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2016
06.02

なぐさめの 言葉しらねば ただ泣かむ ─ヒロシマの歌碑─

「なぐさめの 言葉しらねば ただ泣かむ 汝(ナ)がおもかげと いさをしのびて」

 歌碑に刻まれた一首は、原爆投下によって消滅した広島二中の校長古田貞衛が詠んだ。
 死者は、教官7名、生徒343名。
 ほとんどが即死とされる。
 ここで言う「いさを」は功や勲であり、生き生きと活躍する子供たちのかけがえのない存在感だろう。

 人間は、あらゆるものを言葉としてとらえつつ、人間として成長する。
 見聞きし感じとったものはすべて言葉として受け取られ、理解される。

 たとえば、写真家藤原新也氏は、インドの河畔で死者が焼かれる様子を眺め、写し、写真集『メメント・モリ』に書いた。

「死のとき、
 闇にさまようか
 光に満ちるか
 心がそれを選びとる。」

 写真家倉茂義隆氏は、写真『43年の夢』に書いた。

「長い年月をかけて撮りためた『43年の夢 ふるさと栃尾の日々』。
 私にとっては人生の問いに答えるようなものだったが、あらためて見直すと、意識して撮影したわけではない命の愛しい姿を感じられ不思議な気持ちを私に抱かせる」

 両著をひもとくと、文章が言葉であることはもちろんだが、写真も又、広い意味の言葉として在ることがわかる。
 言葉を知った私たちにとって、光も形も音も感触も、言葉としてとらえてこそ、意味を持つものとなる。

 冒頭の校長先生は、亡くなった教官も生徒も慰めないではいられないのだが、その思いはただ溢れるだけで、言葉に結晶しない。
 泣くしかないという。
 涙を流し、佇む先生の心に、いなくなった人々の面影や活発ないのちの気配がよみがえってくるのみ。
 ──空しく。
 原爆は人間の手によってこの世に生み出された悪魔である。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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