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2015
04.16

天空の魂、地界の魄 ―「千の風」は一面の真理―

2015041600022.jpg
〈『福祉』のご本尊大日如来様〉

 私たちはよく魂魄(コンパク)と言う。

 (タマ)は「人間の。動植物のように生命あるもの、また自然物や特定の器物のうちにもあるもの」(白川静)である。
 そして「時にはそのものから遊離して遊行し、他のものに憑依することがある」と考えられてきた。
 動き、天空へ飛翔もする的存在が「」である。

 一方、(ハク)は「白」すなわち死者の白骨にまつわる文字である。
 ドクロの形が「白」となったとおり、形あるものの陰にあって留まる。
 動かず、地界で眠る的存在が「」である。

 人は死んでとなる。
 時には「千の風」になって自由にさまざまなところを訪れもしようが、常には、白骨を縁とする場所に安らう。
 だから古来、白骨を散逸させぬよう世界中で墳が造られてきた。
 また、頭蓋骨の代用品として依り代となったものが位牌であり、白骨のある場所を示す塔から派生した塔婆と共に、祈る心を向ける象徴的道具として用いられてきた。
 この世で拠り所としていた白骨が自然へと還ってゆく場所が魂魄の家であり、位牌やおがこの世の人びとと交信し合いつながり得る的アンテナであってこそ、「大きな空を吹きわたって」いても安心できる。

 お大師様は「日々の影向(ヨウゴウ)」を欠かさない。
 弥勒菩薩(ミロクボサツ)の兜率天(トソツテン)という天界におられながら、日々、祈る者のそばへ影のように顕れてくださる。
 お大師様は「処処の遺跡(ユイセキ)」をご覧になられる。
 お大師様が遺された祈りの場で弟子や信者がきちんと修行を続けているかと目をかけてくださる。
 長澤弘隆師は『仏教総合学』で示された。
「もし人生に疲れ、自分の心に仏を呼べない人がいたら、今すぐに高野山に行くことを勧める。
 そして、奥の院の大師御廟に詣で『今もおわしますなる』大師、すなわち空海に、生きる意味やどう生きればいいかを問いかけてはどうか。
 御廟の奧から低く太い声で答えが返ってくるだろう。
 それは、その人の心の奧に入った空海の声である」

 魂魄となる的存在へ想いをいたせば〈場〉の重要性に必ず気づくはずである。
 流行となった「千の風」は〈魂〉の面だけを歌い上げている。
 ゆめゆめ、〈〉の面をおろそかにしてはならない。
 御霊を〈根無し草〉にせぬよう、よく考えたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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