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2016
01.09

イラク戦争と靖国神社への祈り(その3)

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〈門松はミケ子にとって何なのだろう?〉

 平成16年1月、自衛隊イラク派兵に鑑み、小生は、仏神と祖霊のご加護自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

○立ち止まり(1月29日)

 体中が不快で夜通し寝られず、朝になったら39度の熱が出て動けなくなった。
 点滴を受けたものの、昨日出発を強行されてバカにするなとばかり怒ったらしいインフルエンザの威力はすさまじく、1日をまるまる棒に振った。
 不徳のいたすところである。
 
 さて、御霊をご供養するのが靖国神社参拝の目的の一つだが、供養は慰霊であり、単なる追悼ではない。
 追悼は一方的に亡き人を偲ぶことであり、慰霊は御霊との感応を前提にした宗教行為である。
 古来、日本人は位牌やお墓を前にして手を合わせて来た。
 そこでは、ただ特定の人を偲んでいるだけではなく、御霊に慰霊のまことをささげ、感謝し、自分自身の生き方についてもなにがしかの決意を新たにし、無意識のうちに御霊のご加護を祈る。
 生者と死者が明らかに交流する。

 人生相談の経験上、家族一緒に仏壇の前で手を合わせているご家庭では、子供の性格の破綻や素行の荒みが少ないように思える。
 仏壇のあるご家庭では、たとえ1日に1回でも、お子さんができるだけ小さいうちから一緒に仏壇へ向かいたい。
 仏壇がないご家庭では、せめて食事の際に合掌して「いただきます」と「ごちそうさま」をはっきりと口に出したい。
 それは、少なくとも敗戦直後あたりまでは、家庭でも、学校でも、あるいは職場でもごく一般的な慣習だったはずである。
 こうした重要な慣習は、この世が目に見えるものだけで成り立っているのではないこと、そして、自分が自分の力だけでこの世に生きていられるのではないことを、子供が人生の早いうちに感得できるよう導く。
 もちろん、大人たちは子供へ教える言葉以前に、仏壇の前にきちんと座る後姿や、合掌する時の敬虔な表情などをもって子供の心へ何かを感じさせねばならない。
 
 釈尊は毒矢にたとえ、まず〈なすべきこと〉をなせと説かれた。
 毒矢に射られた場合、誰がいかなる目的で、どこからどう射たかなどと、いつまでも詮索していれば毒がまわって死んでしまいかねない。 
 まず、自分に射られた矢を抜いて毒を消すこと。
 すべてはそれからである。
 理屈や旗印を競って「ああでもない、こうでもない」とやっているだけでは、取り返しのつかないことになってしまう。
 日本人が大切にしてきたものを見直したい。 

○待機(1月30日)

 どうにか1日で回復したが、さまざまな法務のご依頼が入り、病院の指導もあって、千枚護摩を焚いてから再出発することにした。
 ホームページをご覧になられた方々からお見舞いやらお励ましをいただき、恐縮至極である。
 
 さて、こんなことでもなければなかなか小説を手にする時間がないので、頭と眼の痛みを抑えながら、昨日から今朝にかけてカッパノベルズの『告発封印』を一気に読んだ。
 著者の高任和夫氏は「人生において、こんな幸せがまたとあるだろうか。作家冥利とはこのことだ」と書いておられる。
 作品を読みとおして、さもありなんと思えた。
 以前、事情があって二千冊以上の書籍を処分した時、高山岩男氏の『日本民族の心』などと共にどうしても手放せなかった一冊が高木彬光氏のカッパノベルズ『白昼の死角』だった。
 カッパノベルズは、出版社の「今日われわれが生活している時代の『詩と真実』を描き出す」という意気込みが伝わってくるシリーズである。
 企業マンと周囲の人々に起る事件を通して描かれるプロの漢(オトコ)たちの戦い。
 同志というもののかけがえのなさ。
 時として殺伐となる戦士の心へ彩りを与える女性たちのあでやかさ・ひたむきさ・けなげさ。
 不条理を生きる大人の哀感。
 そして、同時代に生きる人々へのエール。
 快書『告発封印』を、たくさんの人々に楽しんでいただきたい。

 久方ぶりに国会中継を少し観た。
 理想の国家像に関する議論がほとんどないように思えた。
 野党は政府側の情報量の豊富さと、知恵袋となっている官僚たちの専門的知識の高さという壁を前にしてく討ち死にするだけで、これでは政府・与党は今後、何でもできるだろうという印象を持った。
 日本でもアメリカでも「第一級の人物は政治家にならない」と言われて久しいが、そんなことはないはずだ。
 ただし、このまま野党のレベルが上がらなければ、結局は国民が痛い目を見ることになるのだろう。

○待機(1月31日)

 明日は、皆さんの厄除開運を祈って千枚の護摩木を焚く春祭の日である。
 準備がなかなか追いつかず、夜中になってしまった。
 経典は「赤や白の蓮華は、自分本来の色をしっかり保っているので、他の色に染められ汚されることはない。欲もまた、智慧と慈悲によって本来のはたらきを発揮すれば、揺るがぬ安心と限りない福徳とをもたらす」と説いている。
「自分は欲が深い」「善くないことばかり考えてしまう」などと思い悩まず、欲を大いなる意欲へ転化し、自他のためにしっかりやりたいものである。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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