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2014
04.15

思考の癖、言葉の共有について

20140415018.jpg

 「マイベストプロ宮城」主催で行われた昨夜のクリティカル・シンキング講座は大変参考になりました。
 毎日繰り返されている思考の癖を変えるには、反復訓練が必要であるというスタートのあたりから、仏法に似た発想だと感じ、ボコボコになってみようと考えました。
 どんどん発言し、案の定、ボコボコになりましたが、自分にも会場の皆さんにも役立つ見本ではあったようです。

 集団内で起こっている問題の解決策を考える際に、まず、言葉によって問題そのものの内容を共有するという方向性には、目を醒まさせられました。

 問題が解決できないで悩み、当山へ足を運ばれる方々は現場での万策が尽き果てておられます。
 自分の存在を大づかみにしなおしてに再び灯をともしたり、倒れた衝撃で持っているのを忘れていた杖に気づいたり、あるいは自分の知恵を過信している傾向を見直すといった当山における再出発の方法は、個別具体的な現場からポンと離れたみ仏の眼を持つやり方です。
 こうした方々が、もしも今回の講座を受けたなら、当山へ来られるまでもなく、現場で問題を解決できる確率が上がるだろうと思いました。

 たとえば、「中間管理職が風通しの悪い職場をどう変えるか?」という〈問い〉そのものをよく考え、浮かぶイメージを求められた時、私の第一感は「一人一人にとって真に生きがいを感じながら仕事のできる職場にするにはどうすればよいか」、そして第二番目が「を共有し続けるにはどうすればよいか」、次が「誰かが気づいた問題点を生かすにはどうすればよいか」というものでした。
 会場では第一番目についての発言は控えましたが、「生きがい」も「」も実に〈問題そのもの〉から遠い観念であり、もしも私のような人間が現場にいたなら、問題そのものから遊離しフワフワした役立たずでしかないかも知れません。

 こんな一夜によって、あらためて、瞑想のありようを考えさせられました。
 眼前にある問題そのものへフォーカスするのは、自分の呼吸数を数えつつ行ったりする瞑想の第一段階に似ています。
 講師の方は最後に重大な発言をされました。
「皆さんは、時間がたくさんあれば、共有できる言葉によって問題そのものをつかんだのでしょうが、短時間で結果を出せと急かされたために、自分の慣れがはたらき、意識があちこちへと飛びました。
 短時間でも、実際に共有されている言葉で語り合えるようにするのが訓練です」
 これは、瞑想の第一段階を短時間でクリアすることに似ています。
 現実的問題の多くは、まず、ここを基礎として処理される必要があります。
 講座の有用性を強く感じさせられると同時に、当山で6月から始める予定の瞑想講座もしっかりやって行こうと思いました。
 もちろん、当山の瞑想においては、次の段階として良き心へ溶け込む体験が本番です。

 現場での対応力があり、良き心も持って過ごせればありがたいことですね。
 私も、ときおり自分の〈思考の癖〉を客観視ししつつ、やって行こうと思っています。
 講師の「いかに共有されている言葉で語れているかをふり返りましょう。さもないと、言葉を用いる環境が変わった場合、通じなくなる可能性がありますよよ」という指摘は、労働環境が流動的な現代特有の大問題でしょう。
 しかし、そもそも、私たちの一生から〈言葉を用いる環境の変化〉は避けられないのです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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