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2015
07.15

ペットのお盆供養に思う ―お互いに〈延長〉となり合う生きもの同士―

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ペットのお塔婆と人間のお塔婆

 今年はペットお盆供養を申し込む方が増えています。
 当山でご葬儀を行ったネコイヌはもちろん、今まで供養してこなかった方々も、「同じ家族だから」と、申込みやご相談にご来山されます。

 思えば、私たちがペットを目にしてホッとするのは、生きものとしてのエネルギーがはたらいている様子に、自分の〈延長〉を感じるからではないでしょうか。
 自分のいのちが減ったり、濁ったり、歪みかけたりしてきた不安や焦燥をいっとき忘れ、無意識の裡にペットからいのちを分けいただき、再び、励むことができるのです。

 普段〈自分の〉いのち、と思っているのに、ネコと視線が合って心が溜息をつく時は、そうした分別(フンベツ)が消えています。
 あるのはただ、生きている者同士が交わす無言の信頼感だけです。

 自分とネコとは違う個体なのに、この信頼感のやりとりだけで、あたかも給油機のノズルが車の給油口へ差し込まれたようにいのちの力が満ちてくるのは、不思議です。
 もちろん、いのちをくれたらしいネコが弱るはずもなく、〈彼女〉もますます生き生きしてフニャーンと鳴いたりします。

 生きものは食物連鎖によって他のいのちを奪いつつ自分のいのちを生き存(ナガラ)えますが、それは、何も、食べ物となってくれる生きものの存在があれば安心というだけではなさそうです。
 少なくとも私たち人間は、自分のいのちさえあれば安心なのではなく、〈延長〉の世界を感得してこそ本当の安心を得られるのではないでしょうか。

 小生は娑婆で商売をしていた当時、訳あって、世間から隠れて生活しているヤクザのマンションを訪ねたことがあります。
 完全に目張りしたワンルームは薄暗く、彼が寝起きするベッドと、こけしのようにヌッと立っている不気味な観音像らしきものがあるだけでした。
 彼が殺人者であるかどうかは知りませんが、死の世界に住む人ではないかと思えました。
 あの時の荒涼とした空虚観は、いかなる〈延長〉も気配すらないといういのちの不在を示していたのかも知れません。

 当山では、ペットのご葬儀やご供養において、亡きイヌネコの御霊へ「あなたは家族、あなたは友、~~」と呼びかけます。
 家族も友も、あるいはご縁となる人もネコも、私たちに欠かせない〈延長〉として輝いています。
 下重暁子著『家族という病』が何十万部売れようと、それはそれ、自分も誰かにとってのかけがえがない〈延長〉として、しっかり生き抜こうと思っています。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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