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2015
05.27

私たちはなぜ、輝けないか? ―尊者アジタの問い―

20150527041.jpg

 尊者アジタは申し上げた。
「この世の人びとは何に覆われているのですか。
 この世の人びとはどうして輝かないのですか。
 何がそれ(=この世の人びと)を汚すのですか。
 そもそも何がそれ(=この世の人びと)の大きな恐怖なのですか。
 あなたは説いてください。」
 世尊はお答えになった。
アジタよ。
 この世の人びとは根源的な無知で覆われている。
 物惜しみと怠りによって[この世の人びとは]輝かない。
 貪りが[この世の人びとを]汚し、苦がその[この世の人びとの]大きな恐怖であると、私は言う。」

○私たちは根源的な無知に覆われている

 根源的な無知は、無明(ムミョウ)すなわち智慧の明かりがない状態である。
 無明とは、縁起(エンギ)を知らないことである。
 この世のすべては因縁によって仮そめに生じ、必ず滅してゆくことが腑に落ちていないと二つの執着心が生まれる。
 (ガ…自分)と処(ガショ…自分の所有物)に対する執着心は、あらゆる悪行(アクギョウ)に走らせ、悪しき結果をもたらす悪業(アクゴウ)を積ませる。
 悪業四苦八苦となって表面化する。
 
○物惜しみし、怠惰になれば輝かない

 (ガ)と処(ガショ)にしがみつけば、皆、惜しくなる。
 汗を流したくない、施したくない、怠けたいといった心でいれば、何もかも所有していて豊かであると錯覚するが、それは、せいぜい、ネズミが穴を塒(ネグラ)として生きているようなものでしかない。
 人が人として輝くのはどういう場合か?
 誰かのためになり、誰かに喜ばれている時ではないか?
 施すために努力している人こそが輝いている。
 そうした人の徳が周囲に喜びを生み、喜びが光となってその人を包む時、その人は輝くのではないか。

 糸井重里氏はコピーライターをやめたと言う。
「エルメスにキャッチコピーはないですよね。
 よいコピーをつくることと、売れるものをつくることは別。
 よくないものをコピーで売るなんて、やめたほうがいい。」
 では何をやっているか。
「売る名人じゃなくて、売れるに決まっているものをつくっています。」
「使う人に喜んでもらえるか、考えぬく。
 喜ぶ姿が光景として浮かびあがらない商品は、ダメですね。」(5月25日付朝日新聞)
 氏はまぎれもなく、輝いている。
 
○貪る者は汚れている

 貪っている時の姿はハイエナも人間も同じである。
 生存欲の燃焼は確認できるが、霊性は輝いていない。
 野性の生きものは生きることがすべての世界で美しく見えたりもするが、人間は違う。
 獰猛なワニや狡猾なネズミの脳に左右されたままの人間が美しいはずはない。
 貪る自他の汚れた姿を見落とさない心と視点を失わないようにしたい。

○苦は恐怖である

 四苦八苦の根本原因は、根本的な智慧が眠ったままの無明にある。
 お釈迦様はそれを見抜き、明確に説かれた。
 自分の愚かさが自分へ苦をもたらし、他者へも苦をもたらしていることに早く気づきたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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