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2014
06.22

自分の心を省みて宿命を克服しよう ―7月の聖語─

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〈光明真言の迫力〉

 私たちは、人生を生きる過程で幾度も、〈ままならない状況〉に陥る。
 いつの間にか、誰かに憎まれ、怨まれている。
 自分も、ふとしたことで、誰かに対してそうなっている。
 我慢できないほど嫌な状況だが、憎悪の解消は簡単ではない。
 謝れば表面的には許してくれるかも知れないが、ともすれば、しこりが残る。
 何十年も経ってから「あの時の仕返しを受けた」としか思えないできごとにぶつかるのは、小説の話だけではない。
 私たちの心の中には、誰かに対する〈なくならないしこり〉が、埋もれ火のように残ってはいないだろうか?

 時として、それが発火し、小さな意地悪をする。
 周囲の人々はもちろん、相手すら気づかないかも知れない。
 でも、自分自身はごまかせない。
 ――あの時の怨みを晴らした。
 これは、本当に快なるできごとだろうか……。
 本望であるはずの嬉しさは、本ものだろうか?
 後味の悪さや、空虚な気持や、ましてや罪悪感などは、どうして起こるのだろう。
 自分が何か悪いことをしたのだろうか?
 
 これが怨憎会苦(オンゾウエク…怨み怨まれる者と会う苦しみ)であり、宿命の一つでもある。
 なかなかに、ままならない。

 お大師様は説かれた。

「この世と人間の人生には、どうにもままにならない状況に陥るという宿命がある。
 宿命から逃れられないという現実を〈我がこと〉として受けとめ、宿命の元を見極めなければ、自分の罪科が自分を地獄界や餓鬼界や畜生界などへ堕とす原因となることは、なかなか信じられないであろう」

 自分自身が、ままならなさを抱えた人生を生きていることを知ると、誰しもがそうであることもわかる。
 自分の死は都合良く訪れないし、愛着のあるものが意に反して去り、自分が相手から去ることをどうしようもない時もある。
 四苦八苦は避けられない。
 そして、ままならなさは、自分自身の心のありようと無関係ではあり得ないことを知る。

 こうして自分をよくよく省みると、悪行(アクギョウ)が罪となり、いつか必ず報いがやってくると気づく。
 この世の地獄も、きっとあの世の地獄も、私たちの罪報によってもたらされるものであると気づく。
 真の生き直しは、ここから始まる。
 あやまちを犯す私たちの心の本当の主人公は、小さな〈自分〉などではなく、海に浮かぶ氷山が海の水からなっているかりそめの存在であるように、心も、いのちも〈大海〉に連なっていると気づく。

 以下は、お大師様の原文である。

火宅(カタク)の八苦なることを覚らずして、いずくんぞ、罪報の三途(サンズ)なることを信ぜんや」


 火宅とは、煩悩(ボンノウ)の火を燃やしながら生きている私たちの生活である。
 そこには必ず、病気や死や別れや怨み怨まれるといった〈ままならない〉状態が生ずる。
 これが八つの苦しみである。
 自分自身の生き方が自他の苦に深く関わっているという事実をしっかり見つめれば、〈この先〉に待っている報いが恐ろしくなる。
 自分が堕ちて行く地獄・餓鬼・畜生という三つの途(ミチ…世界)を想像すれば、生き方を変えないではいられなくなることだろう。
 早く気づきたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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