駐車場では、車が中を移動するたびに飛散するのでは」と気づいたが、誰も一緒に立ち上がる者はなく、たった一人で行動し、ついに、アスベストの撤去費用を国土交通省から引き出すに至った。
 氏を動かしたのは損得勘定でも、名誉欲でもない。
 責任感であり、志である。
「命の問題。今動かないで、30年後に肺がん患者を出したら区民に申し訳がたたない」

 生涯かけて水俣病と闘い続けている作家石牟礼道子氏は『苦海浄土 わが水俣病』で第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、受賞を辞退し、一身をかけて行動している。
 平成25年10月、天皇、皇后両陛下が初めて熊本県水俣市訪れ水俣病患者と懇談することに先立ち、氏は7月に初めて皇后陛下と会った。
 故鶴見和子を偲ぶ会で皇后陛下と並んで座った氏は、「水俣にはまだまだ問題が残っています。患者の苦しみに思いを致していただく機会になればと思います」と懇請し、皇后陛下は、パーキンソン病を患う氏の皿へ料理を取り分けながら、水俣を訪れる約束をされたという。
 
 平成19年、柴田昌平監督は、13年かけて学徒隊の生存者から聴き取りしたドキュメンタリー映画「ひめゆり」を完成させた。
 イデオロギーからも、興業性からも離れ、事実と真実を伝える映画である。
 関係者からのご理解をいただき、11月8日の寺子屋法楽館で自主上映したいと願っている。
 一人で祈りつつ、広く戦争の真実に触れていただく機会も作り続けたい。
 何としても不戦日本を続けたい。




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2014
10.12

この世で生きた証(アカシ)に一代墓(イチダイボ)を建てませんか

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〈遠くに見えるのは笹倉山です〉

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〈第一期募集は30基分のみです〉

 最近増えたご年配の方々からの人生相談です。
「自分一代になりそうですが、これまでのお墓をどうすればよいものでしょうか?」
「子供は遠くに住んでおり、故郷へ帰っては来ません。お墓を建てたい気持はあるのですが、後のことを考えると……」
 お墓のある方の多くは、ご自宅の近くへ移してご供養を続けられたり、共同墓へ改葬したりされます。
 また、新たなお墓を考えている方の多くは、共同墓や自然墓を契約されたりします。
 もちろん、当山は〈後継者の有無〉を建墓の条件にしていないので、「それなら」と、墓石屋さんとデザインの検討に入る方もおられます。

 さて、当山が書いたブログ「『墓が捨てられる ~無縁化の先に何が~』について ―『墓じまい』を考える―」は、膨大な方々に読んでいただきました。
 今回の稿はその続編です。
 ブログの基となったクローズアップ現代は、〈墓が放置される〉〈墓はいらない〉、といった内容だけで構成され、〈それでもお墓が欲しい〉という現実にある希望や苦悩について等閑(トウカン)に付されていたことは見捨てておけません。

 托鉢時代を思い出しました。
 一軒、一軒と訪ね歩き、生かされていた頃、皆さんからよくお聴かせいただきました。
「独り暮らしでお墓もないけど、自分の死後はどうなるんでしょうか?」
「お寺からいきなり何十万もお布施の依頼が来ます。子供たちには同じ苦労をかけたくないので悩んでいます」
「私たち夫婦だけでひっそりと生きてきたから、二人して並んで眠れる場所があれば嬉しいのですが」
 こうしたお声を受け、新しく開山した当山は墓地の造成と共に、まったく無縁となる方々用の共同墓「五輪の塔」と、普通のお墓のように俗名や戒名を表札形で貼り出す共同墓法楽の礎」を造りました。
 いずれもが、皆さんの願いと当山の理想に共鳴する方々の大変なお力添えによって出来上がりました。
 大規模霊園の開発が全国的に行われている最中のできごとです。

