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2015
08.27

積極的平和とは何か?(その1) ―半世紀前から積極的平和を説くヨハン・ガルトゥング博士―

201508270001.jpg
ヨハン・ガルトゥング博士〉

 ようやく「積極的平和」本家の真意が確認できた。
 ノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥング博士が8月26日付の朝日新聞で「『積極的平和』の真意」と題するインタビューに答えたのである。

「『積極的平和主義』を旗印に、戦後日本の安全保障政策の大転換に突き進む安倍晋三首相。
 半世紀近く前から『積極的平和』を説き続ける平和学の第一人者の目に、今の日本の姿はどう映っているのか。
 日本の市民らの求めに応じて来日したノルウェーのヨハン・ガルトゥング博士に聞いた。」

 積極的平和という言葉が1960年代から、氏によって提唱されているものであること、及び、その内容がいかなるものであるかという点について、これまで正確な報道がどれだけ行われてきただろうか。
 安倍首相の提唱する「積極的平和主義」と、半世紀前から訴え続けられてきた「積極的平和」をよく見比べ、平和と戦争を考えるきっかけとしたい。
 以下〈〉内は北郷美由紀記者の質問、「」内はヨハン・ガルトゥング博士の言葉である。

〈――安倍政権は日本の安全保障の基本理念として、国民の生命を守りつつ、世界の平和と安定のために積極的に取り組むという『積極的平和主義』を掲げています。
 一方、博士は1960年代に、戦争のない状態は『消極的平和』にすぎず、貧困や差別といった構造的な暴力のない『積極的平和』を目指すべきだと提唱しました。
 安倍政権の積極的平和主義をどのように評価していますか。〉

「積極的平和のことを、私は英語でPositive Peaceと呼んでいます。
 日本政府の積極的平和主義の英訳はProactive Contribution to Peaceです。
 言葉だけでなく、内容も全く異なります。
 積極的平和は平和を深めるもので、軍事同盟は必要とせず、専守防衛を旨とします。
 平和の概念が誤用されています」

「参院で審議中の安全保障関連法案は、平和の逆をいくものです。
 成立すれば、日本は米国と一致協力して世界中で武力を行使していくことになるでしょう。
 そうなれば、必ず報復を招きます。
 日本の安全を高めるどころか、安全が脅かされるようになります」


 博士の説く『積極的平和』は、戦争がない状態の先を目ざす。
 貧困や差別といった人権を破壊する要因がなくなってようやく、人は平和を実感しながら生きられるという生の真実に立った概念である。
 世界中に広がる貧困や紛争の現場で「構造的暴力」に苦しむ人々へ手を差し伸べてきた博士の深い思いやりが根底にある。

 一方、安倍首相の「proactive contribution to peace」は普通、諸外国からどう読まれ得るか?
 まず「proactive」は、「相手の行動を待たず、自らが先に行動を起こす」という意味である。
 米軍が愛用して有名なこの単語は、平和時には文字どおり被害が拡大する前の迅速な災害救助活動などとしてはたらくが、軍事的には、単純に「やられるまえにやる」という姿勢である。
 明らかに守るイメージではなく攻撃するイメージである。
 どこにも「専守」などという気配はない。
 また「contribution to peace」は「平和への寄与」であり、全体として読めば「先がけた平和への寄与」となる。
 今回のように軍事同盟の強化と共に用いられれば、「相手からやられる前に相手を倒し、自分がやられないようにする」ということになるのではないか。
 これは、米軍が世界中に基地を置き、アメリカがやられないうちに相手を攻撃するという日々、起こっている事象そのものではなかろうか。
 アメリカは世界を支配するため、6つの管轄地域を定めている。
 アメリカ北方軍(北米担当)、アメリカ中央軍(中東担当)、アメリカアフリカ軍(アフリカ担当)、アメリカ欧州軍( 欧州担当)、アメリカ太平洋軍(アジア・太平洋地域担当)、アメリカ南方軍(中南米担当)。
 また、平成21年の「アメリカ海外基地現状報告」によれば、米軍の海外基地数は706である。

 博士はこうした事実をふまえ、「成立すれば、日本は米国と一致協力して世界中で武力を行使していくことになるでしょう」と言い切っている。

〈外交や安全保障政策の発想に何が足りないのでしょう。〉

「日本外交の問題は、米国一辺倒で政策が硬直していることです。
 創造性が全くありません。
 外務省は米国と歩調を合わせることばかり気にしています。
 米国に問題がある場合は、そこから目をそむけてしまいます。
 あると言われた大量破壊兵器がなかったイラク戦争を検証していないのも、そのせいです」

「軍縮を訴えているのに、軍縮を実現するために必要な国際問題の解決策を打ち出そうとはしません。
 紛争解決に本当に後ろ向きだと思います。
 興味すらないのではと疑うほどです」

「硬直しているという点では、憲法9条を守れと繰り返すだけで、具体的な政策を考えてこなかった平和運動も同じです。
 私が日本に初めて来たのは1968年ですが、9条を『安眠まくら』にしている点は今も変わりません。
 そうしているうちに安倍政権による解釈変更で9条1項の精神が破壊されようとしています。
『安眠まくら』はもはや存在しないことを自覚すべきでしょう」


 平成を生きている私たちの後世に対するぬぐいきれない恥と慚愧は、いまのところ、二つあるよう思える。
 一つは、アメリカの言う正義に同調し、自衛隊が海外で兵士を運び燃料を補給して参加したイラク戦争の前提となる大量破壊兵器がなかったという事実に対し、当時の政治判断を含む検証がなされず、イラク国民へ結果的に膨大な被害と混乱をもたらした責任も議論されななかったこと。
 もう一つは、福島原発の事故と発生した甚大な被害について、原発の推進という国策を推進してきた人々の誰も、いかなる責任もとらなかったことである。

 また、『安眠まくら』の指摘は厳しい。
 9条1項は人類永遠の理想だが、2項がまったく空文化し、日米安保条約と日米地位協定によって日本はいまだに事実上、米軍の占領下にある。
 だから、たとえば、8月12日には、沖縄県うるま市の伊計島沖に米陸軍ヘリコプターH60が墜落して自衛官2名を含む6人が負傷し、8月24日には、相模原市中央区の米陸軍施設「相模総合補給廠(ショウ)」で爆発・火災の事故が起こっても、日本側は一切、捜査も裁判もできない。
 アメリカ人の住宅地では絶対に行わない低空飛行訓練を、沖縄はもちろん、日本中のどこででも自由にやるという明らかに日本人の人権を無視した差別に甘んじていなければならない。
 これで独立した国家と言えるだろうか?
 米軍が日本の領土内で何をやっても、「遺憾の意を示し、事実の報告を求め、再発防止策の徹底を申し入れる」だけである。
 これまでずっと、こうして来たし、このままでは、ずっと、こうして行くしかない。
 ――何十年も、何百年も。
 これ以上、9条2項と在日米軍に頼ってばかりいられないのではないか?
 そろそろ、持っているはずの「創造性」を発揮すべきではないだろうか?
 博士の言う「積極的平和」に向かって。
 ちなみに、日本国憲法9条はこうなっている。

「1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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