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2014
12.05

夢見の悪い高齢者のお話 ―健さん、文太さんの影響―

201412050001.jpg

 高倉健菅原文太が相継いで亡くなった今、還暦をとっくに過ぎた男性Aさんから、夢見についてのご相談がありました。

「このところ、巨大な滝の上に立って、滝壺を怖々(コワゴワ)見下ろしているような夢を見るようになりました。
 目を醒ますと、汗びっしょりになっていたりします。
 どういうことなんでしょうか?」

 怨霊が憑いたわけではなく、生活上の不安もありません。
 ただし、Aさんは高倉健の古いファンであり、菅原文太の講演が最近、突然キャンセルされたことを,、とても残念に思っておられました。
 やはり、自分の人生と深くかかわってきた人々の死去がこたえておられるのでしょう。
 
 人は死を厭い、生を望みます。
 心のどこかに他者の死と自分の死を切り離すはたらきがあり、無意識の裡に「自分は死なない」と思っているので、明日をあてにし、今日を生きられます。
 しかし、それは一種の自己防衛的な心理でしかなく、本当は、〈あの人の死〉は〈自分の死〉の明らかな予兆であり、〈明日〉どころか、〈一瞬後〉のいのちさえ何ら保証されたものではありません。
 さまざまな情報によって、次々と感覚が刺激され続ける覚醒の時間を離れて就寝している時、気づかされながら脇へ置いたままの真実が立ち上がり、不安となって象徴的光景を描いたのがAさんの夢なのでしょう。

 Aさんは家族思いであり、友情に篤いまっとうな方です。
 それだけに、死の〈切り放つ力〉に対する怖れも強いに違いありません。
 こんな時は、般若心経を読んだり、自分の守本尊様の真言を唱えたりするのも一法ですが、まず、行いたいのは、〈自分をかけられるもの〉を見つけることです。
 それも、誰か自分以外の人に喜びや幸せ感を与えられるものであれば最高です。
 何も、無理をして大げさなことを行うばかりが能ではありません。
 町内会で役割を果たすとか、道路のゴミ拾いを行うとか、あるいは、何かの被災地へ小さな手紙を添えて義援金を贈るといったことでも構いません。
 床に入り、天井を見上げる時、喜ぶ人々の顔を思い出したり、あるいは自分なりの満足感を確認したりしながら眠られるならば、滝壺の夢はきっと遠のくことでしょう。





 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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