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2014
03.30

うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花 ―4月と言えば桜―

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 今年も早、卯月(ウヅキ…4月)が来る。
 卯月の「卯」は卯の花であり、同時に、「産(ウ)む」、あるいは「初心(ウブ)」の「う」に通じ、廻る季節の初めをも意味する。
 私たちは季節が巡る感覚を大切にし、自然と共に生きる農業や漁業や林業に生きる人々だけでなく、誰しもが変化に応じた生活のしかたや人生設計を考えつつ文化を育んできた。

 まず、お正月には年があらたまり、文字どおり一年の始まりとなるので、ご先祖様へご供養し(この面は年々、忘れられてきている)、天地の神々へご挨拶をし、自分の一代守本尊様へ祈る。
 次に、四季の始まる立春には、その年にお守りくださる守本尊様へ祈り、試練の年回りには、厄払いを行って無事安全を期する。
 そして、春の到来が体感できる卯月には、学校も役所も企業も新しい一年のスタートを切る。
 この時期、私たちの嬉しい心を映すかのように咲くのが桜である。

 桜を詠んだ名句の中で、強い印象を覚えているのは若山牧水の一句である。

「うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花(ヤマザクラバナ)」(若山牧水


 山桜は日本に野生している桜であり、葉が出ると同時に花も咲く。
 その時期が個体によって異なるので、古来のお花見は、今のように慌ただしくなく、ゆったり楽しんだという。
 山桜の味わいについては、酒と花をこよなく愛おしんだ牧水自身が書いている。
「この花は花よりも葉の方が先に萌える。
 その葉の色は極めて潤沢な茜を含んで居る。
 そしてその葉のほぐれやうとするころにほんの一夜か一日で咲き開く花の色は近寄って見れば先づ殆ど純白だが、少し遠のいて眺めるとその純白の中に何とも言へぬ清らかな淡紅色を含んで居る。
 花のさかりは極めて短く、ほんの二日か三日で褪することなく散ってしまふ。
 散り始めたとなればそれこそ一寸の間をもおかないではらはらと次から次に散り次いで程なく若葉のしめやかな木となってしまふのである。」

 桜が散る前に、光景を閉じる人もいる。

「今死なば瞼(マブタ)がつつむ春の山」(齋籐玄


 死ぬとは瞑目であり、それは、現象世界の光景を映している目に瞼というシャッターが降りることである。
 瞼は自分の目を包むが、いのちの息吹に満ちた春の山を眺め、山と一体になっている俳人には、山が包まれることと同じである。
 死の予感の中でこれほど淡々と言葉を紡げるとは、驚嘆するしかない。

 当山の『自然墓』では、左右に山桜と高野槇を配した。
 左手前には梅である。
 笹倉山を借景に、この三本と右横の小さな薬師如来様へすべてを託した。
 ウグイスが鳴き始めたので、梅はもうすぐ咲く。
 山桜の葉と花が楽しみである。
 



 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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