日本の歌 59 ―チューリップ―
チューリップ
作詞:近藤宮子 作曲:井上武士 昭和7年文部省唱歌として発表
極めて単純な歌詞と曲だが、群を抜いた独自性がある。
一番では、「赤い!」「白い!」「黄色い!」「ああ、きれいだな」と、色の鮮やかさに目を奪われ、心の窓が開け放たれている。
二番では、揺れている様子を笑っていると感じ、「ああ、可愛いな」と、情が流れ出している。
三判では、潤った心に、花と虫の遊ぶ世界が映り、自分もその仲間に加わっている。
この素直さは、技術からは出てこない。
作詞者近藤宮子は、父親が国文学者、母親が音楽教師という家庭で育った専業主婦である。
夫は東京音楽学校(後の東京芸術大学音楽学部)講師・国文学者。
宮子は、たった1ヶ月の間に「オウマ」「こいのぼり」など10編を作歌し、すべてが幼稚園唱歌として採用された。
生まれと育ちの因縁を想う。
当時はこうした歌が無名著作物として公表されることが多く、1940年代後半になると日本音楽著作権協会の活動とあいまって作者が名乗り出る風潮となったが、宮子は黙していた。
1960年代に著作権の改正問題がクローズアップされ、他人が作詞者を名乗って登録した。
やがて真の作詞者が近藤宮子ではないかとの記事が新聞に掲載されるに至って、宮子はついに重い腰を上げ、裁判となった。
1983年。76歳だった。
1993年、勝訴し、名曲は出自が確定した。
こうした成り行きがあっても、歌の持つ清らかさ、豊かな潤い、無邪気さは、いささかも損なわれない。
回るミラーボールは、観客の目に見えない裏側でも同じように光っている。
横変死(オウヘンシ…不慮の事故や事件や災難などで亡くなること)した御霊を導く観音様は十一面観音である。
今日も、悲喜こもごもと起こる人の世のどこかで、児童たちは目を輝かせながらこの歌を唄っていることだろう。
作詞:近藤宮子 作曲:井上武士 昭和7年文部省唱歌として発表
この歌を唄っている児童は、どの子も可愛さ全開といった表情になる。1 さいた さいた チューリップの花が
ならんだ ならんだ あか しろ きいろ
どの花見ても きれいだな
2 ゆれる ゆれる チューリップの花が
風にゆれて にこにこ 笑う
どの花見ても かわいいな
3 風にゆれる チューリップの花に
とぶよ とぶよ ちょうちょが とぶよ
ちょうちょと花と 遊んでる
極めて単純な歌詞と曲だが、群を抜いた独自性がある。
一番では、「赤い!」「白い!」「黄色い!」「ああ、きれいだな」と、色の鮮やかさに目を奪われ、心の窓が開け放たれている。
二番では、揺れている様子を笑っていると感じ、「ああ、可愛いな」と、情が流れ出している。
三判では、潤った心に、花と虫の遊ぶ世界が映り、自分もその仲間に加わっている。
この素直さは、技術からは出てこない。
作詞者近藤宮子は、父親が国文学者、母親が音楽教師という家庭で育った専業主婦である。
夫は東京音楽学校(後の東京芸術大学音楽学部)講師・国文学者。
宮子は、たった1ヶ月の間に「オウマ」「こいのぼり」など10編を作歌し、すべてが幼稚園唱歌として採用された。
生まれと育ちの因縁を想う。
当時はこうした歌が無名著作物として公表されることが多く、1940年代後半になると日本音楽著作権協会の活動とあいまって作者が名乗り出る風潮となったが、宮子は黙していた。
1960年代に著作権の改正問題がクローズアップされ、他人が作詞者を名乗って登録した。
やがて真の作詞者が近藤宮子ではないかとの記事が新聞に掲載されるに至って、宮子はついに重い腰を上げ、裁判となった。
1983年。76歳だった。
1993年、勝訴し、名曲は出自が確定した。
こうした成り行きがあっても、歌の持つ清らかさ、豊かな潤い、無邪気さは、いささかも損なわれない。
回るミラーボールは、観客の目に見えない裏側でも同じように光っている。
横変死(オウヘンシ…不慮の事故や事件や災難などで亡くなること)した御霊を導く観音様は十一面観音である。
今日も、悲喜こもごもと起こる人の世のどこかで、児童たちは目を輝かせながらこの歌を唄っていることだろう。


