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2016
10.30

年齢を問わない生き直し ─〈来し方〉と〈行く先〉─

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〈業者様方の汗で準備された会場〉

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〈(株)エイムのスタッフ佐藤知子さんが心のこもった司会進行をしてくださいました〉

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〈ご相談コーナーの先生方も大活躍でした〉

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〈いつもながらビバップスさんの熱演にはすっかり乗せられました〉

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〈おいしい食事、お茶の詰め放題、花のアレンジメントなどで賑わいました〉

 おかげさまにて、10月29日の「ジャズと法話と無料相談の会」は、たくさんの善男善女にご参加をたまわり、無事、終了しました。
 ご助力をいただいた方々、ご参加をいただいた方々、心をお寄せいただいた方々へ深くお礼を申しあげます。
 まことにありがとうございました。
 宗教法人になって20年という節目のご恩返しを行うつもりでしたが、またまた大きなご恩を受ける仕儀となり、申しわけなくも、ありがたくてなりません。
 いっそう精進し、寺院としての責務をまっとうし尽くす所存です。
 今後とも、忌憚なきご意見、ご要望、ご助力をどうぞよろしくお願い申し上げます。

○〈来し方〉を振り返り、〈行く先〉を考える

 さて、ジャズバンド「ビバップス」様の熱演に続いてのお話で、まず、申し上げたかったのは、心から人生を振り返るということです。
 年配の方が、〈行く先〉を思案して死後の準備を整えるのが終〝活〟、そして、〈来し方〉を振り返り、まだ決着のついていないことごとに誠意をもって対応し、その心で〈行く先〉を考えるのが終〝括〟と言えるのではないでしょうか。
 深い安心は、〈締め括り〉があってこそ、得られるのではないでしょうか。
 中年で事業に失敗し、仏道に入った後、娑婆でご迷惑をおかけした方々を訪ね、あるいは、こっそり家を眺めて合掌し、墓前で祈り、詫びないではいられなかった者としての確信です。

 直接であれ、間接的にであれ、まだ、謝っていない人はいないでしょうか?
 伝えるべき感謝をそのままにしている人はいないでしょうか?
 よく考えて、やりにくい行動を続けていると、それは、知らぬ間に罪業(ザイゴウ)の清めとなっているものです。
 私たち〈未完成の人間〉がやったことは、謝ったからといって取り返しがつかないかも知れません。
 受けた恩は、言葉などでお礼しきれるものではないかも知れません。
 それでもなお、私たちの誠意、まごころは、人と人との間に起こった軋轢(アツレキ)や不幸を和らげ、連帯や感激を強め、悪しき因縁を消し、よき因縁を強固にする力を持っていることは確かであると言えます。
 神ならぬ私たちは、自分の心中にある仏心からの呼びかけにすなおであってようやく、人としてまっとうに生きられるのではないでしょうか。

 その先に、忙しい日常生活では気づかなかったさまざまな気づきが生じることでしょう。
 たとえば、お墓で合掌し、詫びたり、感謝したりする時、ただ単にそうした気持を向けるだけでなく、〝何か拝み方があるのではないか?〟〝こういう時、何て唱えればいいんだろう?〟といった疑問が湧いてくるかも知れません。
 そして、僧侶から教えてもらい、実践してみると、心のおさまりが違ってくるのがわかります。
 体験が重なれば、心は、〈自分の思い〉よりも広く、深く、高いところへと通じて行く感じがしてきます。

 こうして、〈来し方〉を振り返ることが、自然に〈行く先〉を教え、あるいは変えて行くのです。
 誰しもが、誠意、まごころで行えば、必ず、その人なりの〈生き直し〉につながって行くことでしょう。

 真の生き直しとは、必ずしも、仕事や趣味など何であれ〈別なことをやる自分〉になるといった外面的な問題ではありません。
 それまでとは違う価値判断や行動の基準などによって生活が裏付けられ、自然に安心の深まりを感じられるような〈シフト〉が生じればよいのです。
 そこではっきりしているのは、いつしか、自己中心的な心が薄れているという驚くべき事実です。
 あるいは、「わかっちゃいるけどやめられない」といった、良心や良識や常識からの呼びかけに背いた悪しき行動パターンが克服されて行くことでしょう。

○ダイレクトに生き直しを行うトレーニング

 上記の流れは、〈来し方〉への対応によって〈行く先〉を変えて行くという方法です。
 もう一つ、心のトレーニングによって直接的に心をよき方へと変えて行く方法があります。
 それが仏道修行です。
 修行と言っても、特別な条件下で何か特殊な行動を続けるといったプロのやり方だけではありません。
 私たちは等しくみ仏の子であり、いのちと共に、蓮華の蕾のような仏心を授かっている以上、どこでどんな暮らしをしていても、その蕾を開くチャンスはあるはずです。
 たとえば、この欄でいつも言及している「五種供養」や「六波羅蜜(ロッパラミツ)」があります。

