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2015
08.11

仏教はなくなるか? ―供養と瞑想の真実―

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〈炎天下の屋外駐車場すら満杯に近い日、「DIYムサシ」では、入り口近くがきちんと空けられていた。我らの公共心ここにあり、と頼もしく思われた〉

 直葬という葬送儀礼を伴わない死者との別れが流行しており、仏教の危機も言われているが、仏教はなくならない。
 現代においては、二つの理由による。

1 仏教供養は、死者へのまごころが行わせる感謝と報恩の行為であるのみならず、送る人々にとって欠かせない人間修行の機会でもある

 これまで何度も書いてきたとおり、たとえばお線香を立てるのは、最後まで自分を燃やし尽くすお線香のように精進努力する心で生き、その姿を見せることにより、御霊に安心していただきたいからである。
 同様に、お水やお茶を供えるのは、生きとし生けるものを潤す水のように、誰かのためになる心で生きるためであり、お花を飾るのは、雨風に耐えて咲く花に忍耐を感じ、自分もつまらぬことで心を乱さずきちんと生きるためである。
 こうした人間修行の機会をすっかり失ってしまえば、感謝も報恩も忘れ、我欲でぶつかり合うしかなくなることだろう。
 霊性を心の核とする私たちはそうした状況に耐えられない。
 共に安心や満足を得ながら生きる方法を模索するならば、仏教の五種供養や六波羅蜜(ロッパラミツ)は、普遍的な道としてたち顕れることだろう。
 もしも、自分は忍耐力が弱いと自覚したならば、み仏や御霊へ花を飾り、あるいは忍辱波羅蜜菩薩(ニンニクハラミツボサツ)像へ向かい、誓詞と真言を唱えよう。
「我、雨風に負けず咲く花のごとく、堪え忍び、心の花を咲かせん。
 おん ばぎゃばてい きしゃんてい だりじ うん はった」

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〈忍辱波羅蜜菩薩〉

2 心を深める瞑想によって、いのちは自分だけのものではなく、生きとし生けるものと共にこの世にあることを感得すればこそ、本当の意味でいのちを大切にできる

 仏教は「自分のいのちを大事にしなさい」とは説かず、「生まれ変わり死に変わりする真実を心眼で観なさい」と説く。
 環境汚染が進み、気温の上昇や暴風雨などの凶暴化のみならず、世界中で種の絶滅が進む現状は明らかに危機的である。
 しかも、核兵器と原発の拡散はそれに拍車をかけている。
 アメリカによって兵器として開発され、イラク戦争で子供たちなどへ膨大な苦しみと死をもたらした劣化ウラン弾が、原発の稼働から生じる〈ゴミ〉の処理方法となっている恐ろしい兵器であり、韓国や台湾など世界中へ配備されつつある現状を見過ごせば、世界に未来はなかろう。
 私たちは、目前の損得や好き嫌いに振り回されているだけならばこの危機を乗り切れないだろう。
 今こそ瞑想によって、自分のいのちが広大な〈いのちの世界〉で循環しているという真実に気づきたい。
 生きとし生けるものを慈しみたい。
 いのちの根源に迫り、心を解放する阿字観(アジカン)の瞑想はますます重要度を増している。
 
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〈心の縛りを説く阿字観本尊〉

 上記のとおり、仏教は万人に開かれた人間修行の教えであり、この世をまっとうに生き、安心して死を迎えるための導きである。
 この世の幸せとあの世の安心を根本から求める人がいる限り、不滅であると信じている。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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