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2016
06.22

愚癡の人にならないために ─守本尊様の救い─

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 私たちは、時に、過去を振り返り、時に、未来を思い描きます。

 過去は、時には恨めしいものであり、時には、ほのぼのさせるものです。
 前者に傾けば、後悔から愚癡が出て暗くなり、後者であれば、満たされた気持から感謝が生まれて明るくなります。

 では、運が悪かったり、失敗が多かったりした人は愚癡を言い、運がよかったり、順調だったりした人は感謝するのでしょうか?
 70年間、生きて人を観て来た者の感想としては、そう言えなくもないけれど、必ずしもそうでないケースが少なくないような気がします。

 たとえば、27年間の投獄生活に耐え、南アフリカ共和国の大統領になったネルソン・ホリシャシャ・マンデラは、まるで密教僧のような言葉を遺しました。
「我々が自らの内にある光を輝かせるとき、無意識のうちに他の人々を輝かせることが出来るのだ。」

 私たちが共有している仏心は、誰かが輝かせれば、他の誰かの仏心に障碍となっている邪心を祓い、それも輝かせます。
 この身このままで仏心を輝かせるのが即身成仏(ソクシンジョウブツ)であり、生き仏になった人が、他の誰かをも生き仏へと誘わないはずはありません。

 また、過去がどうであれ、〈現在〉の過酷さが、過酷であるがゆえに視点の転換をもたらし、過去を意識させないケースもあります。
 過酷な現実に何らかの価値を見出した人にとって、もはや、過去がどうであったかということは問題になりません。

 ドイツ軍によって捕虜収容所に入れられ、いつガス室へ送られてもおかしくない体験をしたユダヤ人フランクルが書いた『夜と霧』に有名な一節があります。
「現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。」

 過酷な労働を終えて居住棟に帰り、スープを手にして土間でへたり込んでいた時、沈む夕陽の美しさに気づいた仲間に呼ばれ、皆して空を眺め、目を転じた地上にある水たまりが夕焼けの赤々とした光景を映し出している様子に、誰かがこう言ったのです。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

 書かれたのは昭和21年、一瞬、激しく動いた心の鼓動は、フランクルと仲間たちの間で共有されただけでなく、70年を経た今も、私たちの心に共鳴、共振をもたらします。
 こうした体験をした人は、〈愚癡の人〉へと堕ちて行く可能性や危険性が少ないのではないでしょうか。

 愚癡の人は、恐ろしくも、マンデラ大統領と反対の心になります。
「我々が自らの内にある光を覆い、輝かせないとき、無意識のうちに他の人々をも輝かせない者となる」

 こうならないためにこそ、ご本尊様へ手を合わせて身体をみ仏と一体化させ、真言や経文を唱えて言葉をみ仏と一体化させ、ご本尊様の徳を観想して心をみ仏と一体化させましょう。
 そうすれば、私たちは「自らの内にある光を輝かせ」、きっと「美しい自然に魅了され」つつ生きられます。

 愚癡の人にならないために、ご本尊様へ祈りましょう。
 特に、〈理想の自分〉の一面を示す一代守本尊様は、生まれ年によって運命づけられた具体的な導き手です。

 愚癡の人にならず、生き仏になりたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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