--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015
02.14

過去が悔やまれて仕方がない時は? ―土木工事と真言―

201502140001.jpg
浄蓮花

 過去が悔やまれ、にうなされもするがどうしたらよいか、というご質問がありました。

 私たちは不完全な生きものです。
 常に、自分の耳目を用いて掴む限られた情報の中から、自分の能力や好き嫌いなどによって取捨選択したものを用いて判断し、行動しているので、後から〈過ち〉と判断せざるを得ないような行為をとってしまうことはやむを得ません。

 また、は一瞬も休むことなく変化し続けており、たとえば、昨日まで痩せ形の女性が好みだったのに、豊満な女性と親密になってからは、すっかり変わったなどということが起こるほどです。
 太平洋戦争、あるいはベトナム戦争などを挟んで思想や主張が180度変わった学者や評論家や文化人は山ほどいます。
 だから、確かに〈あの時はよかった〉はずのできごとが、〈なぜあんなことを行ったのか〉という後悔をもたらす場合があるのは、ある意味、当然と言うしかなく、むしろ、後悔をせず常に前向きなどという人は、若干、注意しておつき合いする必要があります。
 人生に起こる自他のマイナスをしっかり見つめるところからしか、の確かな成長はもたらされにくいからです。
 川村敏明医師は、を病んだ方々と共に考えてこそ「人間が生きることの本質が見えてくる」と言われ、日々、人生相談を行っている当山もまったく同感です。

 最新の土木技術は、コンクリートの擁壁を用いず、水平に踏み固めた地面へ先が90度以上反り返った鋼鉄の網を敷きつめ、反り返った高さの分だけまた土を盛って踏み固めて同じように網を敷くという工法を編みだし、垂直に近い崖が安全に造られるようになりました。
 この工事現場を眺め、の成長もこうしてもたらされるという強い実感を持ちました。
 もちろん、には瞬時の大転換もありますが、そのためには、自覚しないところできっと、デコボコをじわじわと踏み固める工事が行われていたはずです。

 こうしてはたらくを別ものにすることはできません。
 変化していればこそ、心はいつも新鮮でいられるからです。
 問題は、変化によって心が塞がったり迷路へ迷い込んだりしたままにならず、どうやって成長できるか、言い換えれば心の工事はどうすればきちんと行われるかということに尽きます。

 答の一つは、自分を省みるのと同じく、他者の心もよく観たり感じとったりすることです。
 それは現実の人間を相手にしても、小説や音楽などの芸術に接してもできます。
 そうすると、そこここに〈自分と同じような人々〉がいて、〈自分と同じような苦楽〉を生きている真実に目を瞠らされることでしょう。
 そのできごとは必ず心を楽にしてくれます。
 もう一つは、無心に真言や経文を唱えることです。
 それは知らぬ間に、落ちた穴から陽光の当たる平地へと引き上げてくれることでしょう。
 まず、うなされた時に、自分の守本尊様の真言を唱えるようをお勧めします。
 当山を訪れる善男善女が、そうしてあらたな歩みを初めておられます。
 ご加護を祈っています。合掌




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。