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2016
05.02

本当の安心を目ざして ─樹木葬・一代墓─

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〈笹倉山を望む『法楽陵』〉

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〈七ツ森の山々〉

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〈福祉墓『へいあん』〉

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ペット墓『一心』〉

 お問い合わせが多い個別型永代供養樹木葬法楽陵』の聖地は着々と整備が進んでいます。
 ようやく全面的な芝貼りが済み、一雨ごとに緑が濃くなるのを待つのみです。
 皆さん、それぞれの思いで見学し、検討し、契約しておられます。

 自分がこの世に存在したことを何らかの形で〈残したい〉面と、自然へ〈溶け込んで行きたい〉面とを、皆さんなりによく考え、話されます。
 自分の人生の軌跡が、この世で接した人々にとって、自分の死後もしばらくは何ごとかであり続けて欲しい。
 死と共にいきなり忘れ去られ、空無になってしまうのはあまりに寂しい。
 かと言って、自分がこの世にいたぞと永遠に残したいほど強い意志も欲も持ってはいない。
 むしろ、後に続く者にあまり負担をかけたくもない。
 供養という人間として向上する大切な機会を若い人から奪ってしまうほど、反宗教でもなければ、依怙地でもない。
 当分供養され、後は忘れ去られるままに大自然へ溶け込んで行きたい。

 ご来山される方々と会話を交わすと、こういった安心への考え方が多くなっているように思われます。
 とは言え、復興の進む地域などでは、親が存命中にできなかった親孝行の証として、あるいは、不慮の死を遂げた親にせめて自分一代だけでも供養のまことを捧げるために、お墓を建てようと懸命な方々もおられます。
 そうした方々は、当山の『一代墓』という考え方に共鳴されたりします。
 また、我が子同様に、ある意味では我が子以上に老後の支えとなってくれたペットと一緒に眠ることを最後の願いとして、同じ墓所内にペットのお墓を造りたいと『一代墓』を申し込まれる方もおられます。

 安心の形は文化の根底にかかわるものであり、時代と共に変遷します。
 これまでの習俗を全否定するのは心の基底を崩し、無用の対立を生むので、感心しません。
 その一方で、流行歌が変わり、ファッションが変わるように、死後へのイメージもまた変わって当然です。
 仏教は、2500年もの間、国により地域により民族により古人によりさまざまに異なる人間の生きざまと融通無碍(ユウズウムゲ…こだわりやぶつかり合いのないさま)に関わり合いながら変化し、深化してきました。
 救い漏れのない仏教には8万4千もの法門があるとされています。
 角張ること、尖ること、他の宗教を邪教・邪宗と決めつけること、この経典・この教え・この教祖だけでいいと夜郎自大(ヤロウジダイ…高慢にいばるさま)になること、これらは非仏教的な姿勢であると言えます。
 

謙虚に歴史を眺め、いのちと共に受け継がれてきたものに感謝し、同時に今を生きる者としての感性を大切にしつつ、弔われる皆さんと弔う寺院とが心を通わせ合い、本当の安心を目ざしたいものです。






 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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