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2015
08.13

すばらしい自然と穢す人間 ―チェルノブイリ、沖縄に思う―

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 チェルノブイリにおいて、事故からわずか20数年後には自然界が復活したことに関し、自然界は大きな力を持っており、人間は自然界の邪魔者ではないか、また、そうした認識もなく、原発事故の処置もできぬままに再稼働をする私たちに対し、お釈迦様ならどうおっしゃるだろうかというご質問をいただきました。
 お釈迦様のお心についてはとてもお答えしかねますが、一仏教徒として雑感を書いてみます。

 人間も自然の一部ですが、他の生きものたちと決定的に異なるのは、〈反自然〉や〈非自然〉なるモノを作り出すというところにあります。
 医薬品は人間を長生きさせ、農薬は稲を大量に収穫させますが、その一方ではその反自然性や非自然性が、私たちに気づく形で、あるいは気づかない形で自然を破壊し、人間そのものをも破壊しつつあります。
 環境破壊、種の絶滅、あるいは各種アレルギーや精神的病気の増加などから、私たちは現代文明が孕む巨大な歪みを感じとっています。
 見えつつある恐ろしい因果関係はあまりに規模が巨大過ぎるため、私たち一人一人は何をすればよいかわからず、わかっても〈蟷螂(トウロウ…カマキリ)の斧〉の無力さにたじろぎ、すくみ、動けなくなっています。
 また、せっかく〈気づいた者〉となっても、麻薬のように効く便利さや快適さや利益の前に、負の因果関係から目を逸らしてしまいます。
 しかし、たとえば今、沖縄で起こっている基地問題は二重の意味で重大な問題を私たちへ突きつけています。

1 外国軍の基地を拒否するアメリカからの本格的な独立運動が起こったこと

 およそ世界の独立国で、首都のど真ん中に他国軍(米軍)が自由に飛行できる空域を設け、他国軍の基地(横田基地など)を通って出入りする人間がノーチェックなどという状況は、日本以外、あり得ないでしょう。
 沖縄では、敗戦によって住民が追い出された場所(全島の18パーセント)、そして上空のすべてが進駐した米軍にいまだ、占領されたままになっています。
 こうした中で半世紀以上も被占領者として塗炭の苦しみを負わされた人びとが、あたかも自由意志であるかのように新たな基地の建設を認めるなどということは耐えられるはずがありません。
 私たちは原発を止めようとして止められず、アメリカでは住宅街を避けコウモリの棲息にすら注意しながら用いられているオスプレイの全国的自由飛行を止められず、若者たちを国外の戦地へ送られようとしています。
 これほど明らかな〈非占領状態〉に対して本土の人々は鈍感ですが、毎日、現実的苦しみを味わってきた沖縄の人々は、我慢の限界を超えたのでしょう。
 
2 自然を破壊して基地を造るという行為への正面切った反対運動が起こったこと

 生きものである人間のいのちを食物によって支えてくれる自然、社会生活で疲れた私たちの心身を回復させてくれる自然に対する取り返しのつかぬ破壊と、自然に代わって戦争のための基地が現れることは、自然と親しみ合って暮らす沖縄の人々に耐え難いのです。
 これまで、心身の不調を訴えて当山を訪れた方々のうち幾人もが、御守などを手にして沖縄方面へ足を向け、回復のお礼参りに来られました。
 皆さんが口々に言われるのは、海の美しさと生きものたちの豊かさです。
 私たちが自己快癒力によって当病平癒が実現する場合の「自己」とは、〈自然の一部としての自分〉ではないでしょうか。
 本来の〈自然〉に無理がかかった時、不調になるのではないでしょうか。
 ならば、大自然は文字どおり私たちの故郷であり、母なのではないでしょうか。
 反自然の最たるものが殺人であり、戦争であり、それを最も嫌うのが母です。
 自然と基地との問題は、文明の行く末を考える時、決して避けては通れないはずです。

 さて、ここまできた人間はもはや、自然界にとって邪魔者でしかないのかという問いへ仏教徒として答えるならば、やはり輪廻転生(リンネテンショウ)と因果応報に依るしかありません。
 輪廻転生を観れば、目に見えぬいのちの世界から目に見えるいのちの世界へ生じ、再び見えぬいのちの世界へ還ってゆく者としての人間は、他の生きものたちと何ら変わらないという真実に気づきます。
 そして、いのちあるものたちがすべて、苦を厭っていることもわかります。
 また、人間以外の生きものはすべて、生きるという宿命的欲望を超えてまで他の生きもののいのちを奪いません。
 しかも霊性という高度な意識を持った人間は、そうしたありようを知り、判断し行動できます。
 ならば、モノ金を求めるなど勝手な目的で人間を含む他の生きものへ苦を与えることに何らの意義もなく、そうした行動は本来のありように背くという意味で穢れていると言えます。
 穢れの最たるものが殺人であり、戦争です。
 まず、これを止めることが、人間が〈邪魔者〉とならないための出発点ではないでしょうか。

 一方、私たちは、こうすればこうなるという因果応報を直感的に知っています。
 目前の現象としてはすぐに因と果の糸を結べなくても、心を深めれば、あらゆるものが糸で結ばれていることが疑いもない真理であると気づきます。
 自分がどう考え、何を語り、何をするかによって、必ずいつか、何らかの形で現象世界へ変化が現れます。
 温かい心と行為と言葉と笑顔が人の心を温め、自分も又、温かい心と行為と言葉と笑顔によって温められることを知っています。
 ならば、共に温め合うしかないではありませんか。
 私たちが自然界にとって、他人にとって〈邪魔者〉とならないために大切なのは、思いやりをもって生きることではないでしょうか。

 お釈迦様は「悪を為してはならない、善を為せ、自分を清めよ」と説かれました。
 ありがたいと思います。
 



 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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