 10月8日のNHKテレビは、評論家などの言葉も交えて一つの方向へ向かう潮流を示しましたが、私の心へは、むしろ、世間の流れに括りきれない方々の存在を強く意識させました。
 跡継ぎはないけれど、自分、あるいは夫婦が生きた証としてお墓を建てたいと願う方々です。
 そうした願いを胸に秘めておられる方々のために、一代墓(イチダイボ)も可能であるということを明示しておきます。
 たとえ一人でも、あるいは夫婦、親子、兄弟、そして友人同士でも可能です。
 当山ではこれまでに、何人もの方々が建墓し、安心と満足を得ておられます。
 詳しくはどうぞ、お問い合わせください。

 たまたま、今般、手狭になった駐車場を整備し、眠っていた墓地用地の活用ができるようになりました。
 遠く笹倉山を望み、陽光の降りそそぐ平坦地です。
 一区画の永代使用料は25万円、年間管理料は5000円、間口5尺、奥行き6尺あるので、充分な広さです。
 入檀料や頭割りのお布施依頼はありません。
 資料をお送りしますので、ご請求ください。

 多様なあの世へのイメージが自由に育てられる日本であることに感謝します。







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「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
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2014
10.11

震災孤児のために開かれる佐藤達夫氏の遺作展 ─東北関東大震災・被災の記(第158回)─

201410110001.jpg

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市立大川小学校の近くで育った佐藤達夫氏の遺作展が開催されます。
 氏の〈原画〉を所有している方々が、欲しい方へ譲り、売上金の一部を東日本大震災に関連する孤児たちへ寄附するという企画です。
 対象はNPO法人「JETO みやぎ」が運営する「生命の物語」です。
 画はとてもユニークで温かく、一目見ればきっと「ああ、あれか」と思われることでしょう。
 子供と似た氏の曇りない目線を感じ、「生命の物語」へ手を差し伸べましょう。
 絵本やポストカードも展示即売されます。
 どうぞお立ち寄りください。

日時:10/23~28日 10:00~17:00
場所:アートキューヴ  仙台市青葉区中央2-11-13ユーメントビル3F
入場料:無
主宰:アールフランセ、さとうたつおを囲む会  
協力:アートキューヴ
連絡:有限会社 イースト・フォー ℡022-222-8721









「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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2014
10.10

苦しみを離れられますよう、楽しみを得られますよう、成仏されますよう

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 当山でよく唱える慈雲尊者(ジウンソンジャ)の願いです。

「いまだ苦しみを離れざる者には、願わくは苦しみを離れしめ、
 いまだ楽しみを得ざる者には、願わくは楽しみを得せしめ、
 いまだ菩提心(ボダイシン…悟りを求める心)を起こさざる者には、願わくは菩提心を起こさしめ、
 いまだ悪を断じ善を修せざる者には、願わくは悪を断じ善を修せしめ、
 いまだ成仏せざる者には、願わくは成仏せしめん」


 江戸時代の傑僧、慈雲尊者は生涯かけて「十善戒」を説きました。
 倫理意識をはっきりと持ち、「十善戒」に依って善いことと悪いこととを常に判別し、仏神に恥じない日々を送るが「人となる道」であるとわかりやすく明示しました。
 お釈迦様が説いた「苦を抜くには方法がある、それが十の戒めを守ることである」を柱にしたのです。
 こうした尊者が遺された上記の言葉に出会い、これこそが祈る者としての基礎的かつ普遍的、そしてご縁のどなたとも共有し得る包括的な祈願文であると確信し、用いるようになりました。

1 苦しんでいる人も生きものも見捨ててはおけません。
2 誰かが求めている楽しみを得られるよう、一緒に願わないではいられません。
3 より、まっとうに生きたいと願う心を持たない人には、本人のためにも周囲のためにも、早く目覚めて欲しいと祈らないではいられません。
4 悪しき行為に馴染み、善き行為のできない人には、早く悪行の恐ろしさと、善行の悦びを知っていただきたいと祈らないではいられません。
5 もしも未成仏の御霊がおられれば、あらゆる功徳を廻向(エコウ…廻し向ける)しても成仏していただきたいものです。

