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2014
07.11

ある告発状 ―岩手県におけるイジメの現場へ―

201407080018ajisai.jpg

 悪い遊びが流行っていると耳にしました。
 突然、ターゲットとなった男の子のズボンを下ろす、あるいはパンツも下ろすというものです.
 女の子もいる前でそうした行為が、遊び、もしくはイジメとして行われている状態は、学校内に極めて不健全な心が育っていることを示してはいないでしょうか。

 当然のことながら、こうした行為は相手の人格を無視した〈辱め〉であり、それは、約束を破るとか、嘘を言うといった、やむにやまれぬ場合もあり得ることとは次元が異なり、もしも肉体に置き換えれば、土足で頭を踏むことにも匹敵する恐ろしい悪行だと言えましょう。
 被害者は、恥ずかしさ、悔しさ、惨めさに打ちのめされ、やがて、強い怨みや怒りの炎が燃え上がり、とんでもない復讐が行われるかも知れません。
 また、そうした相手への感情ではなく、自信の喪失や相手への嫌悪感や恐怖感などによる行動の萎縮などによって、不登校など生活のしかたが激変し、一瞬の遊びイジメが一生を左右するできごとになってしまいかねません。

 自分を被害者へ置き換え、自分がパンツを下げられたならどうか、泥靴で頭を踏みつけられたならばどんな気持になるか、具体的に想像し考えさせていただきたい、加害者の子供だけでなく、子供たち全員に対して強くご指導くださるよう心から願っています。
 今のうちに、子供たちへ、人の人格を傷つけることの恐ろしさ、罪深さを感じとらせてください。

 こうしたことごとは、決して〈家庭任せ〉にはできません。
 なぜなら、家庭で善悪を指導されて正しく育った子供も当然、学校という社会で被害者になり得るからです。
 大人の社会とは違い、まだ判断力も責任能力も充分ではない子供たちが集まる学校は、法律で白黒を決め刑罰を加えることに先んじて指導が行われるべき場であり、被害者を出さない責任があるからです。

 子供としての体験からも、親としての体験からも、祖父としての体験からも、小学校では知識を与えることと並んで、あるいはそれ以上に、子供たちがまっとうな社会生活を送れる人間に育つよう、ものごとの善悪をきちんと教える心の基礎訓練が行われねばならないと思っています。
 なぜなら、学校こそが、子供たちにとって、真の意味で他者と交わる社会体験の場だからです。
 もちろん、家庭でのしつけがなっていなければ話になりませんが、子供たちは、家庭で身につけたことを学校という社会で実践し、確かめ、膨らませ、修正し、育ってゆきます。
 しかし、そこで、あまりにも不条理不幸なできごとに遭ってしまえば、家庭で積み上げてきたものが一気に崩れかねません。

 特定の子供たちに起こった不幸なできごとを、加害者と被害者の問題だけでなく、学校という社会で起こったできごとと捉えられれば、子供たちが等しくよき指導を受ける貴重なきっかけになることでしょう。
 また、加害者も、被害者も、罪悪や災難を、学校や社会という広い視野から考えるきっかけになることでしょう。
 ぜひとも、子供たちへ賢明なるご指導をたまわりますよう、祈っております。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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