宮床開運守本尊 大師山 法楽寺 〜法灯により法友とともに法楽に住せん〜

2008-08

想夫恋

平家物語』を読んでいて「峰の嵐か、松風か、たづぬる人の琴の音か」という文にぶつかり、息を呑みました。
黒田節』の二番と同じだったからです。
 そして、「楽はなんぞとききければ、夫を想うて恋ふとよむ、想夫恋といふ楽なり」とあったので、初めて歌の出典を知りました。

 ところで、「峰の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、駒をひかえて聞く程に、爪音(ツマオト)しるき想夫恋」は二番とばかり思いこんでいましたが、実は三番で、正しくはこうでした。
「皇御国(すめらみくに)の武士(もののふ)は、いかなる事をか勤むべし、ただ身に持てる真心を、君と親とに尽くすまで」
 この歌詞は、おそらく、戦後、封印されたのでしょう。
 終戦の後に生まれた世代の人びとは、あまり知らないのではないでしょうか。
 ちなみに四番もあります。
「君の晴着のお姿を、寿祝う鶴と亀、松竹梅のよろこびを、幾千代(いくちよ)までも祈るらん」
 想夫恋は源氏物語にも現れるモチーフであり、後に、吉田兼好が『徒然草』で指摘するところによると、そもそもは、中国の大臣が家に植えた蓮を「相府蓮(ソウフレン)」と称して愛でていたのが、読み方の連想から「想夫恋」になったそうです。

 こうした味のある動きは、『ゴンドラの歌』でも行われました。
 黒澤明監督の名作『生きる』のラストシーンで流れる歌は忘れられません。
「いのち短し恋せよ少女(おとめ) 朱(アカ)き唇褪ぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを」
 作家塩野七生氏は、この歌の歌詞がイタリアでは知らぬ人のいないほど有名な『バッカスの歌』に因って作られたと推理しました。
 酒の神バッカスの歌から『ゴンドラの歌』が生まれ、やがて死を目前にした年配男性の心境を表現するシーンを彩ったとは、唸らされてしまいます。
 『想夫恋』では、読み方から連想が起こり、『ゴンドラの歌』では、酒と命に通底する儚さから不思議なつながりが生まれました。
 私たちの持つ文化には、精妙な動きや流れや軽やかさや深みがあります。
 松尾芭蕉の一代をかけた句集『猿蓑』を読み返したくなりました。

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