--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015
10.09

一湾の潮(ウシオ)しづもるきりぎりす ―山口誓子―

20151009015.jpg
〈暴風の翌朝〉

 昭和24年、山口誓子(セイシ)が48才で詠んだ一句である。

「一湾の(ウシオ)しづもるきりぎりす」

 山口誓子は戦後まもなく、伊勢湾に臨んでいた。

「伊勢湾は,中央に最深処のあるスリバチ型の海である。
 が充ち満ちたとき,伊勢湾は静かで,深さを測り難い感じがする。
 陸地のくさむらに,きりぎりすが啼いているが,そのこえは湾全体ののしずもりに対して伴奏の役を勤めている。
 否,そのきりぎりすのこえが逆に湾全体のを,しずまりかえしているのである。
 一湾にしずもるは巨きな水量であるが,きりぎりすのこえは,かそかなこえである。
 このかすかなものと,この巨きなものとが結びついて,人のこころを和(ヤワ)らかならしめるのである。」

 満の湾内は途方もなく巨大な水量を湛え、ゆったりと鎮まっている。
 圧倒された俳人の足元で一匹のキリギリスが鳴いている。
 声は小さいが湾も天地も覆う。
 鎮まった伊勢湾の潮は、微かな声によってさらに静まり返り、目と耳がつかんだ宇宙的調和は、心をどこまでも和らげる。

 山口誓子は、昭和17年、戦争下で詠んだ。

蟋蟀コオロギ)が深き地中を覗き込む」

 地にいるコオロギが、足の下にある地表の更に下へと意識を向けている。
 見えようのない暗黒を観ようとしている。
 いかに国家が事実を隠し、威勢のよい情報を流そうが、醒めた人の感性まで麻痺させられはしない。
 もう、目線を上げて探す未来はどこにもなく、心の視線は、まだ顕れていない地獄へ向かうのみである。

 その1年前、肺を病んで療養中の一句である。

「露更けし星座ぎっしり死すべからず」

「露の夜更けの星座は一粒一粒磨いたように美しく、それを見てゐると、早く死んでしまつてはならないと思った。」

 この生きる意志がコオロギに乗り移ったのではないか。
 病気と戦争を通り過ぎた生を生きているがゆえに、伊勢湾のしずまりは深々と身に沁みたのだろう。

 昭和63年、87才になったおりの作品である。

廃線路どこまで続く曼珠沙華(マンジュシャゲ)」

 廃線となった線路沿いに曼珠沙華の帯がずうっと続いている。
 秋風はもう冷たさを含んでいる。
 曼珠沙華すなわち彼岸花は、その毒性から死人花(シビトバナ)や地獄花(ジゴクバナ)とも呼ばれるが、多くの人々はお彼岸に咲く「天上の花」として朱色を目に刻む。
 山口誓子は、お迎えの道として眺めていたのだろうか。

 この四句は、醒めた人の勁さを示している。
 観る力、抒情を文字化する力は揺るがない。
 仰ぎ観る思いがやまない。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん さん ざん ざん さく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。

https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。