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2014
04.25

性がもたらす愛と憎悪 ─「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」を読む(24)─

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 平成6年、ジャーナリスト大谷幸三氏は、インドのダラムサラにおいて、ダライ・ラマ法王への質問を数日間かけて行い、回答をまとめた。
 それがテキスト「ダライ・ラマ『死の謎』を説く」である。

第四章 と慈、そして

1 真実の

と憎しみ――コインの裏表である

「視点を限ってみよう。
 愛はどうか。」

欲をそのうちに秘めた愛は、けっして一定することがない。
 それは愛の対象の態度いかんによって、いかようにも変化する。
 そればかりではない。
 欲に導かれた場合、愛と憎悪はときとして同時に人の心の中に生まれ、育ってゆく。」

「ある状況のもとでは、愛と憎悪とは同じものの二つの呼び名ですらある。
 それはひとつのコインの表裏の関係を思えばいい。
 愛していると思っていた対象の、ほんのささやかな言葉ひとつ、ちょっとした振舞い、予感さえ、いともたやすく、そのコインを愛の表から憎悪の裏へとひっくり返してしまうものだ。
 性愛とはそうしたものだ。」


 人間は男性か女性であり、性は生きものの宿命として引力をもたらす。
 ほとんどは異性を引き寄せるが、同性へはたらく場合もある。
 いずれにせよ、性はいのちと共にあり、必ず対象を必要とする。
 そして、対象のありようが自分の性的感覚にとって〈快〉であれば愛情を感じ、〈不快〉であれば嫌悪感が起こり、〈無反応〉であれば無関心となる。
 煩悩(ボンノウ)の分類からすれば、それぞれ、好(コウ)・悪(オ)・平(ヘイ)となる。
 誰にでも起こる自分独自の分類であり、相手にまったく責任のない自分勝手な分類とも言える。

 私たちは快を感ずる相手へ近づきたくなり、不快な相手へは近づかず、もしくは遠ざかりたくなり、無反応な相手はいないに等しい。
 問題は、快を感じ、親近の手応えがあった後に起こる。
 相手も親近感を持ち続けていてくれれば最高だが、心は瞬間瞬間に変化し、見聞きする現象世界も瞬間瞬間に変化し、揺れ動かぬ感情はない。
 もし、相手の変化が気に入らなかったり、気に障ったり、疑念をもたらしたりすると、満足感を伴った愛情はたちまち土台に亀裂が入り、不安定になる。
 もしも土台が崩れれば愛情も裂け、愛情の風船は裏返り、憎悪が表面へ躍り出る。
 そのはたらきが激しくなれば忿怒暴力へとつながる。
 性を主役とする愛が育つ時、憎悪も必ず、裏側で育っている。
 ダライ・ラマ法王は、そのことを「コインの表裏」と説かれた。

 だからといって、性が主役となる愛を否定するわけには行かない。
 種の保存は生きものの存在に与えられた意味の一つであり、性はあらゆる文化へ最も精妙な香りをもたらし、この世にある彩りの光源もとなっている。
 問題は、性をどう生きるかにかかっている。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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