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2016
03.24

イラク戦争と靖国神社への祈り(その24) ─四摂法(シショウホウ)を語り合う─

2016-03-24-0001.jpg
〈平和な日本のドーム〉

 平成16年1月、自衛隊のイラク派兵に鑑み、仏神と祖霊のご加護で自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

 公開講座での講演など、帰山しての法務が続いている。

四摂法(シショウホウ)の実践(平成16年3月3日)

 NHKの講座で四摂法(ししょうほう)の話をした。
 四摂法とは、人間の集団がまとまって活き活きとはたらくための留意点であり、それはそのまま社会人としての基礎的修行となる。
「一つに『愛語(アイゴ)』があります。
 相手の心に響く愛のある言葉と言っても、必ずしも優しい言葉だけとは限りません。
 相手のためになろうとして、きつい言葉を使ったり、激しいもの言いをせねばならない場合もあります。
 あえて悪者(ワルモノ)になることだってありますね」

 こう申し上げたら、受講者から即座に「内部告発もそうですね」と返ってきた。
 内部告発には権力闘争や人間関係のもつれなどの要素がからむ場合もあろうが、純粋な正義感でそれを行う人の心には、逼迫感・緊張感・勇気など、想像を絶するものがあることだろう。
 決断し発せられた言葉もまた、何かを守るための愛語に相違ない。

「誰とでも平等に接する『同事(ドウジ)』とは、他人を自分と思う心がなければ実践できません」

 今度は、「他人のものと自分のものをごっちゃにするのはどんなものでしょうか」と突っこまれた。

 隠形流(オンギョウリュウ)居合で唱える『七言法(シチゲンホウ)』の三番目は「自他のものの区別をすること」であり、自分を厳しく鍛える修行として欠かせない。
 一見『同事』と相反するように見える。しかし、あくまでも我がものと他人様のものとを区別できる心の定まった人であればこそ、四摂法の実践が可能になる。
 それぞれの〈分〉を見極め、大切にしつつも、そこにとらわれず、自他を同一に観る目を持つところに同事の意義と価値がある。 
 たとえるならば、自他のものの〈区別〉は土台であり、〈同事〉は家である。
 土台のない家を建てれば、見かけは立派でも、やがては崩壊する運命を逃れられない。
 
 人生相談では、ご来山された方のお心へ限りなく近づくように心がける。
 持ち出されるお話は、決して〈他人ごと〉ではない。
 対話する2人は、いわば〈同位〉にある。
 しかし、状況を把握し、問題点を見つけ、最善の解決法を考えるためには、相手の心へどっぷりと入り込んではならない。
 去り行く方のと感応しつつ引導(インドウ)を渡すご葬儀の場面と同じである。

 日常生活における同事の実践には、区別との緊張を超えて行われる場面があろう。
 まさしく〈行〉なのである。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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