 5カ国語を自由にあやつり、世界のあちこちを歩いてきたAさんの言葉が忘れられません。
「夫はヒンズー教徒、妻はイスラム教徒という仲の良いカップルもいるのに、あちこちで殺し合いが続いています。
 ――人間は愚かなものです……」
 満月にかかった群雲を除くために、慈雲尊者の祈りを祈り続けたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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2014
10.10

増野繁治師が作った前机をお納めいただきました

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 この作品は、家具職人増野繁治師が平成26年秋の宮城県芸術祭へ出品した「前机」です。
 本来の使用目的は写経用とされています。
 横幅108、奥行40・5、高さ38・5センチメートルで総製です。

 はとても長持ちする樹木で、「私の作品は3000年後が楽しみなんです」と言われたのには驚きました。
 奈良の正倉院にある製の御物は、天皇や皇后が手にされた時点ですでに充分な長さのある歴史を持ち、それから現在まで1200年以上が経ってい ることを考えると、師の言葉も、もっともだと頷かせられます。
 を食べるカイコは人間へ驚異的に丈夫な絹糸をもたらしますが、樹木の持つ力がカイコに移り、吐き出すものが糸になるのは不思議なことです。
 
 天板の角近くに小さな窪みをつけたのは、無意識にその形へ触れるうちに、手が感触の具合を覚え、やがては触れることによって、存在の確かさや日 常生活上の馴染みといった安心感を感じるようになって欲しいからであると言われます。
 得も言われぬカーブは脚にもあり、眺めていると平安時代の作品ですと言われても納得できるような気がしてきます。

 また、天板の真ん中の板は、わざわざ、周囲を取り囲むものより薄くできています。
 そうした構造は平安時代も同じで、貴重な材料を必要な範囲にまで薄くし、なるべく多くの家具を作るための工夫であるそうです。
 固い樹木を上手に薄い板に切り分けるには当然、技術が必要です。
 本当は資源の大切さに気づいた今こそ、そうした技術が必要なのですが、どうしても厚いままのものが好まれ、技術の伝承はますます困難になりつつ あります。

 芸術祭用として特に誂えたこの作品は、ご希望の方へお譲りできるそうです。
 ご関心のある方は、師の工房『木香舎』様
(022-358-1141:info@mokkousya.com)へ直接お訊ねください。




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2014
10.09

「墓が捨てられる ~無縁化の先に何が~」について ―「墓じまい」を考える―

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共同墓法楽の礎』〉

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〈『自然墓』〉

 10月8日の「NHK クローズアップ現代」は「墓が捨てられる ~無縁化の先に何が~」を放映しました。

 都市部だけではなく、全国的に「自分の代で先祖代々の墓を処分し納骨堂などに移す“墓じまい”を行うケースが増えている」のが現実です。
 確かに、当山の共同墓法楽の礎』及び『自然墓』への利用申込みが相継いでおり、その中には〈墓じまい〉も少なからず含まれています。
 ご先祖様、あるいは親、あるいは兄弟姉妹や子供、あるいは自分たち夫婦や自分自身のお墓をどうするかという問題を抱えてご来山される方々は、皆さん、とても真剣です。
 そして、膝詰めで対話を行っているうちに、ご来山される前に抱いてきた皆さんなりの計画が揺らぐ場合もあり、決心が固まる場合もありますが、ほとんどの方々は、その場で最終的な方向性をほぼ、定められるようです。
 悼み、供養する現場の空気に触れ、悼み、供養することにかけている生身(ナマミ)の人間から真実に触れる生(マナ)の言葉を聴き、疑問や悩みをぶつけることによって最後のモヤモヤが吹っ切れるのではないでしょうか?
 そもそも、当山を訪れる方々の多くは、お骨の問題を、単なる〈処理〉や〈処置〉と考えてはおられません。
 あるいは、どうしようと漠然たる思いで人生相談を申込み、対話の中で〈処理〉や〈処置〉が本質ではないことに気づかれます。
 
