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2016
01.13

イラク戦争と靖国神社への祈り(その7) ─懺悔・危機感─

201601130001.jpg
〈私たちの何がこれを守らせているのだろう。私たちが守られていることを心のどこかで感づいているからではなかろうか〉

 平成16年1月、自衛隊イラク派兵に鑑み、小生は、仏神と祖霊のご加護で自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

○共通認識(2月13日)閖上~大河原

 朝から電話とFAXによる打ち合わせが相次ぎ、宿を出る頃はすでに、清掃を担当するジーパン姿の女性が事務所前で待機中だった。
 国道は車の列である。
 その数といい、切れ目なく続く飲食や物販や娯楽などの店舗数といい、うねるような人の営みのエネルギーに圧倒される思いである。
 こんなことは、きっと徒歩で歩かねば感じる機会はなかっただろう。

 以前、知人の住んでいたアパートが建物群の陰から屋根だけ見える。
 車屋でトイレを借りたら、店長らしい人がコーヒーを用意して、熱心に対話を求められた。
自衛隊が行かないで済めば良かったのですが、こうなった以上は立派に役割を果たして、一日も早く全員無事に帰国してもらいたいものです。
 靖国でよく祈って下さい」
 我がことのように真剣だった。
 真言を口に、人家のない切り通しのバイパスを行くと、路端にアバラ骨を白々と露わにした獣の骸(ムクロ)がある。
 タヌキだ。
 宮床付近でも、死骸になった獣へ手を合わせるのはほとんど彼らの一族である。
 どうしてタヌキたちが目立って犠牲になるのだろう。

 次に道を訊ねたガソリンスタンドのご主人は「とにかく話をしてくれ」と事務所へ案内し、なかなか離してくれない。
〈戦後日本のどこかに問題がある〉→〈子供に問題が発生した〉という流れがいかに共通の認識であるか、いかに皆さんが戦争を避けたいと願っているか、再認識させられた。
 事務所の方々のご意見とお励まし勇気百倍の思いで、風の中へ出た。
 お大師様の信念である。

「個人個人においては三密の行によって、み仏の子である自分の真姿に気づくこと。
 国家においては、天皇自らが智慧の実践者たる転輪聖王(テンリンジョウオウ…真理によってこの世を統治し、王としてのすべての徳を具えている王)になること。
 そうすればこの世は密巌国土(ミツゴンコクド…浄土)になる」


 仏法は万人にとっての導きであり、〈戦後の問題〉の解決もそこに手がかりがあるのではないか。

 宿探しに時間を費やし、大河原郊外のラドン温泉でお世話になった。
 このあたりの子供たちの多くは気持良く挨拶を返してくれる。
 彼らの顔が、声が、希望の灯だ。

(現在の共通認識に、格差の拡大、母子家庭の貧困化、結婚し家を持てない若者の増大などがあろう。
 それでいて、これまで行われてきた経済政策への根本的批判や、その大転換感を求める声が広がらない。
 作家中村文則氏は、1月8日付の朝日新聞『選べない国で』において指摘している。
「格差を広げる政策で自身の生活が苦しめられているのに、その人びとがなぜか『強い政府』を肯定しようとする場合がある。
 これは日本だけでなく歴史・世界的に見られる大きな現象で、フロイトは、経済的に『弱い立場』の人々が、その原因をつくった政府を攻撃するのではなく、『強い政府』と自己同一化を図ることで自己の自信を回復しようとする真理が働く流れを指摘している。
 経済的に大丈夫でも『自信を持ち、強くなりたい』時、人は自己を肯定するため誰かを差別し、さらに『強い政府』を求めやすい。
 当然現在の右傾化の流れはそれだけではないが、多くの理由の一つにこれもあるということだ。
 今の日本の状態は、あまりにも歴史的な典型の一つにある。
 いつの間にか息苦しい国になっていた。」)

○行者の血(2月14日)

