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2014
06.18

亡くなった仔猫の救いは……

201406090102.jpg

 観音様の裏で仔猫が3匹、生まれていた。
 白系統のフワフワした雌猫たちは、すぐに、もらい手がついた。
 いずれも、例祭などへ足を運ぶ常連の若い女性だった。

 2日後、急死したとの第一報が入り、訃報は3日後までに3本となった。
 原因は猫ウィルスだった。
 あれほど元気だったのに……。

 仔猫なのに3匹ともすぐにトイレを覚え、苦しくて吐く時までトイレへ行き、あたりを汚さなかった。
 蛇尾に付した飼い主立ちは考えた。
 供養してやろう、自分の家で。

 そして、ご本尊様をお招きすることにした。
 観音様にするのか、お地蔵様にするのか、自分の守本尊様にするのか、すぐには決められない。
 しかし、3人共、決心は揺るがない。

 申込みを受けた住職は、仔猫たちの過去世を想う。
 いかなる因縁がこうした運命と、飼い主への根源的な救いをもたらしたのだろう?
 観音様のそばで生まれ、見事に生きて死んだ猫たちも、ご本尊様をお祀りしようとしている飼い主たちも、そうなる原因があったはずだ。

 一軒づつお訪ねする托鉢でよくよく知ったが、私たちは、人が亡くなればお位牌を拝もうとする。
 それは当然として、あの世で御霊が救われるのは、救済者であるみ仏の〈おかげ〉である。
 それは、私たちがこの世に生まれ、生き、死に行く過程で、目に見える相手からも見えない相手からもたくさんの〈おかげ〉をいただくのと変わりない。
 だから、お位牌は、ご本尊様の近くに置かれねばならないが、ご本尊様がおられないただの箱である仏壇の真ん中にポツンとお位牌だけを置くご家庭が結構ある。
 淋しい。
 きっと、お位牌も。

 当山のペット供養は、「あなたは家族、あなたは友」という呼びかけから始まる。
 導き手としてお地蔵様へ祈ることもご説明申しあげる。
 悲しむ私たちがおすがりするのも、あの世へ旅立ったペットたちを導いてくださるのも、ご本尊様として立ち顕れるみ仏である。
 み仏は、各経典に明記されているとおり、私たちの願いに応じて、ある時はお地蔵様、ある時は観音様、また、ある時は守本尊様として感応の対象となってくださる。
 その総体であり根源でもある存在を大日如来様とお呼びする。

 今回のできごとは、栃木県矢板市の龍慧寺(リュウケイジ)で起こったとお聴かせいただいた。
 この世の幸せも、あの世の安心も、み仏のお導きがあればこそである。
 遙かな龍慧寺のお不動様と観音様を想う。
 



 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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