 当山はまっさらなカンバスとなり、皆さんの心をまず、描いていただきます。
 描く材料や描き方についてご希望や必要性があれば、プロとして材料も方法も提供します。
 いかなる画ができあがるかは、心が千差万別であるように、千差万別です。
 どなたもが、おずおずと描き始め、最後は空の色を塗るなり、雲の形を整えるなり、家の隈取りをするなり、髪の形を決めるなりして筆を置かれます。
 その過程において、多くの方々が、これまでは知らなかった色を発見し、知らなかった描き方を会得します。
 それは、寺院はどなたもがそれぞれの画を描くために解放されている〈専門の場〉であり、日常生活での損得や効率や好き嫌いを離れた空気が満ち、その場で、場を守るために生きている人間と接するからであろうと考えています。

 そもそも、死をどうするか、死者をどうするかという問題は、日常生活を動かす損得や効率や好き嫌いといった要素で済まされるものではありません。
 人間が人間であるゆえんの魂、霊性、そして人間としての尊厳にかかわっているからです。
 一つだけ、お考えいただきたい具体的な材料を書いておきましょう。
 太平洋戦争の激戦地でご遺骨を発見した渡邉拓氏は、ご英霊が所属していた軍関係者を訪ね、ご遺族を探し、そして寺院巡りを重ね、さまざまな努力をし尽くした末に当山へご来山し、同志と共に供養会を行い、最後はご自身の墓地へ合葬されました。

 さて、この稿では、番組が提示した諸問題に対し、敢えて見解を出さずにおきます。
 それは何よりも、皆さんが自由に、真剣に描き始めることが大切であり、おこがましい出しゃばりはできないからです。
 ポイントのみを整理しておきます。
 お役に立てればありがたいことです。

○お骨は「処理」「処置」といった観点から考えるだけでよいのだろうか?
○死者を悼む、供養する、あるいは死者と向き合うとはどういうことだろうか?
○〈家族〉が小さくなり、〈親〉から離れ、一人で生きているからといって、いのちと心を自分までずっとつないでくれた〈ご先祖様〉があたかも無いかのような気持で暮らすことは、人間として大丈夫だろうか?
○モノとしてのお骨をどうするか、それは、まごころとしての感謝や悼みをどうするかということと分けて考えられるものだろうか?
○自分の力ではどうしようもない自分の〈死後のありよう〉を思案する中で、自分の死後、実際に手をかけ、悼み、供養する人の本当の気持や考え方をどの程度、考慮しているだろうか?

 なお、当山の法務は午前9時~12時、午後1時~5時となっております。
 完全予約制であり、必ず日時をお約束の上、おでかけください。
 共同墓法楽の礎』も『自然墓』も参拝・見学はオープンなので、いつでもおでかけください。
 また、資料はいつでもお送りしますので、どうぞ、ご遠慮なくお電話(022ー346ー2106)なり、メール(ryuuchi@hourakuji.net)なりをしてください。
 人生の大事を真剣にお考えの皆々様へみ仏とご先祖様のご加護がありますよう。合掌




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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
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2014
10.08

ブログ「公開Q&A(その8)僧侶はお納骨や開眼供養で何を考えているの?

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 ブログ「公開Q&A(その7)僧侶はお葬式で何を考えているの?(その5 繰り上げ法要にて)」についてメールをいただきました。
「次は納骨ですね?」
 確かにそうです。
 では、お納骨はどんな気持で行っているのか、ありのままに述べさせていただきます。

 お納骨には二種類あります。
 一つは、個別の墓地におけるもの、もう一つは共同墓におけるものです。

○個別の墓地におけるもの

 出来上がったお墓は、まだ、住み手のいない〈あの世の家〉です。
 何もしないうちは、単なる墓石というモノです。
 さて、お納骨をする、つまり、家として使うためには作法があります。
 それが古来、開眼(カイゲン)と呼ばれている修法です。
 俗に言う魂入れをして初めて、組み立てられた墓石は聖なる場となり、そこに納められたお骨を縁として憩う御霊は、仏神のご加護で安心の世界へ向かうことができます。
 手順はおおむね、以下のとおりです。

