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2015
12.04

短編小説『角筈にて』を読む ─人生を彩り、鍛えるもの─

201512040001.jpg

〈『角筈にて』を含む1円の本〉

 運転中にラジオをかけたら、とてつもない言葉たちが耳に飛び込んで来た。
 中年の男が、亡霊となって顕れた父親と文字どおり、永遠の別れをするシーンである。
 あらためて小説の力、簡明な日本語の奥深さにうたれ、いつものようにアマゾンで調べたところ、集英社の文庫本が僅か1円で売られていた。
 これもまた、いつものように心のどこかが悄然となりながら注文し、翌々日には対面した。

 文庫本には有名な『鉄道員(ポッポヤ)』を含む4編の小説が収められている。
 受け取った夜、布団にくるまりながら一気に読んだ。
 普段は数ページで睡眠薬の代わりになってくれる読書が、久々に頭を冴えさせ、身体の疲れを忘れさせた。
 寝ようとしたところ、急に加湿器のブーンという微音が気になり、わざわざ起き出して止めたほどだった。

 さて、この短編小説は『角筈(ツノハズ)にて』である。
 左遷された中年商社マンが人生の重大な転機に際して、かつて自分を捨てた父親と自分の関係を振り返るうちに、父親の亡霊から真実を告げられるという話である。
 人生にはやむにやまれぬ事情や状況というものが必ず発生するが、そこで試され、鍛えられるのは覚悟の程である。
 思いを引き裂かれるように親から捨てられるのも、自分の心理から逃れられずに妻に堕胎をさせるのも、理不尽な左遷に遭うのも、そうした場面である。

 主人公は、どんな時も矜恃を失わず、懺悔を繰り返す。
 事情を客観的に観ることによって相手の事情をくむ一方で、自分の罪については決して言いわけをしない。
 人生に対して誠実なのだ。
 そこから自然に相手への思いやりが生まれ、過去は哀感に彩られつつ一篇の物語となって心におさまる。
 誠実な思いや言葉や行動に伴って動く情感は、主人公の人生を救い、浄め、輝かせ、重みと深さを増すだけでなく、読み手に対しても同じ作用を及ぼす。

 作者浅田次郎氏は「あとがきにかえて」に書く。

「『角筈にて』は、私のいまわしい幼児体験を書いた。
 むろんありのままではないが、おおむね実話である。

 直木賞を落選した失意のうちに小説誌の締め切りが迫り、『こんなのしか書けなかったよ』と編集者に泣く泣く原稿を渡した。
 しかし読み返してみると、どうやらそのときでなければ書くことのできなかった小説のようである。
 つまり、『蒼穹の昴』が直木賞に落選しなければ、『角筈にて』は永遠に書かれるはずがなかった。

 こればかりはどうしても書けぬ体験をどうしても書かねばならぬほど、私は追いつめられていたのだった。」


 〝──無念〟と胸がぺしゃんこになりそうな時、〝理不尽!!〟と憤った時、〝すまなかった……〟と動けない時、『角筈にて』に戻ってみたい。
 涙と共に心の嵐や墜落や塞がりがなだめられ、息を吹き返すことができるように思える。
 最後に、この小説の主題ではない部分をあえて選び、紹介しておきたい。
 主人公貫井が日本を離れる直前、せめて見送りたいと電話をかけてよこした元の部下たちとのやりとりである。

「受話器を置こうとすると、小田は声高に呼び止めた。
 ──きょう、内示が出たんです。
 私、九月の移動で貫井さんの後任になります。
 ──後任?
 それはおめでとう。
 営業一部長は花形役者だぞ。
 がんばれ。
 よかったな、小田。
 これで俺も成仏できる。

 ふいに、低い、押し殺すようなうなり声が耳に届いた。

 ──こんなことってありますか。
 貫井さんをとばせば、あとは何事もなかったって言うんですか。
 ──おいおい、そばに誰もいないんだろうな。
 ──いたってかまいませんよ。
 ねえ、何とか言って下さいよ、貫井さん。
 こんなばかな話ないでしょう。
 岡田は企画室長で、富山は秘書課長だっていうんです。
 貫井さんだけがとばされて、プロジェクトは全員ご栄転ですか。
 みんなここにいます。
 みんな、泣いてますよ。
 かわりますから。
 ──いいよ、やめとけ。
 俺の部下は優秀だったんだ。
 それだけだよ。
 ──ちがうって。
 そうじゃないって。
 わかるでしょう、俺たちみんな……すみません、興奮しちゃって。
 われわれはみんな、貫井さんに育てられたんです。
 新入社員のころから課長職になるまで、貫井さんがみんな引き上げてくれたんじゃないですか。
 ──ちがうよ、小田。
 おまえらが優秀だった。
 俺は優秀な部下に恵まれたんだ。

 受話器の中に、かつての部下たちの憤る声が響いた。
 電話のスピーカーから聞いているのだろう。

 ──弔い合戦、やりますからね。
 今もみんなで話し合ってたんです。
 全員とばされたっていいから、もうちちど貫井さんを本社に戻そうって。
 ──ばかなことを言うな!
と貫井は怒鳴った。

 電話の向こう側は一瞬、沈黙した。

 ──それはな、あと十年たって、おまえが役員になってから考えることだ。
 いいな、これは俺の最後の命令だ。
 つまらんことを考えるな。
 小田も富山も岡田も、みんな役員になれ。
 取締役会でそうと決まれば、俺は本社に戻る。
 総意に基づく社命でなければ、俺は従わない。

 小田は声をしぼってすすり泣いた。
 十年──仮に彼らがその命令を実現させたとしても、リオから戻るその日には商社マンとしての余命はない。

 ──申しわけありません。
 がんばります。

 小田の声がそう言うと、周囲から同じ言葉が続いた。

 ──見送りはいらない。
 ハネムーンの邪魔はするな。

 それだけを言って、貫井は受話器を置いた。」






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「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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