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2016
08.19

猛暑が教えたこと ─文明の選択へ─

2016-08-19-0001.jpg
〈福島原発における放射性物質の拡散による避難区域を、チェルノブイリ事故の基準で考えた場合の地図〉

 多くの方々が「今年の夏は暑かった」と感じておられるのではないだろうか?
 文字どおりの酷暑であり、当山の本堂にある温度計は36Cを初めて越えた。
 むろん、立秋を過ぎた現在の残暑もまた、辛いものがある。
 小生のような年配者になると、自分が年々、弱ってきているので、特に応えるという面もあるのだろうと考えるが、それでも酷くなったと思えてならない。

 進化生物学者長谷川眞理子氏は「ヒトの適応力、追いつかない」と語っている。
 そこには、瀧のように汗をかいて体温を下げるという珍しい適応力に恵まれた人間でも、この先どうなるかわからない、という恐ろしい予見が含まれている。
 私たちの漠然とした「絶滅」への不安が徐々に裏付けられつつあるのだろうか?
 以下、朝日新聞の抜粋である。

「ヒトは、大量に汗をかくことでその蒸発熱で体温を下ログイン前の続きげることができる、珍しい動物です。
 ウマも汗をかきますが、ヒトは毛がないので、水のような汗をかく。
 炎天下のサバンナでもトコトコと歩いて獲物を追い、植物を探す。
 暑さに対してそういう特殊な適応をした、哺乳類の中でも変わった生き物といえます。
 だからこそ、マラソンもできるんです。」


 私たちは寒さには耐えやすい。
 暖かい建物の中で、暖かい衣装を身にまとっていればよい。
 他のほ乳類もまた、地中に潜ったり、何かをかぶったりしてがんばれる。
 ところが、暑さに耐えるのは難しい。
 この夏をエアコンなしで過ごした方も少なくないだろうが、大変な消耗をされたのではないか。
 他のほ乳類も、せいぜいが汗をかいたり、忙しく呼吸を行ったりするしかなく、あとは木陰でうずくまり、季節が変わるのを待つのみだ。
 

「ヒトには、涼しくするための技術もあります。
 気温が50度近いところなど、風土に合わせて生きていける文化もある。
 暑さへの適応は本来は得意なはずです。
 なのに、体温が上がりすぎて熱中症になる人が増えている。
 その意味を考える必要があると思います。


 環境変化のスピードが速すぎて、対応できなくなってきたのかもしれません。
 都市は冷房の排熱などでヒートアイランド化し、自分で自分を暑くしている面もあります。
 子犬が自分で自分のしっぽを追いかけているみたい。


 氏は「子犬のしっぽ」で都市文明の危うさを衝いている。
 まったく同感だ。
 核発電が核のゴミを生産し続けていることと同じく、目先の楽を求め、環境と未来への負担を増産している。

「人工的な環境のなかで暮らし、自然の変化を感じ取れなくなった。
 対応が遅れることもあるでしょう。」


 朝、目覚める時には、自動管理のエアコンが室内温度を適度に保ち、仕事場もまた同様であれば、自然の変化は、せいぜいが通勤途中かテレビの中におけるできごとでしかない。
 買い物や通院などでしかマンションから出ない年配者にとって、外は気をつけて早く通り過ぎるべき〈危険地帯〉でしかないのかも知れない。
 ましてや、体温よりも高い気温ともなれば、その中に身を置きたい人はわずかだろう。

「地球規模でみても、温暖化は生き物に大きな影響を与えつつあります。
 国連が2001~05年に行った『ミレニアム生態系評価』によると、北半球の99種の鳥やチョウ、高山植物の生息地は10年で平均して6・1キロ北に移動しました。
 122種の植物やチョウ、鳥、両生類が春に出てくる時期は、2・3日早まった。
 暑くなっても身体は急に変われず、逃げるしかない。


 私たちはすでに逃げている。
 私たちの予感はすでに、〈このままどこまでも逃げ切れはしないだろう〉という地点にまで達しつつある。

地球のあちこちで、こうした生息域の変化が起き、生物が絶滅の危機にある。
 水や物質の循環、そして生態系全体が変わったとき、いったいどうなるのか。
 実は生態学者にもわかっていません。
 しかも何万年もかけてできたシステムが100年、200年という時間で変わるかもしれない。
 いずれ安定するにしても、その過程で破壊的な変化が起きないか。
 それもわからない。


 子々孫々やこの国の未来を案ずるならば、誰かを頼るわけにはゆかない。
 日々の生活の中で、車をどうするか、エアコンをどうするか、などなど自分がやれることをやるしかない。
 自分がかかわっていない自分の〈環境〉など、どこにもないのだ。

 しかし、原発事故を起こしたあの時、大多数の国民が脱原発を望んだにもかかわらず、いつしか原発は「ベースロード電源」とされ、消費者が発電方式によって電力を買う企業が選べないまま放置されている状況は信じがたい。

 平成25年9月7日、安倍首相は、東京へオリンピックを招致したいあまり、大見得を切った。
「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。
 状況は、統御されています。
 東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」
 東日本大震災に遭い、福島県のみならず、一時的に故郷の消滅を覚悟した東北の人々は、一様に目と耳を疑ったはずだ。
 そして、東京が時期オリンピックの開催地となり、日本選手がリオデジャネイロで目の覚めるような活躍をしている今、汚染水が海へ流れ出ることすら止められない現実が明らかになっている。
 8月18日、東電は、凍結という方法によって地下水の流れを遮るこれまでの計画が破綻していることを認めたのだ。

 以前も言及したが、ドイツには、オリンピックのモットーを「より速く、より高く、より強く」の3つだけでなく、「より美しく、より人間らしく」を加えた5つにしようと提唱する人々がいる。
 そのドイツでは、日本の原発事故を契機とし、官民を挙げて脱原発に邁進している。
 電力を買う国民は、いかなる方式によって発電されたのかという情報を得て、電力会社を選択できる。
 それは、〈文明の選択〉に等しい。

 国民が願う方向へと政治が動き、経済も動く。
 ここにこそ、文明の「美しさ」も「人間らしさ」もあるのではなかろうか?
 
 危機を我がことと感じとり、子孫と未来への責任を果たす意識こそ、私たちがこの猛暑から受け取るべき贈りものではなかろうか?
 この世は苦海であると同時に、大日如来に荘厳された密厳国土(ミツゴンコクド)でもある。
 贈りものを見過ごさず、合掌する両手で受けとめたい。 




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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