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2016
11.02

年忌供養の経文 ─身体と言葉と心を一つにしよう─

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 年忌供養などを行う際、ご参列の皆さんにお唱えしていただく経典が最近、ようやくまとまり、用い始めた。
 御霊のためにお唱えしたい経文を集めると、どんどん長くなってしまい、一緒にやる方々が大変なので、ずいぶん試行錯誤してきた。
 かつてまとめた経典を毎日、ずっと読んでいてくださる方々もあり、頭が下がる。
 まず懺悔(サンゲ)して自分を清め、お導きくださるご本尊様をお讃えし、供養のまことを捧げ、その功徳を普く及ぼすという基本が皆さんにご理解いただければありがたい。

 お堂に皆さんの声が響くと荘厳さが増すだけでなく、場が柔らかく、温かくもなる。
 終わった後の皆さんの顔には清々しさが漂う。
 時には、小中学生がしっかり読んで、周囲が驚き、喜んだりもする。
 せっかく読んだ経文を手放せなくなる方もあって、たちまち増刷が必要になる。

 増刷といっても、当山ではほとんど自前でやる。
 パソコンと印刷機で経文を刷り上げ、あとは手作業で製本テープを貼ったりする。
 そこには住職の信念が顕れ、職員さんたちの誠意も表れる。
 こうして出来た経典を一緒にお唱えすると、同じ井戸の水を汲む仲間であると実感される。

 終わってから鋭い質問をいただき、貴重なやりとりが生まれる場合もある。
「読むのに必死で、ご供養の気持がどこかへ飛んでいましたが、よかったのでしょうか?」
 お答えする。
「まず、ご供養したいと心から願う気持でイスに座り、あとは経文に没頭すればよいのです」

 人としてやるべきことをきちんとやりたいと思って行動を起こし、思いやりの心で寺院へ詣で、必要な努力をし尽くせばそれ以上のことはない。
大日経』は説く。

「菩提心(ボダイシン…悟りを求める心)を因とし、大悲(ダイヒ…無限の思いやり)を根本とし、方便(ホウベン…正しく有効な手だて)を究竟(クキョウ…究極)とす」


 目的意識を持った時はその思いをしっかりさせ、読経に入ったならば経文へ没入し、その時々に、身体と言葉と心のはたらきを一体化することが肝要だ。

 たとえば、「病気が治りますように」と思って般若心経を唱える際、頭が病気に占領され、経文は口だけで暗誦されているのなら、身体と言葉と心がバラバラになっており、理想的な状態ではない。
 般若心経を唱えながら頭では〝お腹がすいた〟と思っているのと同じパターンであるということに気づけば、問題の大きさが実感される。
 私たちはどうしても〈バラバラ状態〉に陥りやすく、そこが迷いであり、悪業(アクゴウ)の土壌になりやすい。
 瞑想などで、身体も言葉も心もみ仏の世界に一致すれば即身成仏(ソクシンジョウブツ)だ。

 上記のやりとりが最近、制服をまとった中学生との間で行われた。
 唱えやすいので、お仏壇の前でやりたいと言う方もおられる。
 肝腎なものが皆さんの心へ届くためには工夫が欠かせない。
 ご縁の方々はそのことを教えてくださる。

 お大師様は説かれた。

「仏法は人によって興り、人によって廃れる」


 そして、時代は人によってつくられる。
 時代を嘆くだけでなく、ご縁の方々と一緒になすべきことをなしてゆきたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





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