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2015
06.12

日本の若者に期待する ―藤原新也の目─

20150612000123.jpg
藤原新也著『メメント・モリ』〉

 写真家であり作家である藤原新也氏は、若者が起こす不可解な事件の背景について的確に指摘した。
 6月11日付の朝日新聞『ニッポンの若者よ』である。

「LINEなどSNSを使い、顔文字の架空の交流に慣れた彼らは、他者が不在。
 ネット空間からOFF(現実)世界に転換して身体接触すると、時にとんでもない暴発が起こる」


 ネット空間を通してしか他者と接触しないので、生身(ナマミ)の人間と向き合った時、どう接したらよいかわからず、パニック的行動をとってしまうというのである。
 これは、ネットを通じて自分の脳内に作られた虚像としか向き合えず、血の通う温かな身体を持ち、こちらの思惑とは関係なく考え、話す現実の人間というものを知り得ないことを意味する。
 つまり、人間そのものを知り得ない。
 ならば、自分をも知り得ないのではないか。
 他者の反応は自分から発している何ものかの反映であり、他者の喜びや怒りや感謝や不満などによって、私たちはようやく、自分が何者か、自分の言葉や行為がいかなる意味を持っているかに気づくからである。

 さまざまなやりとりの最後にインタビュアーが訊く。
「絶望的になりませんか」

 氏は答える。

「期待するね。
 たとえば海の魚は種類ごとの棚に棲(す)み分けるけど、ときどきストレスをためた変な魚が別の棚に泳ぎ込むと、一気にバリアーが崩れて魚種の違う大群になるんだ。
 そんな変な魚になって、世界をぱっとつなげていくのが僕ら表現者の役割。
 恐れず行き来すれば、異種のマグマに満ちたコミュニケーションが生まれる。
 そうなると怖い、と思うよ」


 当山の池を想った。
 深い部分へご寄進いただいた錦鯉を棲ませ、石を並べて区切った浅瀬には、これまたご寄進いただいた金魚やメダカを棲ませていた。
 ある時、金魚がいなくなった。
 ちょうど大きなサギのような渡り鳥が毎日来ていたので、皆、獲られてしまったのだろうと諦めていた。
 ところが、鯉に餌を与える時期になったら、金魚たちも水面に顔を出して餌をつつく。
 それを見つけてくださったのが、ご寄進した方だった。
 二人で歓声を上げ、手を取るように喜び合った。
 今は、想像もしなかった鯉と金魚の共生を眺められる。

 若者の行動に期待したい。
 ネットと企業管理によって忘れられ、虐げられている身体性を取り戻し、生身の人間同士が「マグマに満ちたコミュニケーション」を始めて欲しい。
 氏の言う「明るさや楽しさだけを強調し、人間の暗さや弱さや死を覆い隠す」商業主義や、「ぶつかり合いを避け当たらずさわらず済ませる」欺瞞や、「奴隷制度に近い雇用」形態などへの「怖い」ほどの挑戦が始まるよう、心から期待したい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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