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2016
02.25

くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる ─正岡子規とバラ─

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 暖かい日に温かな雨が降った。
 正岡子規の歌が思い出された。

「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」


 春になり、60センチほどに伸びたバラから赤く色づいた芽が出ている。
 芽にある細かな針は柔らかい。
 幼きものへの愛おしい気持が湧いてくる。
 そこへ春雨が降りかかる。
 雨もまた、柔らかい。

 春の優しさ、新たな四季の胎動、雨と生きものの交歓。
 この一首が歌集にまとめられたのは明治33年、結核に罹患してから11年、前年に脊椎カリエスで寝たきりになった子規は、この針に触れたのだろうか?
 雨には当たっていないだろう。
 想像した針の「やはらか」さが、雨の「やはらか」さを連想させたのだろうか?

 小学1年生のおりに胸をやられ、畳の部屋で仰臥し、横町で遊ぶ子供たちの声を聴いているしかなかった小生には忘れられない作品である。

 薔薇と言えば、「艶麗体」と題した作品にこうしたものもある。 

「くれなゐのとばり垂れたる窓の内に薔薇の香満ちてひとり寝る少女


 もう死期はそこまで来ていたが、まだ30台になったばかりだった。
 窓に紅いカーテンを垂らした室内にはバラの香りが満ちている。
 そこにたった一人で仰臥する少女

 子規は外にいるバラと一体化し、少女は室内にあるバラの香りと一体化している。
 想像する力の創造は凄まじい。
 彼は文字通りいのちの限りを尽くして創造に励んだ。
 死の前日、紙の中央に
「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」と書いた。
 次いで左に
「痰一斗糸瓜の水も間に合わず」
と書いた。
 そして右に
「をとヽひのへちまの水も取らざりき」
と書いて意識を失ったという。
 
 


 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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