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2012
10.27

吉田松陰と仏教の学び方

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 産経新聞に連載されている『紅と白』の第25回へ何気なく目をやり、思わず短い5行を三たび読み直しました。
 そして、当山の理想が松下村塾に通じているのではないかと言ったAさんのきりっとした口元が思い出され、ようやくその胸の内が理解できました。

「かならず松陰が『ではこの教えは現代(いま)にたとえるとこういうことになります』、また『この時勢にこの主張を実践するにはこうすべきではないでしょうか』といったぐあいの解説や問題提起をおこない、塾生とともに討論して理解をふかめ、現実問題の解決策をも探求した。」


 真理に気づいたお釈迦様がそれを説かれたのは2500年前、それから現在までの間に無数の経典が編まれました。
 いずれも真理を解き明かすものではありますが、あくまでも人間の営みに立脚する思想を根底とする仏教は、フォントを転換するように、学ぶ人間が、自分の生きている時代と環境に合わせて柔軟に理解する姿勢があってこそ、真の救いとなり得ます。
 それを促すところにこそ、仏教が時代を超えて〈万人を救う〉可能性があります。
 もちろん吉田松陰の思想は仏教ではありませんが、冒頭の文章は、思想が生きるためにはどうあらねばならないかというポイントをついており、はからずも、お告げの宗教でない仏教を学ぶ者への鋭い戒めになっています。
 もしも、経典にこう書いてあるからといって、無条件にその通りでなければならないとするならば、万物流転の現実にあって自分も変化しながら生きる人間を架空の空間へ閉じ込めることになってしまいましょう。

 お釈迦様が一人娘を失って嘆き苦しみから抜けられない母親キサーゴータミーを救われた話を考えてみます。
 お釈迦様は、お釈迦様の超能力で亡くなった娘を生き返らせてくださいと頼むキサーゴータミーへこう約束されました。
「貴女を救いましょう。
 そのために、貴女は一人も死者を出したことのない家から芥子の実をもらってきなさい」
 キサーゴータミーは夢中で村中を歩きますが、ご先祖様を亡くしていない家がないのはもちろん、あちこちにさまざまな形で家族を失った家があります。
 とうとう空手でお釈迦様のもとへ戻ったキサーゴータミーへお釈迦様はようやく、無常の理を説かれます。
 現実に目を向け、心を開いたキサーゴータミーの心の深いところへ届いた教えは約束通りに救いをもたらしました。
 道理から外れた勝手な考えや望みが苦の原因であることを悟ったキサーゴータミーは救われたのです。
 お釈迦様は慈悲と智慧できっかけを与え、あとはキサーゴータミー自身が涙と汗と智慧で自らを救ったところにこそ、慈悲と智慧、そして因果応報の理に立った仏教のありようが明らかになっています。

 万物が無常であるのは当然、お釈迦様の時代も今もまったく変わらない真理ですが、無常の顕れ方も、それがスッと腑に落ちるための方法も、当時と今と同じというわけにはゆきません。
 何に無常を観るか、どうやって無常がもたらす悲哀や苦悩から脱するか、〈現代にたとえ〉〈実践する〉具体的な道を探す智慧が求められています。
 それは過去も現在も未来も変わりません。
 心して学び、心して実践し、心して語りたいものです。
 Aさん、ありがとうございました。
 これからもご縁の方々と共に精進します。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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