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2015
06.14

映画『ホタル』の鑑賞会を終えて ―戦争による究極的耐え難さを想像しよう―

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特攻隊委員たちから「母」と慕われた鳥濱トメさん〉

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〈運命を受け容れた山岡と知子は漁で生きる〉

 映画『ホタル』の鑑賞会と懇談会を終えた。
 あまりにも重いテーマがいくつも提示されており、本格的なディスカッションをしたなら、何時間もかかるだろうと思われた。
 当日、話題にする余裕のなかったテーマの一つは「戦争体験の継承」である。

 特攻隊の生き残りである藤枝は、昭和天皇が崩御した年に歩き慣れた雪山へ入り、亡くなった。
 息子たちは持病の心臓病によるものであるとし、〈殉死〉ではないかという声を無視した。
 ところが、孫娘である真実は、焼き捨てられそうになった祖父の日記をもらい、隠された真実に気づく。
 真実から日記を見せられた同期の山岡は、遠く離れて暮らし、特産物のやりとりなどで信頼を確かめ合ってはいたものの、口が重い同士で、一緒に酒を飲み〈一緒に泣いてやれなかった〉ことを悔やむ。
 人間にできることは悲しむ人のために泣くことしかないのに、藤枝の悲しみは重々、知っていながらそれをしなかったために死なせたと自分を責める。
 飛び立った仲間は散り、自分は生き残ったということの耐え難さは、何十年経とうと変わらない。
 自分が仲間のもとへと旅立たない限り、耐え難さは消えないのだ。

 たくさんの特攻隊員を送り出した富屋食堂の女主人鳥濱トメが店を引退することになり、祝賀会が開かれた。
 淡々と別れのセレモニーをこなしていたトメは、亡き藤枝の代わりに出席した孫娘真実から花束を受け取った時、「あの子たちも皆あんたと同じように若かったんよ」と呟き、激情に襲われ、泣き崩れる。
「私たちはあの若い人たちを殺したんだ!」
 このセリフはそもそも台本になく、トメ役の奈良岡朋子がぜひにと頼み込んだものだという。
 送り出した者の耐え難さが迸った一瞬である。
 この耐え難さもまた、何十年と抱えられてきたものだった。

 死んで行く者は、耐え難い思いで死地へ赴く。
 映画では、飛び立った特攻隊員がそれまでの人生を思い出す場面がある。
 死を強いられた者の究極的苦しみは、観客にも耐え難い。

 最愛の相手を死地へ送る者も、一緒に死ねない耐え難さに悶え、苦しむ。

 生き残った者も、自分が生き残ったという事実に、死ぬまで耐え難さを感じ続ける。

 戦争は、殺し、殺されるという生きものとしての究極的修羅場を体験させるだけではない。
 戦争に関わる人間へ遍く耐え難さをもたらす。
 人間は自ら、戦争によって最悪の苦しみを生み出す。
 高倉健すら、幾度も涙を見せた。

 映画では、戦争体験者の子供の世代でなく、孫の世代が体験者の耐え難さに気づくという形になっている。
 継承者という観点から現在の日本を眺めてみると、実に象徴的ではないか。
 戦争体験の〈継承〉は、戦争に対する最強の抑止力ではないか。

 若い人たちとも心を通じ合い、戦争がもたらす耐え難さへの想像力を失わず、自国の人びとにも他国の人びとにも決してこの耐え難さを味わわせないよう、何としても不戦を祈り、不戦を貫きたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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