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2014
11.11

あの世への贈りもの ―相互供養とお焚きあげ―

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〈夜中に出張から帰ったところ、タニシの親子が盛んに活動中でした〉

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〈タニシのクルクルダンス?〉

 お焚きあげを希望される方々は、さまざまな願いを込めて人形や写真や時計や指輪や仏像やお位牌などを送って来られます。
 その中に、「故人へ贈りものを届けたい」という願いのこもったものもあります。
 では、いったい、どうやってあの世へ届けるか?
 もちろん、モノ自体は届けられません。
 そもそも、死とは、あらゆるモノや肩書などから離れ、この世で積んだ善業(ゼンゴウ…未来に善き結果の出る影響力)と悪業(アクゴウ…未来に悪しき結果の出る影響力)のみを抱えて旅立つことだからです。
 届けられるのは、〈モノに託した心〉です。

 私たちが合掌して故人を想う時、電話のようにつながっていることを耳で確認できはしません。
 しかし、問いかけや、安心して欲しいなどの思いの吐露は、応えが返って来るかどうかと関わりなく自然に行われ、そうしたひとときは私たちの精神へ潤いを与えます。
 たとえ思いが感謝や喜びでなく、哀しみや辛さが伴うものであっても、魂はその人らしい色合いを深めます。
 色合いの深まりは、あの世からの贈りものではないでしょうか?
 私たちは、モノに託して目に見えぬ思いをあの世へ届ける時、いつしか知らぬ間に、故人からも目に見えぬ贈りものをいただいているのです。
 これを相互供養と言います。

 先にいただく相互供養もあります。
 なかなか解消できない壁にぶつかって悩んでいる時、ふと、思い出された経典の文章や、もう会えない聖僧方のひとことで、一気に心へ青空が広がったりします。
 ああ、贈りものをいただいた、供養していただいたと、強く感じます。
 ちなみに、当山で修法の最後にお唱えしている祈願文の一つは、江戸時代に活躍された慈雲尊者(ジウンソンジャ)が遺されたもので、文字をチラッと目にした瞬間に魂へ印字され、「ああ、慈雲様、ありがとうございます!」と感謝の涙が溢れました。

「いまだ苦しみを離れざる者には、願わくは苦しみを離れしめ、
 いまだ楽しみを得ざる者には、願わくは楽しみを得せしめ、
 いまだ菩提心(ボダイシン)を起こさざる者には、願わくは菩提心を起こさしめ、
 いまだ悪を断じ善を修せざる者には、願わくは悪を断じ善を修せしめ、
 いまだ成仏せざる者には、願わくは成仏せしめん」(一部、原文に手を加えてあります)


 毎日、唱えていると、修法後、こうしたご意見をくださる方もおられます。
「『いまだ成仏しない方々に成仏して欲しい』という言葉を聴いてハッとしました。
 なかなか決心がつかず、夫のお骨をずっと自宅へ置きましたが、どうぞ、お墓へ入れてください」
 贈りものに感謝し、経典を読み、ご本尊様や聖僧方へ感謝の祈りを捧げる毎日です。

 お互いがこの世とあの世と、住む世界を隔てていても、贈りものは確かに届きます。
 まごころの贈りものをしたい方は、どうぞ、お焚きあげをお申し出ください。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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