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2016
07.07

希望とポケット ─負けずに進もう─

2016-07-06-0003入りやど
山内明美先生の故郷南三陸町へ〉

2016-07-06-0004いりやど2

2016-07-06-0005ひころのさと
山内明美先生の故郷南三陸町へ〉

2016-07-06-0006ひころのさと2

 午前1時30分、今年最初のヒグラシを聴いた。
 一ヶ月後はもう立秋である。

 闇を見つめているうちに、杉山平一の詩『希望』を思い出した。
 そして、9日の講演会で講師を務めてくださる山内明美、渡辺祥子の両氏が、日本大震災からの復興に深くかかわってこられたことも思い出した。

「夕ぐれはしずかに
 おそってくるのに
 不幸や悲しみの
 事件は

 列車や電車の
 トンネルのように
 とつぜん不意に
 自分たちを
 闇のなかに放り込んでしまうが
 我慢していればよいのだ
 一点
 小さな銀貨のような光が
 みるみるぐんぐん
 拡がって迎えにくる筈だ

 負けるな」


 本当のガマンができれば、必ず「小さな銀貨のような光」が見つかり、人生の敗残者にはならない。
 本当のガマンを忍辱(ニンニク)という。

 我慢はそもそも仏教用語で、自分に対する執着心から他者を見下す慢心を意味する。
 空(クウ)を知らぬ無明(ムミョウ)と、生への盲目的な渇望のために自己中心となり、根拠なく不毛の慢心が生まれる。

 困り者の我(ガ)は、周囲とぶつかり、あらゆる悪の元となる。
 やがて、何があっても我に流されず、我が暴発せぬよう耐え忍ぶ忍辱をガマンと呼ぶようになった。

 この「小さな銀貨のような光」について仏教は具体的に説く。

1 たくさんの人々に愛される
2 たくさんの人々へ喜びを与え、気に入られる
3 なかなか敵をつくらない
4 なかなか過失をしない
5 迷わず、乱れず、死後は天界へ生まれる

 ガマンは辛いが、忍辱にまでなれば、ご褒美も大きい。
 ああ、ガマンとは……、祈るのみである。

 杉山平一のもう一篇『ポケット』を読んでみよう。

「町のなかにポケット
 たくさんある

 建物の黒い影
 横町の路地裏

 そこへ手を突込むと
 手にふれてくる

 なつかしいもの
 忘れていたもの」


 ポケットは決してモノが詰まってはいない。
 そうかといって空っぽでもない。

 ポケットを見つけた人は、次いで、そこからあらゆる無形の宝ものを見出す。
 ポケットはどこにでもあり、誰でも見つけられる。

 ただし、ポケットができるためには、〈時間〉が必要だ。
 流れ去った時間と、自分がハッとして立ち止まる時間。

 大震災被災地では人が亡くなり、家や生活も無くなった。
 そして、流れ去った時間が集積していた空間も。

 被災地を訪れるたびに思う。
 この地がおちつき、早く「建物の黒い影」や「横町の路地裏」ができてゆきますよう。

 そういう空間にはきっと潜んでいる。
「小さな銀貨のような光」を見つけるヒントが。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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