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2016
02.17

人間の病いと世界の病い

 患者一人一人が抱える心のいと徹底的に向き合った故河合隼雄の言葉である。

201602170001.jpg

「ぼくの場合は、一人の人間のことに必死になっていたら、世界のことを考えざるをえなくなってくるんですね。
 結局、深くんでいる人は世界のんでいるんですね。」


 一人の人間のありようは世界の具体的な表現だ。
 一人の人間のありように世界が表れていないはずはない。

「進行性不治難病と告げられて何処に在りてもわれは〈時計〉か」(山口健二


 進行性をもった不治の気に罹った山口健二氏は、自分が死への時を刻み続ける一個の時計であると観じた。
 しかし、気づいて詠んだのは一人であっても、たった一人だけが〈時計〉なのではない。
 万人が〈時計〉なのだ。
 追いつめられた一人の心理に万人のありようが顕れている。

 また、病気になり伏せっている維摩居士(ユイマコジ)を見舞い、あなたほどの神通力を持った方がなぜ病魔に勝てないのかと問う文殊菩薩へ、居士は答えた。

「一切衆生(シュジョウ)病むが故に我れ病む」


 万人に病気があり苦しんでいるのだから、自分もまた同じ苦しみを苦しむのは当然であるという。
 悟りを開きながらも絶対安心の世界である涅槃(ネハン)へ入ってしまわず、人びとの苦楽を自分の苦楽と感じながら具体的な救済に励む菩薩(ボサツ)の道を示す決定的な言葉である。
 身代わり地蔵は、衆生の苦しみを我が苦しみと深く感じるがゆえに、身代わりになられずにはいられない。
 たった一人をも見捨てない。
 苦しむ一人に、万人の苦しみが表れており、菩薩は万人の苦へ立ち向かう。
 弥勒菩薩(ミロクボサツ)が現れて最後の一人をも救い尽くす日まで。。

 苦しむ〈一人の人間〉が心の目に入らない人は、世界の苦しみがわからない。
 自分が苦しい時は、万人の苦しみがわかる時だ。
 苦しむ人が目に入る。
 さあ、見えてくる人、見えてくる世界へ、自分はどうするか?
 何ができるか?
 何をしないではいられないか?




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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