1  礼拝します。

2  行者である導師は護身法(ゴシンポウ)を結び、すべてを清めます。
 まず、法を結ぶ自分を清め、固め、周囲にある目に見えるものも、見えないものもすべて清めます。
 もちろん、お墓も清めます。

3  ご挨拶の声明(ショウミョウ)を唱えます。
 東西南北と中央をご守護くださる守本尊様をお讃えする声明という唄うようなお経を唱えます。 

4  結界を張ります。
 次に、八方天地、十方世界の守本尊様方へ祈り、ご守護いただくために結界を張ります。
 守本尊法によって結界を行っている時は、それぞれの守本尊様に応じた真言を唱え、気合と共に九字を切るので、皆さん緊張されるようです。
 もちろん、修法中は一旦、法を解かない限りどなたとも口をきくことはあり得ないので、後をふり返りませんが、子供たちの私語などがピタッと止まり、周囲の空気も一変します。

5  墓石魂入れの法を結び、仏神のご加護を受けて守られる聖地の主柱とします。
 この法を結ぶことによって初めて墓石に聖性が宿り、墓所は聖地となります。

6  ご供養します。
 次に、ご守護くださる守本尊様方と納められた御霊を、真言や経文によってご供養します。
 気配が徐々にゆったりし、皆さんの安心も広がって行くように感じられます。

7  お線香を捧げていただきます。
 次に、法を解いてから「お線香を捧げてください」と声をかけ、石屋さんが点したお線香を皆さん交代で捧げていただきます。
 ここは皆さんにとって、とても大切な場面です。
 きちんとみ仏にお守りいただいた聖地へ納めたという実感と共にお線香を捧げれば、大切な一区切りとなります。
 皆さんのお心に大きな区切が生じておられると感じるのは、まず、枕経が終わり、導師によるみ仏の結界に加え自分たちの心で、故人に引導が渡されるまで守る決意を固めた時。
 お通夜で戒名を目にし、説明を受け、み仏の別世界へ旅立つ存在になったと確信した時。
 お柩へ釘を打つ時。
 斎場で火葬炉へ送る時。
 白いお骨を目にした時。
 引導が渡された時。
 一連の法事が済み、自分の家で、あらためてお位牌へ手を合わせた時。
 そして、お骨を埋葬し、お線香を捧げた時。
 皆さんからも、ほぼ同様のお話をお聴かせいただいています。

8  永遠にご守護くださるすべての仏神へ感謝を捧げます。

9  修法の主尊となってくださった不動明王をお讃えします。

10 供養の功徳(クドク)が遍く生きとし生けるもののためになるよう祈ります。

11 墓所の結界は解きませんが、修法の場の結界は解きます。

12 礼拝します。

 参加された方々のほとんどが一様に、納骨はこういうふうに行われるのかと驚かれます。
 ただ、お経を〈読む〉だけではないのです。
 時空を超えて伝えられた修法には人智を超えたものがあり、〈現場〉で体験していただくしかありません。
 最近はまたもや、「あれも要らない」「これも要らない」といった風潮が流れ、「あれ」や「これ」はそもそも何なのかという真実が、全身全霊をかけて修法する当事者から語られることのないままに、そして正確な情報として知られないままに脇へ置かれ、亡き人を送るという厳粛な行為が安易な方向へと傾いているのではないかと危惧しています。
 東日本大震災で立ち止まり、あの世をあらためて感じ、仏法にすがり祈ったはずの私たちはもう、〈あれ以前〉のところへ戻ってしまったのでしょうか?

 ○共同墓などにおけるもの

 もう聖地としてご守護をいただいているので、ご供養し、お線香を捧げていただくのが、主たる流れとなります。
 共同墓『法楽の礎』、『自然墓』共に、祈りと共にお納骨を済ませると、どなたも心からホッとされるようで、心からありがたいと感じます。

 以上で、ご葬儀に関するQ&Aを終えます。
 もしも「これもどうでしょうか?」と思われる方はどうぞ、ryuuchi@hourakuji.netへご質問ください。
 きっと、すぐにはお応えできませんので、悪しからず……。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
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「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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