この世で『三途(サンヅ)の川』を渡りましょう ―1200年―
21日から昨日まで、のべ75名の善男善女が『守本尊道場』建立予定地において尽力され、おかげさまにて、堀は8割方まで、できあがりました。
昨日は、友人からこの計画を教えられてインターネットで内容を確認した女性Oさんがかけつけられました。
数々の病を抱えられながらも気力を発揮して奉仕活動に励むTさんと、首と肩の故障から居合を始められたところ快癒してしまったEさんも参加され、4名での作業となりました。
女性が堀の上から石を送り、下にいる男性が積むという理想的な形で作業はかなり進みました。
皆さん、すっかりコツを会得されたようで、できばえもプロ顔負けといったなかなかのものです。
一切の予定を入れなかった私は、15トン分の石をブルトーザーへ手積みし、夕刻にはきれいさっぱり現場へ運び終えました。
男女の共同作業はバランスも雰囲気も良いものです。
男性だけではストイックになって無理をしがちだし、女性だけでの力仕事は気の毒で見ていられません。
無言のうちにいたわり合いながらことを進めるのは、実行する人も、目にする人も嬉しいものです。
まして、こうした奉仕活動ですから、真剣ではあっても気持のどこかに暖かく柔らかなものをもって行い、身体にも心にも爽快さをまとってお帰りいただきたいと願っています。
その点では、21日の作業はどこか決死の行動といった雰囲気があったような気がして、参加された方々へ申し訳なかったという思いがあります。
疲れが溜まらないうちに休憩をとり、元気でまた行い、無理のかかる前に、その方なりに切り上げてお帰りになっていただくべきところを、現場にほとんどいられなかったばかりに、皆さんへすっかり無理をかけてしまいました。
この場から、お詫びを申し上げておきます。
さて、今年は、お大師様が唐から密教のすべてを持ち帰られてちょうど1200年目に当たります。暦が20回廻りました。
お大師様のまとめれた真言密教には二つの柱があります。
一つは「即身成仏」であり、一つは「マンダラ」です。
即身成仏は、「この身に即してみ仏に成る」ことですが、それは、「人間は本来み仏の子であり、身・口・意を正しく統一させることによってみ仏そのものであることに気づく」のが深意です。
それは、生きながらにして三途の川(迷いの川)を渡ることに他なりません。
この世でさんざん「やらかしておいて」死んでから無事、川を渡って極楽へ行けるようにと願うのは本来の仏法がめざすところではなく、人を堕落させる考え方です。
仏法は、何よりもこの世で、さらに言うならばたった今ここで迷いを脱しようとするものです。
釈尊が身をもって示された「迷いを脱した人間」になる方法が2500年にわたって研究され、今生きている私たちはその成果を受け継いでいます。
やらずにいられましょうか。
仏法に導かれてこの堀を渡るのはその方法の一つであり、「即身成仏」の場がもうすぐできあがろうとしています。
来る6月15日はお大師様ご生誕の日です。
1200年という区切の年のめでたい日までに完成させることができれば、こんなにありがたいことはありません。
今日から明日にかけ、法務の合間をぬって残りの20トンを現場に運び込み15日をめざす覚悟でおりますので、時間と体力の許す方は、たとえ10分でもご助力を賜りたいと願っております。
あらゆるものがみ仏の光明を放つマンダラはどこにあるか―――。
言うまでもなく、一人一人の心の中にあります。
『守本尊道場』が完成すれば、それをはっきりと目にもでき、仏法の存在を体験していただけます。
三途の川の完成は、その第一歩なのです。
昨日は、友人からこの計画を教えられてインターネットで内容を確認した女性Oさんがかけつけられました。
数々の病を抱えられながらも気力を発揮して奉仕活動に励むTさんと、首と肩の故障から居合を始められたところ快癒してしまったEさんも参加され、4名での作業となりました。
女性が堀の上から石を送り、下にいる男性が積むという理想的な形で作業はかなり進みました。
皆さん、すっかりコツを会得されたようで、できばえもプロ顔負けといったなかなかのものです。
一切の予定を入れなかった私は、15トン分の石をブルトーザーへ手積みし、夕刻にはきれいさっぱり現場へ運び終えました。
男女の共同作業はバランスも雰囲気も良いものです。
男性だけではストイックになって無理をしがちだし、女性だけでの力仕事は気の毒で見ていられません。
無言のうちにいたわり合いながらことを進めるのは、実行する人も、目にする人も嬉しいものです。
まして、こうした奉仕活動ですから、真剣ではあっても気持のどこかに暖かく柔らかなものをもって行い、身体にも心にも爽快さをまとってお帰りいただきたいと願っています。
その点では、21日の作業はどこか決死の行動といった雰囲気があったような気がして、参加された方々へ申し訳なかったという思いがあります。
疲れが溜まらないうちに休憩をとり、元気でまた行い、無理のかかる前に、その方なりに切り上げてお帰りになっていただくべきところを、現場にほとんどいられなかったばかりに、皆さんへすっかり無理をかけてしまいました。
この場から、お詫びを申し上げておきます。
さて、今年は、お大師様が唐から密教のすべてを持ち帰られてちょうど1200年目に当たります。暦が20回廻りました。
お大師様のまとめれた真言密教には二つの柱があります。
一つは「即身成仏」であり、一つは「マンダラ」です。
即身成仏は、「この身に即してみ仏に成る」ことですが、それは、「人間は本来み仏の子であり、身・口・意を正しく統一させることによってみ仏そのものであることに気づく」のが深意です。
それは、生きながらにして三途の川(迷いの川)を渡ることに他なりません。
この世でさんざん「やらかしておいて」死んでから無事、川を渡って極楽へ行けるようにと願うのは本来の仏法がめざすところではなく、人を堕落させる考え方です。
仏法は、何よりもこの世で、さらに言うならばたった今ここで迷いを脱しようとするものです。
釈尊が身をもって示された「迷いを脱した人間」になる方法が2500年にわたって研究され、今生きている私たちはその成果を受け継いでいます。
やらずにいられましょうか。
仏法に導かれてこの堀を渡るのはその方法の一つであり、「即身成仏」の場がもうすぐできあがろうとしています。
来る6月15日はお大師様ご生誕の日です。
1200年という区切の年のめでたい日までに完成させることができれば、こんなにありがたいことはありません。
今日から明日にかけ、法務の合間をぬって残りの20トンを現場に運び込み15日をめざす覚悟でおりますので、時間と体力の許す方は、たとえ10分でもご助力を賜りたいと願っております。
あらゆるものがみ仏の光明を放つマンダラはどこにあるか―――。
言うまでもなく、一人一人の心の中にあります。
『守本尊道場』が完成すれば、それをはっきりと目にもでき、仏法の存在を体験していただけます。
三途の川の完成は、その第一歩なのです。


