ふたたびの市川雷蔵 ―光と影を宿した男―
以前、当山で市川雷蔵主演の『眠狂四郎』を鑑賞する会に参加されたSさんが、バックナンバーで最後の一冊を手に入れましたと、『知るを楽しむ』平成17年6/7月号を送ってこられました。向田邦子と市川雷蔵の特集です。
市川雷蔵については作家の村松友視氏が希有の俳優雷蔵について熱い文章を書いています。
彼は、20歳になるまでの間に何度も名前が変わるという運命を背負った雷蔵の特異なキャラクターについて以下のように述べます。
「負の札をその場その場で正の札へお色直しして使い捨てることなく、自分に与えられた色を、身につけたまま映画俳優という世界までたどりついた。
そこに、雷蔵の値打ち、挌というものがあるような気がするのだ」
「私は、スーパースターというものは、洋の東西を問わず、〈かげ〉が光って見えるという特徴を持っている存在だと思っている」
「市川雷蔵は自らの出自に始まる〈かげ〉を、無意識であるのか、才能的に自覚したあげくであるのか判断はできぬが、終生道連れとして生きていった。
〈かげ〉を自分から突き放すことをしなかったのだ。
雷蔵のこの潔さが、比類ない光となって人々を打ったのではなかろうか」
雷蔵は、親の不仲によって母の実家で生まれ、生後6か月から名門でない歌舞伎役者の養子となり、さらに20歳の時に、将来を嘱望する映画監督武智鉄二の口ききで名門市川寿海の養子になりました。
育ての母は泣いて反対したそうです。
その3年後に映画デビューして158本もの映画に出演し、肝臓ガンで37年の生涯を閉じました。
一番目の養母は雷蔵21歳、同じく一番目の養父は雷蔵24歳の時に他界しました。
30歳では二番目の養母を失っています。
また、病魔に冒され始めた32歳の頃に、第三者の手紙によって生母の生存を知り、会っています。
さて、今は何ごとにつけ明るいものが好まれ、望まれ、売れる時代です。
影、陰、翳を帯びたものは疎まれ、急いで脇へ追いやられます。
皆が笑いを求めてやみません。
しかし、その一方で、モノに光が当たれば必ず生じる影の部分は、明るさになじまないタイプの人々によってそのままの形で認められることなく、仮想世界をつくりつつあります。
さまざまなゲームや、偏執狂と紙一重のアニメキャラクターへの傾倒などです。
影を見て自分の姿を確認しつつ光を目ざせばまっとうに生きられるはずなのに、光から逃避しようとする心性は限りなく仮想世界へと傾斜して行き、バランスが大きく崩れれば人間関係を損ない、社会性を失い、挙げ句の果ては犯罪者にもなってしまいます。
子供や夫がバランスを損なっていますと人生相談に来られる方々の涙には、大切な人が目の前で生の現実を破壊するアリ地獄へ飲み込まれて行くのをどうしようもない悲しみと絶望が宿っており、胸を締め付けられる思いをする機会が増え続けています。
このアリ地獄こそが、現代文明のもたらす共業(グウゴウ)です。
その力は強大で、離れるタイミングを失ってしまうと、取りかえしのつかないことになるのに、どれだけの人々がその恐ろしさに気づいているのか、はなはだ疑問です。
こうした現実を前にする日々にあって、光を目ざしたいばかりに無理に〈かげ〉を消そうとしたり、あるいは自堕落に〈かげ〉に溺れてしまったりせずに、みごとに〈かげ〉と共存する姿を見せてくれた雷蔵の潔さは特筆にあたいします。
光だけの薄っぺらさや影だけの劣悪さは、いずれも釈尊が説かれた人の道『八正道』における「正見」と反対のものです。
現実に現われている真実を観て大道を歩むことなく、道の端へ走ろうとするのはいずれも逃げであり、人からまっとうさを失わせます。
前回の鑑賞会では眠狂四郎に表われていた高貴さを観ましたが、次回は市川雷蔵の潔さ、深さを観たいものです。
