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2015
09.13

イスラームについて考える(その1) ―理解と共生にむけて―

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 9月12日、第67回の寺子屋『法楽館』において、午後2時より、日立システムズホール仙台にて、東北大学大学院国際文化研究科黒田卓先生より、講話をお聴きしました。
 先生は、「イスラーム圏、とくに中東との30年にわたる向き合い」をベースに、とてもわかりやすくお話くださいました。
 以下、先生が作られたレジメに添って、復習しておきます。

 先生の基本的な立場です。

「多様な宗教の人々が、互いに地球上で仲良く暮らすために、善悪・好悪・価値判断を離れて、お互いを知ることが大切です」
 先生が今の研究を始められたのは昭和54年(1979)のイラン・イスラーム革命がきっかけでした。
 宗教で革命が起こったことに驚かれたそうです。
 そして、中東に足を運び、つくづく実感されました。

「生身の人間と話せば、何教の人も皆、普通です。
 私たちは本当に、同じことを願っていると思いました。
 文化・社会・政治体制が違っても、人間が生きる原点は、自分と家族の幸せを願うところにあります。
 誰もが、まっとうな仕事に就き、家庭を営み、自分なりの安心な暮らしをして行きたいと、当たり前のことを望んでいます」

 こうした先生の体験と実感はきっと、その後の研究を支える信念となったのではないでしょうか。
 世間的なことごとを離れた学問の世界におられる先生が、〈人々の生活〉について話される時の屈託ない笑顔は、そうした人間への親近を物語っていると感じられました。

 先生は、テヘランから東へ850キロメートルに位置するイラン第二の都市、マシュハドで過ごされました。
 シーア派の聖人が祀られている聖廟都市ですが、ショッピングモールに一人でいたら、女性たちに呼ばれ、質問攻めに遭いました。
 もちろん、先生もいろいろ質問しましたが、私たちが最も気になるベールについて訊いたところ、ある程度強制されてかぶっている人が大半でした。
 日本に来ているムスリマ(イスラームの女性信者)たちは、人それぞれの事情や考え方でかぶったり、かぶらなかったりしているそうです。
 ただし、彼女たちが〈外国〉で暮らす際には、自分のアイデンテティをしっかりさせておくためにかぶるといった意識が強くなるようです。

 先生はイラン西部からトルコ東部などへ広がるクルディスタンでも過ごされました。
 クルド人がたくさん住み、草原が多く、自然を喜ぶ人々はよくピクニックを楽しみます。
 そして、イスラームでは禁止されているはずのビールなども普通に飲まれており、トルコから各種の物資がどんどん入って、あまり堅苦しくない生活をしています。

イスラムの呼び方

 戦前や戦後すぐまでは回教、あるいは回回教(フイフイ教)と呼ばれていたが、70年代後半からイスラム教、あるいはイスラムとなりました。
 回紇人(カイコウジン)と呼ばれたウィグル人が信じた宗教なので回教とされたらしいが、今の中国ではイスラムと称されています。
 
 そもそも、イスラムという呼び方には私たちが「イスラム教」と言う際の「教」が意味として含まれているので、「イスラム」という言葉だけで、特定の宗教を指し示していることになります。

 現在、研究の世界や岩波などでは、アラビア語の呼称に従ってイスラームとしています。
 また、イスラームという言葉は、神への絶対帰依、絶対服従など信仰の態度そのものをも示しています。

マホメットとは

 マホメットは英語的呼び方であり、ムハンマドが本来の呼び方です。
 ムハンマドは、まだ戸籍や出生記録のなかった時代にメッカで生まれ、西暦610年に神の啓示を受けた(召命)ので、開祖とされます。
 メッカはイスラム教徒以外は足を踏み入れられない聖地であり、観光は受け入れていません。

○イスラームとは

 いわゆるアダムとイブのアダムは、はイスラームでは許され、アダムは最初の預言者であり、最初のムスリムとされます。

「神が始めも終わりもない永遠の実在という前提を考えれば、教えとしてのイスラームも永遠の宗教。
 少なくとも人類創造とともに始まり、とくに一神教を最初に唱えたアブラハムに原点があると考える。」


 唯一の神を崇め、アブラハムからスタートしているという点では、ユダヤ教、キリスト教、イスラームは兄弟のようなものであると言えます。

コーランとは

 正確にはアル・クルアーンと言います。

「『コーラン』はムスリムたちにとって、神が直接預言者ムハンマドに語りかけた言葉をそのまま採録したもの。
 預言者の言動は、別のものとして受け止められている。」

「イスラームでは、従って聖典としては『コーラン』が唯一無二。」


 仏教やキリスト教ではたくさんの経典があります。
 先生は縦10センチもない小さくて分厚い経典を示されました。
 一般のムスリムがいわば御守のような感覚で持ち歩くそうです。
 外国人向けのお土産物の売り場にも並んでいます。
 文化財的な古いものから、革製で大きく豪華なものなど、『コーラン』はさまざまで、大切にされています。
 クルアーンはそもそも「朗読する」という意味を持っています。

「『コーラン』は上述の位置づけゆえに、声を上げて朗読すべきもの(=コーランの原義)。
 しかも翻訳ではなく、アラビア語でリズムと抑揚をつけて『朗詠』する。」





 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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