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2016
10.21

アボリジニの表現 ─奪う者、奪われざるもの─

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「人々はかつてここに住んでいた。
 白人たちの姿を見つけると、
 人々は丘や岩場に駆けのぼって逃げたものだった。
 彼らは白人たちを恐れていた。
 私の母親と兄弟たちも逃げ出した。
 なぜなら、白人たちはマルトゥの人々を撃ち殺していたからである。
 白人たちはこっそりやってきて、そして銃を発射した。
 マルトゥの人たちはみんな逃げだし、
 プンタワリイにたどりつくまで走り続けた。」(アボリジニ:ダーダー・サムサン)


 オーストラリアには、何万年も前から住んでいるアボリジニという先住民がいる。
 そこへ侵入した白人は、土地もいのちも奪い、勝者の歴史を編んだ。
 上記の文章は、アボリジニの証言である。

 侵略を象徴するのが南北に約2000キロ続く「キャニング牛追いルート」である。
 20世紀初頭、北部の牧場から砂漠を越えて南部へ運ぶための道路が造られ、たくさんの井戸が掘られた。
 そこが先住民にとって、心といのちの支える聖地であることはまったく無視され、彼らは邪魔ものとして排除された。

 やがて非人道的な行動が問題となり、王立委員会において調査された。
 チームに参加していた料理人エドワード・ブレークは、アボリジニをつかまえて首に鎖をつけたり、新しい井戸を掘るために地域の水源を破壊するなど、数々の蛮行について証言したが、それを証明できなかった。
 建設は公認され、殺し合いの歴史を刻みつつ因縁のルートは半世紀にわたって使われた。

 21世紀に入り、過去のルートをたどりつつ、白人とアボリジニが協同して芸術活動を行い、支配者と被支配者の双方から歴史を観る大規模なプロジェクトが計画された。
 その成果は「ワンロード 現代アボリジニ・アートの世界」と銘打った展示会で公表され、展示会は日本各地でも開催された。
 イントロダクションにはこう書かれている。

「この展覧会では、アボリジニの文化には何千年にもわたる継続性があるということが、強いメッセージとなっている。
 それは、オーストラリアという若い国家の建設の歴史のなかで語られることのなかった、先住民という少数者によって記憶されてきた物語に光を当てる試みであった。
 それは、主流社会にとってこのような異なる歴史を理解することが、いかに重要であるかを訴えかけている。
 これはオーストラリアに限られたことではなく、日本人にも、そして誰にとっても無縁のことではないだろう。
 見えないことになっており、主流社会が持つ記憶とは異なった記憶、普段は見えなくされてしまっているストーリーは世界各地にあるはずだからである。


 自分が、かつて何を行った人々の末裔であるかを知ることは、自分を客観視させ、他の人が異なった歴史を背負っていることを知れば、独善は消えよう。
 それは視野を広げ、人生を変えるだろう。
 また、今の文明が何に立ち、どこを目ざしているかも見えてくるだろう。
 先祖を貶め、誇りを捨て、自虐的になろうというのではない。
 私たちの心に巣くう弱者や少数者への居丈高な姿勢、あるいは辛い立場や状況にある人々を無視する姿勢の根源的卑しさを恥じてやまない。 
 たった今、他者への不当な侮蔑や抑圧や攻撃や、不毛の対立などをもたらす高慢心を根こそぎ処理したいと思う。

 たとえば、こうした景色が視野に入ってくる。
 高浜原発の審査に対応していた関西電力のA氏は、自殺前日までの19日間で150時間の残業をこなしていた。
 想像を絶する状況だが、管理職なので労働時間については労働基準法の適用を受けず、違法ではなかったという。
 しかも、原発に関する特別な通達もあり、ほとんど無制限な労働が〈適法に〉課される。
 適用除外となっている人々の人数や残業時間などを秘したまま、公表しない企業もある。
 末端では非正規雇用の比率が上がり続け、幹部もここまで非人間的な扱いを受ける。
 社会における〈適法〉な世界ですらこれほど非人間的になっているのだから、いわゆる〈ブラック〉の世界がどうなっているかは推して知るべしという他ない。
 いったい、誰のために、健康を保ちながら安定的にはたらくという人間らしい生活を根元から破壊するような仕組みが作られたのだろう?
 多くの人々を不安に陥れながら、誰が利を得ているのだろう?

 かつて、アボリジニはこう感じていた。

「人々はカリティヤ(白人)、あの白い肌を見て『ククル(悪魔)かもしれない。幽霊が墓から出てきたのだ』と心の中で思っていました。」(アボリジニ:クルパリン・ベシィ・ドゥーディ)


 人々を踏みにじりながら自分の利をだけをもくろむククルは、いつの世も、どこにでもいる。
 アボリジニは殺されるまでその存在に気づかなかった。
 私たちも、すでに殺されている。
 ここ20年ほどで急拡大した不公正はこれ以上、放置してはならないと思う。
 
 作家の池澤夏樹氏は、アボリジニの芸術についてこう書いた。

「彼らと彼らの絵は人が生きる姿勢の指針のように思われる。」


 作品に目を凝らし、心を向け、静かに自分とこの世を眺めてみたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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