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2015
02.17

み仏の光を目ざして ―阿字観を実践し、他の喜びを自分の喜びとしよう―

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〈塩釜市在住の隠形流居合行者藁科昇氏が被災地を撮影しました〉

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 真言密教の行者は、お釈迦様が悟られた境地を目ざす方法の一つとして「阿字観(アジカン)」という瞑想法を行う。
 開祖弘法大師に次いで、興教大師(コウギョウダイシ)もまた、この瞑想法を探求された。
 そして、出家修行者だけでなく、在家の方々も即身成仏(ソクシンボウブツ)できる方法としての阿字観を説かれた。

 綜藝種智院大学教授北尾隆心師は、興教大師における阿字観の特徴について指摘する。

阿字観を修すれば、浅観(センカン)の者でも現身往生(ゲンシンオウジョウ)でき、深修(シンシュ)の人は即身成仏(ソクシンジョウブツ)できるということ。
 つまり、阿字観こそが即身成仏することのできる修行方法であるということ。」


 ここで説く「浅観の者」とは、それほど深い段階まで修行が進んでいない行者であり、「深修の人」とは修行を深めた行者である。
 また、「現身往生」とは、ご本尊様と一体になることであり、「即身成仏」とは、この身このままで、本来のみ仏に成り切ってしまうことである。
 この世で絶対の安心(アンジン)を得るこうした心の段階に至れば、死後も地獄へ堕ちないのは確かであり、師は「死んだら確実に極楽へ行ける」と説かれた。

 興教大師の教えである。

「但一念の心に、阿字を観じ候(ソウロウ)程、疾(ト)く仏に成り候事は無く候」

 
(ただただ一心に阿字観を実践することほど早く、み仏に成り切ってしまう方法はない)

 北尾隆心師の指摘である。

「阿字観はすべての人が、どのような状態においても行い得る観法であり、その中核は息に阿を観じることであるとしたこと。」


 阿字観を実践するうちに、自分の呼吸そのものが「阿」であると気づく。
 そうなれば、死に臨み、もしも心が千々に乱れようと、救われる。
 興教大師の教えである。

「死する時には、出づる息によせて阿と観ずるなり。
 若(モ)し最後の時に、悪業(アクゴウ)身をせめて、心を忘れて正念(ショウネン)を乱さむ時には、只(タダ)口を開いて、息を出入すべきなり。
 出入共に阿の字なり。
 阿字を唱うる功徳(クドク)、不思議なるが故に、妄念(モウネン)暫(シバラ)く息(ヤ)んで、正念に住するなり。」


(死にそうになった時は、吐く息に阿をイメージすればよい。
 もしも、今際〈イマワ〉の際〈キワ〉になり、悪しき業〈ゴウ〉をつんだ報いによって心が乱れ、正しい観想ができなくなったならば、とにかく、口を開いて息を出し入れすることに集中すばよい
 出る息も入る息もすべて阿の字以外のものではない。
 呼吸は阿字を唱えていることに他ならず、その不思議な功徳の力はやがて執着心を消し去り、乱れた心は阿字の世界へと収まってゆくことだろう)

 北尾隆心師の指摘である。

「阿字観を修すのは『衆生を利せんが為』であり、密教者の修行とはすべて利他のためであるということ。」


 密教の行者が修行する理由は菩薩(ボサツ)になるためであり、菩薩とは、利他にかける者である。
 利他を実践するための最高の方法は、慈悲と智慧を兼ね備えたみ仏に成ることである。
 だから、即身成仏を目ざす。
 それが達成されたならば、決して到着点へ至ったのではなく、ようやく真のスタートがきれる資格を得たのである。
 お釈迦様は、悟られたからこそ、救済の旅へ進まれた。

 弘法大師興教大師も、悟られたからこそ後代の者たちへ無限の救いをもたらし続けておられる。

 出家者も、在家も、阿字観を修行する場合は等しく、ある願いをもって瞑想へ入る。

「自他法界同利益(ジタホウカイドウリヤク)」


自分も、ありとあらゆる生きとし生けるものたちも、真実世界において、共に輝こう

 阿字観を行っている行者の吐く息には、阿字に象徴される大日如来の光が伴い、吸う息にも又、光が伴い、行者が大日如来になれば世界は光に満ちる。
 正統な真言密教の行者も、真剣に学ぼうとする在家の方々も、こうして修行を行っている。

 2月15日の河北新報に作家高村薫氏の「21世紀の空海」が掲載された。
 氏は元オウム真理教の元信者3人へ取材を行い、稿の最後に、彼等の神秘体験と弘法大師の体験は似たものであると断じた。
「高知県・室戸崎で『明星来影(みょうじょうらいえい)す』の圧倒的体験をした若き空海とオウム真理教たちの違いは、自身の体験を言語化せんとする宗教者としての強固な意志の有無だけだとも言える。」

 お大師様と同じく、この虚空蔵求聞持法(コクゾウグモンジホウ)を実践した小生としては、菩薩を目ざして成満(ジョウマン)した密教行者と、麻原の思いつきに指導されて神秘体験をしたオウム真理教の信者とが同じことを行い、同じような心理状態になったという判断にただただ、開いた口が塞がらないとしか言いようがない。
 小生は取材されなかったが、弘法大師真言密教を学び、ご縁の方々と共に日々、実践している現場の一行者として、2月16日、智山伝法院(東京都港区)において北尾隆心師より伝授された内容を元に、この稿を書いた。
 お釈迦様は説かれた。

「過ちを犯した者も、悔い改めてまっとうに生きれば、やがては世の中の灯ともなれる」


 これからも善男善女と共に祖師方の教えを至心に学び、すなおな心と柔軟な思考を何とか保ちつつ、小さな光の放てる者を目ざし、修行を進めたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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