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2015
04.27

チベットを救う道はあるのか? ―ダライ・ラマ法王の悲痛―

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 4月23日付の朝日新聞は、ダライ・ラマ法王との単独会見記事『敵もまた同じ神の子』を掲載した。
 以下、「」内が記事内容、『』内がダライ・ラマ法王の言葉である。

「ノーベル賞を受けた年にベルリンの壁は崩れた。
 冷戦後の世界について、ダライ・ラマは『第3次世界大戦の恐れは基本的に薄れ、はるかに安全になった』との認識を示す。
 だが、すぐに続けて宗教がらみの地域紛争やテロが広がる現状に言及。
 『とても、とても悲しい』と二度繰り返した。」


 自由主義国家群と共産主義国家群という対立の構図が消え、イデオロギーによって地球を二分する大戦が起こる可能性は消えた。
 しかし、今度は宗教同士の争いが間断なく続き、銃声と流血は絶えない。
 悲しみと怒りの連鎖が地球上を覆い、誰にも止められない。
 政治的な得、経済的な得、宗教的な正義を誰もが主張し、強者は強者の論理と方法で相手を潰そうとし、弱者は弱者の論理と方法で対抗する。
 憎しみと暴力が主人公の世界は実に、悲しい。

「憂うのは中東情勢ばかりではない。
 例えばミャンマーやスリランカでは近年、仏教徒による少数派イスラム教徒への襲撃事件が起きている。
 暴力とは縁遠い仏教のイメージを揺るがす出来事だ。」


 非暴力的方法で中国政府の暴挙を正し、チベットの自立を回復しようとするダライ・ラマ法王の〈方法〉は揺るがないが、チベットが刻一刻と消滅に向かっている今、亡命政府内でも、他の〈方法〉を模索すべきではないかという声が強まっている。

「『私たちチベット人も《仏教こそが唯一の真理》と言うことがある。
 しかし地球上には数多くの宗教伝統があり、何千年も人類に寄与してきた。
 私たちは《いくつもの真理》を認めなければならない』。
 一神教の論理まで用いて説く。
『敵もまた神が創造したもので、同じ神の子ではないか。
 敵への怒りは神への怒りと同じだ』
 とはいえ、ISの蛮行の前では、そうした言葉はきれいごとではないか。
 武力で封じ込める以外に手立てはあるのか――。
 こうした問いには『暴力的な手段は人の肉体を押さえつけるだけで、精神をコントロールすることはできない』と信念を語る。」


 日本ではどうなっているか?
 宗教がからんだ戦争は〈他人ごと〉でしかないのか?
 悪と戦うと言って拳を振り上げるアメリカと限りなく同調し、「断固、許せない」と声を張り上げてアメリカ軍へ後方支援しようする政府以外、責任ある方策の提示はほとんど力を持てていない。
 ましてや、「精神をコントロール」するという事態解決の根源的方法を説く人間など、どこにいようか。
 チベットやインドの亡命政府周辺には、こう言う子供も珍しくはないのに。
中国人は憎い。
 しかし、同じ人間であると思えば、可哀想になります」
 彼らは、憎い人と、好きな人と、どちらでもない人とをじっと観想する慈心観(ジシンカン)という密教の伝統的修行法によてって見事に、憎しみを克服しているのだ。

「『容易ではないのは承知している。
 しかしテロリストたちを人間として、信仰を持つ者として受け入れ、対話の道を探るしかない。
 そのための長期的な戦略と説得工作が必要だ』。
 武装組織の中に、考えを変える者がいずれ現れることに希望をつなごうというのだ。
 そう語る理由の一つには2001年の米同時多発テロがある。
 ダライ・ラマは事件の翌日、当時のブッシュ米大統領に書簡を送り、『暴力は暴力の輪を広げるだけだ』と武力行使に慎重であるよう求めた。
 しかし結局はアフガニスタン戦争、イラク戦争と続き、ISが生まれてしまった。」


 アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを空爆する根拠とされた〈サダム・フセインの命によって作られた化学兵器〉はとうとう見つからず、同じ理由で同盟軍として自衛隊を派遣した小泉首相(当時)の判断についても詳細な経過調査やその発表が行われないまま、イラクなど中東の混乱は広がり、爆弾テロの発生はほとんど日常化し、ついに新たな国家を名乗るIS(イスラミック・ステート)の誕生にまで至ってしまった。

「長期的に重要と指摘するのは教育だ。
 『教育は、自分を取り巻く世界の全体像についての《知》を与えてくれる。
 それによって現実的な行動を取れるようになる』。
 人々が過激な考えに走る背景には、国家間や一つの国の中での経済格差もある。
 『自分は不幸だと感じている者はたやすく思想的に感化されてしまう』」


 教育により、自分と世界についての知識を得るだけでなく、客観的で複眼的な視点を持てば、いつしか自立した〈主体〉が確立され、周囲のできごとに対して柔軟で真実に即した判断や行動が可能になる。
 同時に、他者と〈納得〉を共有しやすくなり、円満な人格と円滑な人間関係がもたらされる。
 事実を知らず、真実をつかめない人は、自分で気がつかなくても不安を抱え込み、それを〈上書き〉するための無理で極端で〈納得〉の共有を放棄した主張や行動に走りがちである。
 それが「不幸と感じ」「たやすく思想的に感化される」タイプの人々である。

「テロや地域紛争には、宗教だけでなく政治や経済などの問題が絡み合う。
 それに対処するため、世界の英知を結集した組織づくりを提唱する。
 『国々が集まる国連では対応できない。
 科学者や作家、各国政府と利害関係のない指導者……。
 純粋に人類の幸いを追求する組織が必要だ』」


 重要で深刻な問題提起である。
 ダライ・ラマ法王は、チベットの救済を世界へ訴え続けた挙げ句、政治的解決への絶望を抱かれたのではないか?
 自由や人権を尊重する文明の盟主であるアメリカやドイツや日本といった国々は皆、中国との関係に腐心しつつ、経済的つながりの強化をはかっている。
 中国に煙たがられ、経済的関係の悪化を招くリスクを負ってまで、チベットにおける国際法や人権の蹂躙を咎め立てしようとする国はない。
 国民が損する施策を行う政権は国民に選挙で拒否され、政権政党の政治家は落選の淵に立たされる。
 だから、現状では、世界的政治力がチベットの惨状を救うことはないと見極められたのだろう。
 テロリストをも〈人間として、信仰を持つ者として受け入れ、対話の道を探る〉のは、政治家の仕事ではない。
 それにしても、「科学者や作家、各国政府と利害関係のない指導者」による「純粋に人類の幸いを追求する組織」の構成は可能なのだろうか?
 そうした組織は、政治的、経済的権力の不作為や妨害に負けぬいかなる力を持ち得るのだろう?

 暗澹たる気持になってしまう。
 何ごとかが起こり、チベットが地上から抹殺される前に救われるよう、み仏にただただ、祈りたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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