 道端に咲く花を目にした時に故人を思い出し、心で呼びかけましょう。
「風に吹かれながらでも健気(ケナゲ)に咲いているコスモスのように、私も人生の雨風に負けないでしっかり自分の花を咲かせますから、どうぞ安心してください。
 どうぞ、見守っていてください」
 それは御霊を喜ばせる真の供養であり、忍辱(ニンニク…忍耐)という立派な仏道修行、人間修行にもなっています。
 自分を振り返り〝このままではいけないな〟と感じたならば、ぜひ、小さな実践を始めてください。
 そこに小さくても確かな生き直しが始まっているはずです。

○生き直しは誰でもいつでも

 講演は終括がテーマだったので、会場はご年配の方々で埋まりましたが、年齢にかかわらず、〝このままではいけないな〟と感じるどなたにでも生き直しは可能です。
 小生の場合は、自分の愚かさからどん底へ堕ち、その先も生きて行くつもりならやり直しをせなばならないという有無を言わせぬ境遇がそれをさせました。
 本当は、破滅する前にもっと早く気づかねばならなかったはずですが、それをさせなかったのが愚かさというものです。
 だから、大失敗をやらかす前に、自分の死を意識するほど死魔や病魔に追いつめられより先に、何をきっかけにしようと自分の人生をすなおに振り返ることをお勧めしたいと思います。
 振り返れば必ず、〈思い当たるフシ〉があるはずです。
 それを何とかしよう、何とかしないではいられない、そこが尊い出発点です。
 もしも、成功体験や他者からの称賛などしか思い浮かばなかったとしたら危険信号です。
 外面がどうであろうと、人生は真に祝福されたものでなく、煩悩(ボンノウ…真実が見えず欲を強める迷い)に支配されている可能性が高いはずなので要注意です。

 会場では、六波羅蜜(ロッパラミツ)の誓詞をご一緒にお唱えしていただきました。
 もう一つ、自分の心に仏心があることを実感する体験もしていただきました。
 まず、合掌し、蓮華の蕾のように中を少し膨らませ胸の前に置きます。
 そして目をつむり、自分の心中に蓮華の蕾のような仏心があると観想します。
 これで、姿と心は、み仏に近づきました。
 次に、お腹を引っ込ませながら、「あー」という声をゆるゆると発します。
 声は途切れても、思いは遠く遠く、み仏の世界へ通じて行きます。
 ゆっくり息を吸うと共に、み仏の世界からその徳を授かると観想し、腹式呼吸で呼吸と観想を繰り返します。

 「あ」は阿字(アジ)と言い、すべての言葉の根源であると同時に、根本仏である大日如来を示す文字でもあります。
 私たちは、み仏から心といのちを授かり、オギャーと生まれます。
 吸う息にみ仏の徳を授かり、吐く息をみ仏の世界へ還しながら一生、呼吸を続けます。
 呼吸と同時に「あ」という根源的な言葉を発してその真実を表すのがこの瞑想法です。

 時には立ち止まり、振り返って見ましょう。
 そして、〝このままではいけないな〟と思ったら、小さな実践をしてみましょう。
 思ってもみなかった新しい世界が開け、生き直しを感じられるかも知れません。
 お釈迦様は説かれました。

「小さな滴も、溜まり溜まれば、やがては大きな器をも満たす」


 平成28年6月、東日本大震災の津波で家族も家も失った書家高橋香温先生は、この日と同じ日立システムズホール仙台で「永遠のしずく」と銘打った作品展を開き、『海渧 (カイテイ…海に満ちる潮から生じる無限の滴』の文字を展示されました。
 出展はお大師様の教えです。

「我性(ガショウ)の自覚は空(クウ)に満ち、海渧 (カイテイ)の化身(ケシン)は世(ヨ)を救う」


(自分の本体がみ仏であると自覚する時、その力は宇宙に満ち渡る。
 大海の水がつくる無数の滴たちのような仏菩薩は、私たちをいつもお救いくださっている)
 高橋香温先生は、詩を添えられました。

「太陽に輝く
 青い海
 月夜に輝く
 白い海
 永遠のしずくとなる
 海よ
すべては血潮が
 知るところ
 生と死が
 わかちあう場所を」


 皆様にとって、よき生き直しのきっかけとなりますよう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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