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2016
01.12

仏性は白い桔梗 ─托鉢とご葬儀のこと─

201601120002.jpg
〈大和町宮床へ来て以来、初めての雪がないどんと祭。恐ろしい〉

 昔、托鉢で歩いた地域の方からご葬儀を依頼されることがある。
 駆けつけると、10年以上も前の光景がそのまま残っていたりする。
 しかし、行者の祈りを受け、お布施を渡してくださった方はもう、この世におられない。
 白い布で顔を隠し、ふかふかの掛け布団の下で枯れ木のように横たわっている。
 かつて、行者のいのちを支えてくださった方が、ご自身のいのちを亡くされた事実に途惑う。
 できることと言えば、安心の世界へ旅立つお手伝いをすることだけだ。
 
 葬送儀礼としての宗教はここから始まったのだろう。
 子供が、自分を育み育ててくれた親の死に際してできるのは、感謝し、安心して眠ってもらいたいと願うことしかない。
 でも、自分にはそれを現実化する具体的な方法も力もない。
 そこで異界と通じる能力を持つシャーマンが登場したのだろう。
 悲しみと共に生じる切実な願い。
 そこで行われる宗教行為と、得られる安心、そして、区切りをつけた上での日常生活の回復。
 私たち人間は世界中のどこででも、まごころが求める自然な行為として葬送儀礼を行ってきた。

 人の死に当たり、ご遺族は最大の敬意をもって死者を送るために、最大の礼を尽くす。
 宗教者は、修行のすべてを注ぎ込む修法をもってその願いに応える。
 ご遺族も宗教者も、そうしないではいられない。
 いわば霊性仏性がそうさせる。
 生があって死があり、死があって生があるこの世で、ここが崩れればあらゆる敬意も礼も嘘になるだろう。
 普段の生活では、仏性が多少、寝ぼけ眼のまま、損得などのつごうによるはからいが表に出てくる場面があってもやむを得ないが、人の死を承けてなおそうならば、仏性の声に無頓着であるという意味で、明らかに自己欺瞞である。

 夏目漱石は詠んだ。

仏性は白き桔梗にこそあらめ」

 私たちの心には必ず、仏性が真っ白な〈balloon flower〉として授かっている。
 普段、風船のように丸くなって閉じたままでも、いざという時には必ず花びらを広げる。
 桔梗は絶滅危惧Ⅱ類(絶滅の危険が増大している種)に指定されているが、仏性を白い風船のまま枯らすわけにはゆかない。
 娑婆の方も出家者も、互いに分を尽くしたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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