(もっとも、眠狂四郎シリーズ後期の作品では、村松友視氏の言うとおり役と俳優が一体化しており、観客には狂四郎という虚構と雷蔵という現実の区別はつかないことでしょう)
市川雷蔵については作家の村松友視氏が希有の俳優雷蔵について熱い文章を書いています。
彼は、20歳になるまでの間に何度も名前が変わるという運命を背負った雷蔵の特異なキャラクターについて以下のように述べます。
「負の札をその場その場で正の札へお色直しして使い捨てることなく、自分に与えられた色を、身につけたまま映画俳優という世界までたどりついた。
そこに、雷蔵の値打ち、挌というものがあるような気がするのだ」
「私は、スーパースターというものは、洋の東西を問わず、〈かげ〉が光って見えるという特徴を持っている存在だと思っている」
「市川雷蔵は自らの出自に始まる〈かげ〉を、無意識であるのか、才能的に自覚したあげくであるのか判断はできぬが、終生道連れとして生きていった。
〈かげ〉を自分から突き放すことをしなかったのだ。
雷蔵のこの潔さが、比類ない光となって人々を打ったのではなかろうか」
雷蔵は、親の不仲によって母の実家で生まれ、生後6か月から名門でない歌舞伎役者の養子となり、さらに20歳の時に、将来を嘱望する映画監督武智鉄二の口ききで名門市川寿海の養子になりました。
育ての母は泣いて反対したそうです。
その3年後に映画デビューして158本もの映画に出演し、肝臓ガンで37年の生涯を閉じました。
一番目の養母は雷蔵21歳、同じく一番目の養父は雷蔵24歳の時に他界しました。
30歳では二番目の養母を失っています。
また、病魔に冒され始めた32歳の頃に、第三者の手紙によって生母の生存を知り、会っています。
さて、今は何ごとにつけ明るいものが好まれ、望まれ、売れる時代です。
影、陰、翳を帯びたものは疎まれ、急いで脇へ追いやられます。
皆が笑いを求めてやみません。
しかし、その一方で、モノに光が当たれば必ず生じる影の部分は、明るさになじまないタイプの人々によってそのままの形で認められることなく、仮想世界をつくりつつあります。
さまざまなゲームや、偏執狂と紙一重のアニメキャラクターへの傾倒などです。
影を見て自分の姿を確認しつつ光を目ざせばまっとうに生きられるはずなのに、光から逃避しようとする心性は限りなく仮想世界へと傾斜して行き、バランスが大きく崩れれば人間関係を損ない、社会性を失い、挙げ句の果ては犯罪者にもなってしまいます。
子供や夫がバランスを損なっていますと人生相談に来られる方々の涙には、大切な人が目の前で生の現実を破壊するアリ地獄へ飲み込まれて行くのをどうしようもない悲しみと絶望が宿っており、胸を締め付けられる思いをする機会が増え続けています。
このアリ地獄こそが、現代文明のもたらす共業(グウゴウ)です。
その力は強大で、離れるタイミングを失ってしまうと、取りかえしのつかないことになるのに、どれだけの人々がその恐ろしさに気づいているのか、はなはだ疑問です。
こうした現実を前にする日々にあって、光を目ざしたいばかりに無理に〈かげ〉を消そうとしたり、あるいは自堕落に〈かげ〉に溺れてしまったりせずに、みごとに〈かげ〉と共存する姿を見せてくれた雷蔵の潔さは特筆にあたいします。
光だけの薄っぺらさや影だけの劣悪さは、いずれも釈尊が説かれた人の道『八正道』における「正見」と反対のものです。
現実に現われている真実を観て大道を歩むことなく、道の端へ走ろうとするのはいずれも逃げであり、人からまっとうさを失わせます。
前回の鑑賞会では眠狂四郎に表われていた高貴さを観ましたが、次回は市川雷蔵の潔さ、深さを観たいものです。
(もっとも、眠狂四郎シリーズ後期の作品では、村松友視氏の言うとおり役と俳優が一体化しており、観客には狂四郎という虚構と雷蔵という現実の区別はつかないことでしょう)


