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2015
04.14

弥勒菩薩(ミロクボサツ)的人間とは? ―「人生の道」に想う(その1)─

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 昭和17年(1942)、アメリカの哲学者チャールズ・モリスは、「人生の道」を発表した。
 驚くべきは、アポロンの神話や、キリストの思想や、マホメットの思想など、彼が分類した13種類にわたる思想のパターンを世界中の学生たちへ示し、好ましいものを選択させたところ、7番目の道への支持が以下のとおりとなったことである。

・アメリカの男子大学生:36パーセント
・アメリカの女子大学生:47パーセント
・インドの大学生:2番目に多い
・中国の大学生:3番目に多い
・日本の大学生:5番目に多い

 この7番目の道こそ「マイトレーヤ弥勒)への道」である。
 マイトレーヤすなわち弥勒菩薩(ミロクボサツ)は、広隆寺の半跏思惟像(ハンカシイゾウ)で有名だが、普段、私たちにあまり馴染みはない。
 この菩薩はイランなどで最も古くから信仰された菩薩であり、お釈迦様が入滅されてから56億7千万年後にこの世へ降りて来られ、私たちを救い尽くす役割を負っておられる。
 中国では昔、権力の衰退が弥勒菩薩出現への期待となり、王朝の交代をもたらしたりもした。

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 チャールズ・モリスは、そんな弥勒菩薩へ一つの人間像を託した。

「われわれはさまざまの時代に、さまざまのやり方で他のすべての人生の道からも何ものかを受け入れるべきであって、一つの道だけに固執してはならない。
 ある瞬間には幾つかの道のうちの一つに好意が寄せられ、また他の瞬間には別の道が最上のものとして承認される。
 生は享楽と行動と観照とをほぼ等しい度合いだけ含んでいなければならない。
 もし、そのどれかが極端なまでに追求されるとき、われわれは生にとって貴重なものを失うことになる。
 そこでわれわれは柔軟な態度を養い、われわれ自身のうちにある多様性を容認し、その多様性がひきおこす緊張に堪え、享楽と活動のさなかにあってもそのようなものから身をひくだけの心のゆとりを保っていなくてはならない。
 人生の目標は、享楽と活動と観照とのダイナミックな統一の中に、したがってまた、人生のさまざまな道のダイナミックな交流の中に見いだされるのだ。
 ひとはみすからの生を築くにあたってそれらすべてを使用しなくてはならない。
 そのうちのただ一つだけに頼ってはならない」


 私たちは、何かを楽しみ、何かに憩う。
 私たちは、何か意義ある行動をしないではいられない。
 私たちは、何かをしっかり確認し、考える。
 享楽と行動と観照とのバランスがうまくとれてこそ、人生を豊かなものとして築いてゆける。
 こうした自分自身の内なる多様性に気づいていれば、自他の人生を破壊する狂気へは走らない。

 彼は『捧げ』と題した詩を書いた。

「ミロクよ、神人よ、未来の人間像よ
 宇宙の多情な母胎にやどれる子よ、
 神々や銀河や人間の創造者の戯れよ、
 産みの苦しみに悩む宇宙鳥の喜びよ、
 彼女と、彼女の産みし神々や人間とから生まれて、
 まだらの宇宙卵の殻の中にうごめく芽よ――
 われらは御身に、御身の出生の苦しみに、われらの身を捧げる、われらもまた己が産みの苦しみに堪えられるように。
 われらは御身を呼び出す、われらもまた己自身を呼び出しうるように。

 御身の御影をわれらの前に投げかけたまえ、われらがいつまでも影のままでいないように。
 われらの内部に解放を求めてやまぬ縛られた力を解き放ちたまえ。
 われらの硬くなな糸をも妨げるように、われらの指をしなやかにしたまえ。
 われらの最大の巌をも動かしうるよう、われらの腕をなくしたまえ。

 われらは弱く、物の豊かさにかえって当惑しています。
 われらの四肢は社会の巣のなかで休らいを知りません。
 われらはまとえる衣装に不安であるくせに裸を怖れます。
 われらは高い山を見ながら、登りもせぬうちにわれらの脚はふるえるのです。
 われらの眼はは広く見えるそのために、鋭くは見えません。
 多数の神々の声が一人の生き神の声をぼかしてしまったのです。

 真理の名においてわれらが築き上げたのは、言葉の塔ばかり、その塔の中で真理は死んでいます。
 われらは実物で指を傷つけないよう、言葉ばかりを玩んできたのです。
 愛の名において、われらは愛の形成力を裏切ってばかりきました。
 われらはただ取り引きに損しまいとする愛の商人になってしまったのです。
 親切の名において、われらは外部に伸びる自我の力をみずから抑えてしまったのです。
 われらは己が卑しさを見せかけの謙遜で飾ってきたのです。
 神の名においてわれらは神を求める人びとを十字架にかけてきました。
 われらは己が貧しさに敬神の衣でかくしてきたのです。」


 以上は詩の前半部分である。
 この詩が書かれた1942年、シカゴ大学において、実験用小型原子炉シカゴ・パイル1号は世界で初めてウランの核分裂を連鎖反応させた。
 イタリアから亡命し開発に携わった物理学者エンリコ・フェルはこのマンハッタン計画にも参加し、わずか3年後には広島と長崎へ原爆が落とされた。
 未来を保証する弥勒菩薩に導かれつつ、原爆と原発へのスタートが切られていたとは……。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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