 自分の足が痛ければ仏神への不敬を詫び、腰が痛ければ親への不幸を詫びる。
 身体が重くとも歩かねばならないのは、生きとし生けるものの命を粗末にした報いであり、足のマメは師のお灸である。
 真言宗中興の祖覚鎫上人(カクバンショウニン)の、『密巌院発露懺悔文(ミツゴンインホツロサンゲノモン)』における懺悔(サンゲ)は、真剣の刃の上を渡るほどの覚悟に満ちている。

「法界(ホウカイ)の諸(モロモロ)の衆生(シュジョウ)、三業(サンゴウ)に作る所のかくの如(ゴト)くの罪、我皆相代(アイカワ)って尽(コトゴト)く懺悔(サンゲ)し奉る、更に亦(マタ)その報いを受けしめざれ」


(世界中のもろもろの人びとが、身体と言葉と心とで生み出す悪しき業によってつくるさまざまな罪を、私がすべて身代わりとなって余すところなく懺悔しますので、人びとへどうか、罪の報いとしての災厄や苦しみがもたらされませんように)

 僧侶が罪を詫び、同時にあらゆる人々が過去世から現在までに犯して来たすべての罪を身代わりとして懺悔し、救いを請う思いは、自らの厳しい行から発したに違いない。
 一輪の花に全ての花の徳を込めて捧げる法が成立する以上、たった一人の行ですべての罪の消滅を祈ることも可能なのだ。
 
 りんご売りの店先で一個だけ買い求めたら、もう一個のサービスとお布施が付いてきた。
「私は、お婆ちゃんから、『神様と仏様とお陽様を拝んでいれば大丈夫だから』と教えられ、宗教のことはよく解りませんが、子供たちもそうやって育てました」
 陽に焼けた顔に大きな眼と口がよく動く奥さんのご家族はきっと〈大丈夫〉だろう。

 歩きに歩き、暗くなって宿を探していたら、お土産物店のご主人が「旅は道連れ世は情け。すぐそこだから」と、奥さんに運転させて宿まで送ってくれた。
 車中でなぜ靖国へ?と問われ、急いで答えようと言葉を探しているうちに気づいた。
 危機を肌で感じたために、行者の血が奮い立ったのである。
 常々、子供や若者たちの心に空洞ができているのを憂いていたことに加え、彼らのいのちまでも戦争によって滅ぼされかねないという状況に立ち至れば放置できない。
 生涯一行者でありたいと願っている自分を何らかの形で投げ出さずにいられなかった。
 
 住職は寺に住むことが仕事の一番目ではないかと心配して下さる方もあったが、ありがたいことに、電話や手紙だけでなく、わざわざ来山してお励まし下さる方もおられる。
 壇信徒の方々はもちろん影形流(オンギョウリュウ)居合の行者たちへも大変な迷惑をおかけしているが、子供たちと日本の未来のために、平にご容赦を賜わりたい。

(この頃、感じていた危機感は、妄想によるものではなかった。
 後になって漏れ聞こえてきたところによると、「戦争をしていない所へ行くのだから戦争には巻き込まれない」などという政府の国会答弁の裏側では、死者が出ることを想定して、自衛隊はお棺もちゃんと携行していた。
 実際、駐屯地のすぐ近くに迫撃砲の着弾などがあった。
 死者が出ないで済んだのは、〈戦争をしない国〉日本への信頼感と、現地の人びとに溶け込もうとした隊員たちのとてつもない努力、そして仏神のご加護のたまものだったのではなかろうか。
 あまりの緊張感に精神を病んだ隊員もいる。
 イラクにはやはり、明らかに〈いのちの危険〉があったのだ。
 日本はあの時、救われた。
 後に、福島原発の事故が東北地方の全滅や日本中の放射能汚染にまで広がらなかったのも、重なる僥倖のおかげだった。
 しかし、いつまでも運良く破滅を避け続けられるはずはない。
 もう、死に神はそこまで来ているのではなかろうか。
 私たちにそれを呼び込む要素や因縁がないかどうか、要素や因縁を処置できないかどうか、手遅れにならぬうちによく考えたい。
 発生した死は、回復の手立てがまったくないのだから)




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん さん ざん ざん さく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。

https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8





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