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2015
08.09

秋の虫に想う ―いのちの世界と生まれ変わり―

201508090001.jpg
〈カラディム〉

 2日前まで35度に達する猛暑が続いていたことを忘れさせるかのように、今朝は秋のたちが主役になっています。
 それにしても、小さながどうして、こうもはっきりと自分の存在を知らせるに足るだけの羽音を発することができるのか。
 姿は見えませんが、窓外から聞こえる〈声〉という〈声〉は、それぞれが、ここにいるよと知らせています。
 チチチチチチ、コロコロコロコロ、チイッチイッチイッ、チョチョチョチョチョ、……。

 昨日の寺子屋でお話ししました。

「自分のいのちと、一匹のいのちと、葉っぱ一枚のいのちと、何ら変わりはありません。
 異なるDNAによってできている異なった身体を持っていようが、そこに等しく、いのちはあります。
 そして、いのちは、どれ一つとして、これがいのちだと手にとって確かめられもしません。
 私たちが自分について気づくべき真実は、両親からもらった肉体を縁として、いつの間にかいのちを持ってここにいますが、それは過去の何ごとかを因として起こった〈経過的状況〉であり、やがて肉体というモノが滅んで土に還るのと同じように、いのちもまた、いつか、広大ないのちの世界へ還って行くということではないでしょうか。

 この世には数えきれぬほど多種多様な生きものがいます。
 種類によっては消え去り、あるいは新たなタイプが出現してもいます。
 あらゆるいのちあるものの誕生は、いのちの古里へ還って行く私たちが、やがて何ものかとして再び、いのちの輝く世界へ現れることを教えています。
 こうした帰還と再来をこそ、輪廻転生(リンネテンショウ)と言うのではないでしょうか。
 お釈迦様はここをご覧になられ、あらゆるものは縁によって起こり、縁によって滅する真理を悟られたからこそ、多様な生まれ変わり死に変わりを生涯、説かれたのでしょう。
 お大師様もまた、丸い輪を廻るようにさまざまな生きものに生まれ変わり、地獄界などの六道を経巡ると説かれました。

 ところが、明治時代に西洋文明へ憧れた日本人は、モノの世界における縁起を観る科学的視点にとらわれるあまり、その〈眼〉で観きれない宗教的・直感的世界をいったん、脇へ置きました。
 それ以来、こんにちまで、多くの仏教教団は輪廻転生に触れず、あるいは否定すらしてきました。
 こだわらずに生きる、執着しない、これだけ唱えていれば大丈夫、心を無にする、といった人生訓的なものになってきました。

 加えて、廃仏毀釈(ハイブツキシャク)という〈仏殺し〉があったことも、仏教教団を萎えさせました。
 長澤弘隆師著『空海の仏教総合学』は説きます。
『多くの寺が廃寺の憂き目に遭い、仏堂・伽藍が破壊され、仏事が禁じられ、土地・田畑・山林ほかの寺有財産が没収され、還俗させられた僧侶は数知れず、金銅仏・石仏までが首をはねられた。
 没収された財産は軍事費に、還俗させられた僧侶は一部が神職に転向させられたほか、多くは兵役や軍事物資増産のための労役にとられた。
 これによって江戸期に存在した仏教寺院と僧侶は半分以下になったといわれる。』
 私たちはIS(通商イスラム国)が文化財を破壊する様子に、けしからんといきり立ちますが、日本では、ISのような他宗への破壊行動ではなく、それまでご先祖様が大切に守ってきた自分たちの生活に密着した宗教を、国策によって自分たちの手で破壊したのです。
 中国軍がチベットへ侵入し、僧院を破壊し、僧侶を虐殺しましたが、そこには共産主義中国という政治的・思想的・経済的問題と、漢人によるチベット人の弾圧という人種的問題がありました。
 それと比べても、日本人が国家の意思によって自らの文化の根幹となっている部分をこれほどまでに破壊したという事実は、特異と言えるのではないでしょうか。
 私たちは、こうした〈熱狂〉へと国全体が傾斜してしまう傾向を持っていることに無関心ではいられません。

 環境問題が深刻になってきた今こそ、仏教思想の根幹である輪廻転生に学び、いのちの世界を感得する思考と感性を高めたいものです。」

 夏はより暑く、台風やハリケーンはより強く、冬はより寒くなり、気象がいのちあるものたちを脅かす程度はどんどん上がってきているという実感があります。
 また、核兵器が世界へ拡散し、中東などで劣化ウラン弾が使われ、増加する原発は地雷のような不気味さで私たちを不安に陥れています。
 最近はあまり話題になりませんが、劣化ウラン弾は核のゴミである使用済み核燃料で弾丸を作るというとんでもない発想による兵器であり、イラクなどでの放射能汚染は深刻で、使用した側の米軍兵士までもが苦しんでいるとされています。
 自分の目も、手も、頭も、いのちあってこそ、はたらいています。
 鳴き始めた秋のたちも、そろそろ去って行くセミたちもそうです。
 この〈いのちの世界〉の尊さを感じ、いのちあることを感謝し、かつていのちある世界に生き、いのちのバトンタッチをしてくださったご先祖様方をご供養したいものです。
 そして、自分の生き方、国のありようをよく考えてみようではありませんか。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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