宮床開運守本尊 大師山 法楽寺 〜法灯により法友とともに法楽に住せん〜

2008-09

8月の俳句

 8月は葉月です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

夏の月今日も同じく鍵を閉ず


 夜更けに外へ出てみると、ひんやりした夜気が心地よく、空には月がかかり、清涼な光を放っている。
 家の中にはまだ暑い空気がよどんでいる。
 いっそのこと戸を閉めず開け放っておきたいが、そうもゆかない。
「閉ず」には「……。」としたくなる心残りがある。

して浮世を厭ふにあらず


 暑さを凌ごうとをかけている。
 一見、バリケード風だが決してそうではない。
 形は拒否のようでも心には受容の準備がある。

高鳴いて山野の眠り解く郭公


 郭公の鳴き声はとてもよく通る。
「高鳴いて」には、音程の高さや声の大きさだけでなく強さがある。
 モズもシカも虫たちも高鳴く。

夏の胸のうつろを埋め尽す


 夏のには春の靄のような膨らみや優しさがない。
 モノに遮られない限り一分の隙なく遍満している空気と一緒に、目に見える世界へすっかり浸透している。
 在りながら虚無のようなそれは、胸中の虚ろな思いと同じだ。
 気づくと、内も外も、もう、無彩色だ。

梅雨蝶の小さく翔び交ふ細流れ


 小さな流れを挟んだ草むらのあたりを蝶々たちが飛んでいる。
 自分と一緒に、梅雨の晴れ間を楽しんでいるかのようだ。

光りては雷神孤独な恍惚境


 稲光に次いで雷鳴が轟く。
 あらゆるものを畏れさせる雷神は世界の王だ。
 しかし身を縮め息を潜めている者たちとの間には絶対的な断絶があり、いかに王の力を示し、それを確認して自ら大きく頷こうとも孤独である。
恍惚境」とは恐れ入ったとしか言いようがない。

あの世より引き戻されし昼寝覚


 夏の昼寝には独特の深さがある。
 愛猫のクロが長く伸びている姿を眺めると、よく解る。
 すっかり我を失い切っている時、あの世に行っているのと何の違いがあろうか。
 目覚めの「ああ、戻ってきた」という感覚が「引き戻されし」となった。

右脳のみ覚めて風鈴聞いてをり

 風鈴の音がチリリーンと響き渡り、全神経が耳に集まって次の音を待っている。
 又、鳴る。
 今、言葉は要らない。左脳はお休みだ。
 

朝曇り今日も暑いと土鳩鳴く


 土鳩の声はどこかヤボ臭い。
 そもそも、伝書鳩などとして飼われていた彼らは、人間界で生きる。
 曇り空の下、眠りを破る野太い声は、すでに暑さを先取りしている。
 

夏の白くて詩心見失ふ


 見事なほど真っ白な
 あらゆるものの形も色もぼんやりし、感性ははたらかない。
 迷子になったようだ。

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