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2014
02.23

ネコやイヌと通じる世界 ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(7)─

20140223143.jpg
〈沖縄で見た花〉

 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ死の謎』を説く」である。

第二章 輪廻転生の法則

1 生命の輪(その1)

○輪廻とは、前世によって決まる次の生命のこと

輪廻転生について考えてみよう。
 輪廻転生の仕組みを理解することは容易なことではない。
 これはひじょうにユニークな発想の上に成り立った仏教思想である。
 輪廻とは、前世によって決定される次の生命、次々と引き継がれてゆく生きとし生けるものの生命のことである。」


 輪廻転生が仏教思想の根幹をなすものの一つであることは論を待たない。
 お釈迦様が説かれた言葉そのものにある程度近いとされている初期仏教の経典には、〈生まれ変わり〉を前提とした教えが随所に見られる。
 戦前まではよく読まれていたものに『法句経(ホックキョウ)』があり、当山はかつて、数年にわたってこの経典に特化した講座を開いていた。
 もっとも印象的な句の一つに斧の譬えがある。

「人は生まれながらにして、口中に斧を持っているようなものである。
 自他を斬るのは、その悪言による」


 お釈迦様がこのように説かれたのには因縁の物語がある。

 一匹の牛が、王と、飼い主と、肉屋でその頭を買った人の三人を殺したことがあった。
 この変事を恐れたある王が、お釈迦様を訪ね、「いかなることか?」と問われた。
 お釈迦様は答えられた。
「昔、三人の男たちが、一人で宿を経営していた老婆に、まだ支払っていない宿賃を払ったと強弁し、踏み倒した。
 悔しさのあまり、老婆は、幾度生まれ変わっても必ずお前たちを殺す、と、呪いの言葉を吐いた。
 その通りになったのである。
『粗暴な言葉を用い、高慢心から人を侮り蔑む。
 この悪行によって、妬みや怨みが生ずる。
 謙虚で、道理に従った言葉を用い、人を尊び敬え。
 煩悩を離れ、自他の悪を克服すれば、妬みや怨みは滅び去る。
 人は生まれながらにして、口中に斧を持っているようなものである。
 自他を斬るのは、その悪言による』」

 つまり、因果応報の糸は、時空を超えてつながっているということである。
 死ねばそれっきりではない。
 目に見えない何かが、真理を実現させている。
 真実とは、真理が顕れている現象である。
 それは、真理に依って観る眼にしか見られない。

「この思想自体は、チベット仏教や、古くからのいんどの思想、哲学を信じる人たちにとって、別段目新しいことではない。
 しかしながら、チベットは、もちろんそこにはモンゴルなども含まれるのだが、輪廻転生の受容に関して、他とは異なる仕組み、あるいは伝統を創設したと言えるだろう。」

「とはいえ、それは仏教哲学、あるいは仏教的なものの観点から見て、決して特別にユニークなものではない。
 誰にとっても充分に受け容れられるものであろう。」


 日本でも、廃仏毀釈を引き起こした近代化の歪みに影響されるまでは、生まれ変わり死に変わりは、武士にも農民にも「充分に受け容れられ」ていた。
 しかし、宗教者までが、科学によって証明できないものは排除するという風潮に毒されてしまい、仏教は、宗教としての核を失いつつある。
 その結果、〈こだわらず気楽に生きる〉あるいは〈これにすがれば大丈夫〉という程度の救いしかもたらさなくなり、思想的核を失った伝統仏教の寺院は、急速に、その存在意義を失いつつある。
 僧侶が、真理を求め続けないではいられない者、すなわち本来の一行者として生きるところにしか、日本仏教再興の道はないと思う。
 お釈迦様が説かれ、お大師様がお約束された輪廻転生を自分の頭で考え、修行を通じてこれは真理であるとつかみ取り、真理と真実をきちんと観られるところまで行こうと自分を追いつめつつ生きられるかどうか。
 お大師様が「人によって起こり、人によって滅ぶ」と説かれたことを肝に銘じておきたい。

○輪廻転生は、すべての生きとし生けるものに起こる

「さて、輪廻転生、生命の再生は特定の選ばれた者にだけ起こるわけではない。
 仏教的な観点から言えば、輪廻思想を受け容れるか受け容れないかにかかわらず、輪廻転生はすべての生きとし生けるものに、等しく起こることである。」

「生きとし生けるもの、それらはすべて一つの生命の後に次の生命を生きるというふうに、次々と生命を生き継いでいく。
 生命の輪は継続して回りつづける。」


 冒頭の『法句経』のとおりである。
 お釈迦様は繰り返し、人も牛も兎もさまざまに入れ替わりながら輪廻転生すると説かれた。
 人間が人間に生まれ変わるのはDNAに支配される物質世界の話である。
 心は脳によってつくられているのではなく、脳と密接な関係を持ちつつも、物質世界の原理とは異なる目に見えぬ世界の存在であり、DNAを超えてはたらく。
 飼い猫や、飼い犬と心が通じないと思いながら可愛がっておられる方はないだろう。
 通じるとは、通じさせる何ものかがある、言い換えれば、ネコやイヌと共有している世界があるということである。
 ダライ・ラマ法王に導かれ、この先へと進んでみたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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