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2015
11.03

11月5日、秋の相談会を行います ―あの世への安心と、この世での幸せを―

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 今年も「マイベストプロ宮城 秋の生活相談会」が行われます。
 生と死について、いろいろなお話を申しあげる予定です。

 さて、私たちは必ず誰かをあの世へ送っています。
 ご先祖様がない人は誰もいません。
 では、実際に自分が誰かを送らねばならない時は、どうすればよいでしょうか?
 ソギャル・リンポチェ師は説きます。

希望を与えることと、許しを見出すこと」


 この二つを考えてみましょう。

1 希望を与える

「死を目前にした人といるときは、つねにその人が成し遂げたこと、成功したことを思い語らうようにしなさい。
 その人生を建設的なものとして、十分に満足できるものとして受け止めるように仕向けなさい。
 短所ではなく長所に目を向けること。
 死に行く人はしばしば、罪悪感や後悔の念や失意といったものにとらわれて、ひどく脆くなる。
 それを心ゆくまで、ありのままに表現させてやりなさい。
 その人の言葉に耳を傾け、それを受け止めること。
 そして同時に、いつか適当なときに、その人にみずからの仏性(ブッショウ)を思い起こさせ、瞑想の行を通して心の本質に安らぐように励ますといい。
 特に、その人にとって痛みと苦しみがすべてではないことを思い出させることだ。」


 小生は、ご本尊様へ祈り、戒名をいただく前に、故人がどういった方だったかをお訊ねします。
 すると、ご遺族は必ず、口々に〈長所〉を言われます。
 そして祈れば必ず、人間としての徳にあふれたお戒名が授かり、それをお伝えし、ご説明申しあげると皆さんは、あらためて故人の人徳に涙されます。
 そこに送る人の大いなる安心があり、当然、あの世の親であるみ仏から降りた戒名を受けた故人は安心を自信を持ってあの世の旅を始めることでしょう。
 生前戒名の授与において、この過程がこの世の方のために行われます。
 生前戒名を受けた方は必ず、出家した僧侶のように、日常生活において何らかの生き直しを行われるものす。

 それと同じように、旅立とうとする人が自己嫌悪や後悔の念にとらわれそうになった時は、〈長所〉を語ってあげたましょう。
 仏性が何をさせたかを語ればよいのです。
 特に、子供や後輩など、恩を受け感謝している人びとの言葉は必ず大きな力づけになることでしょう。
 もちろん、その人の口から漏れ出し、流れる愚癡は遮らず、出させた上で。
 いわば、膿を出し切ってから薬をつけるのと同じです。
 必ずや癒えて心が軽くなることでしょう。

2 許しを見出す

師は、 「神さまは私の罪を許すでしょうか?」と不安な人にはこう答えます。

「許しはすでに神の本性のうちにあります。
 それはすでにそこにあるのです。
 神はすでにあなたを許しています。
 なぜなら、神は許しそのものですから。
『過つは人のつね、許すのは神の性』というでしょう。
 むしろ、あなたは真にあなたを許せるか?
 それが本当の問題なのです。
 自分は許されていないし、許されることもないのだという思いが、あなたをそんなにも苦しめているのです。
 だが、それはあなたの心のなかにしか存在しないものだ。
 臨死体験のなかで、すべてを許す大いなる黄金の光の存在が現れる話を、読んだことはありませんか?
 そしてまた、こういうこともよくいわれるのです。
 最後に私たちを裁くのはわたしたち自身なのだ、と。
 罪を清算するためには、心の底から浄化を求めることです。
 あなたが真に浄化を求めたその先に、許しはあるのです。
 神はあなたを許してくださるでしょう。
 キリストが語った美しい寓話のなかで、父親が放蕩息子を許したように。
 あなたがあなた自身を許すのを手伝ってあげなさい。
 あなたがした善いことを思い出すのです。
 あなたの人生に現れたすべての人を許しなさい。
 そして、あなたが傷つけたすべての人に許しを乞うのです。」


 キリストは人間の原罪を背負って磔になりました。
 菩薩(ボサツ)は、お地蔵様の代受苦(ダイジュク)に表れているとおり、生きとし生けるものの苦を身代わりとなって吸い取り、浄化します。
 神仏は、お許しくださいますか?と問うまでもなく、〈罪や苦を引き受け、許す者〉として存在しているのです。
 だから、神仏に問うまでもありません。

 問題は、自分が自分を許せるかという一点にかかっています。
 自分は自分を容易に許せません。
 なぜなら、自分の行為も、それをさせた心も知っており、かつ、良心があるからです。
 まじめに生きてきた人ほど、自分を許せないものです。
 それが、人生最後の苦しみになったりもします。
 では、どうすればよいのでしょうか?

 まず、良心に恥じない善行を思い出すこと。
 もちろん、それで〈チャラ〉になるわけではありませんが、心は常に瞬間というピンポイントの連続体であることをイメージすれば、善行というポイントが輝いている時は、悪行というポイントは光を発していないことになります。
 だから、それだけでも楽になります。
 しかし、それだけでは根本的な解決にはならず、さらなる善行必要です。

 自分にかかわったすべての人の過ちを許すのです。
 自分を傷つけた人、陥れた人、バカにした人、無視した人などなど。
 許す心のはたらきは慈悲であり、それは尖らず柔らかく、冷たくなくて温かい。
 心に慈悲が広がる時、自分の罪を暴き、咎める氷の刃は消えています。

 それでも罪滅ぼしの意識は消え去らないでしょう。
 ならば、傷つけたすべての人に許しを乞うしかありません。
 心から。
 本当にそれができて心に涙が流れる時、〈自分が悪かった〉という思いは決して自分から力を奪いはしません。
 良心が激しく活動しているからです。
 他人を許し他人へ許しを乞うている時、心の主役は慈悲心と良心です。
 この両者によってあの世へ送られる方に、罪と罰に関する何の心配がありましょうか。

・講  師 住職遠藤龍地
・日  時 11月5日(木)午後3時~3時50分
・場  所 河北新報社一階ホール
     仙台市青葉区五橋1-2-28
・参加費 無料
・定 員  20名(申込順で締め切られます)
・申込み  022(715)9350
 閉会後、個別にご相談を受ける時間とスペースもあります。お気軽にお申し込みください。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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