--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014
11.02

世の中に小さく生れいとどなる ―コオロギとみ仏のお智慧―

201411020004.jpg

「世の中に小さく生れいとどなる」


 かつて、当山へお寄せいただいた俳人鈴木悦子氏の作品。

「いとど」はコオロギである。
 実に小さく生まれた生きものだが、焦茶色で敏捷な姿は一個の生きものとしての完全性に輝いている。
 羽をすり合わせる鳴き声にもしっかり三種類あるという。
 縄張りの主張、求愛、威嚇にあたっては、それぞれ、鳴き方が違う。
 こうした〈意志〉の表示は人間とそう、変わらない。
 無遠慮に侵入してくる者があれば、どんなにおとなしい人でも、「誰だ!」と誰何(スイカ)する。
 どうしても対決せねばならない事態になれば、無言であれ罵声であれ、威嚇する姿勢となる。
 そして、求愛にあたっての表現をどうするかは切実な問題だ。

 作者は、小さく生まれたからコオロギになった、と観ているならば、小さくなく生まれたから自分は人間になったと感じておられるのだろうか?
 どう生まれるかによってコオロギと人間は違うが、お互い別々に持っているいのちは、無限のいのちを共有しているとも感じられ、考えられる。
 このあたりにも輪廻思想の淵源があるのか?
 あるいは輪廻思想が〈共有〉と感じさせるのか?
 生まれ方の違いをもって〈別である〉と受けとめるか、生まれ方の違いがあればこそ〈共通している〉ものがあると受けとめるか。
 人生観の重大な分かれ道の一つである。
 
 み仏のお智慧の一面は平等性智(ビョウドウショウチ)である。
 生きとし生けるものを平等に観るお智慧から、分け隔てなく無限のお慈悲が流れ出る。
 また一面は妙観察智(ミョウカンザツチ)である。
 生きとし生けるものそれぞれの違いを観るお智慧から、千差万別の方便(ホウベン…最適な方法)がとられる。
 私たち凡夫もまた、み仏に学びたい。
 分け隔てなく思いやりを持ち、相手に応じて対応するすなおで柔軟な心を持ちたい。
 
 ありがとう、コオロギ




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。