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2005
07.18

現れた菩薩様

 梅雨を忘れさせる好天の下、四十九日の法要で本堂をぎっしりに埋めた人々が『法楽の苑』へ列をなして歩き、納骨を行ないました。
 もうウグイスは去り、セミに主役が移って三日目です。
 お骨をずっとそばへ置かれた奥さんは寂しそうであり、いくらか安心もされたかに見えましたが、いずれ、できごとが心の底で安定し異物でなくなるまでは、モノがゆっくりと水中を沈むような時の経過が必要です。

 仙台からわざわざ足を運ぶ人も多い知る人ぞ知る名店『新ばし』で横に座ったご遺族は、淡々と亡きTさんの話をされました。
「さっき、お墓へ甘いものをたくさんお供えされましたね。好物だったんですか?」とお尋ねしたところ、予想もしない答が返りました。
 甘いものが好きだっただけでなく、お酒も大好きだったそうです。
 しかし、あれば食べ、飲む方ではありませんでした。
 お菓子をいただいても、子供が食べないうちは絶対に食べなかったそうです。
 子供や奥さんの満足を優先していたのです。
 それだけではありません。
 持病のあったご長男は、大きくなって体調が安定するまでは、父親が家で酒を口にするところを見たことがありませんでした。
 年に数回とはいえ、いつ突然発作が起こるか分らないので、すぐに病院へ連れて行けるよう酒を我慢していたのです。
 娑婆にいた頃、日々成長する子供は妻と両親へ任せ、仕事を口実に遊び歩いていた私は頭を殴られたような衝撃を受けました。

『父母恩重経』に、こういう一節があります。

「父親も母親も、他所でおいしいものを前にすれば、自分で食べるに忍びず、懐へ入れて持ち帰り、子供を呼んで与えるものである」


 ありがたいけれども心のどこかで当り前と感じながら読誦し、罪深い自分でもそんなことをいくらかはやっていたつもりでしたが、経典の説く世界は次元が違っていました。
 その真実を、菩薩として生きた方の魂を通じて、たった今教えていただきました。

「髪が白くなったからといって真理が解ったわけではないぞ。
 愚かなままでは一体何のための人生か!」

と鋭く問う『法句経』の経文が頭の中でくり返されています。
 何たる60年だったのか………。

 Tさんは、時折、お子さんと一緒に泣いたそうです。
 子供が辛い気持になっていると黙って話を聞き、いつも涙ぐみました。
 8人ものお孫さんが同席していましたが、その若い父母は全員、Tさんと同じ姿勢で子育てをしているとのことです。

 他の人の苦しみも喜びも我がこととして全身全霊で受け止めるのが慈悲の根本であり、菩薩はそこから行動を起こされます。
 何者にも姿を変えて人々を救うと経典で誓っておられる菩薩様は、一職人Tさんとしてこの世に現れたのだろうと確信しています。



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